読みもの
2021.02.01
2月の特集「鬼」

「鬼」名曲を探せ!~作曲家が描いたゴブリン、オーガ、トロール、コボルト

クラシック音楽の「鬼」を題材にした名曲を、飯尾洋一さんが紹介します!
ドヴォルザーク、ブリッジ、グリーグ、ヨハン・シュトラウス2世……あなたのお気に入りの鬼はどれ? 作曲家が音で表現した鬼を楽しみましょう。

飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

メインビジュアル:ギュスターヴ・ドレが描いた『マ・メール・ロワ』の挿絵(1867年出版)。「親指小僧」に出てくるオーガ(鬼)が描かれています。

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クラシック音楽にも登場する多種多様な西洋の鬼

2月といえば節分だ。鬼は外、福は内。今年は「鬼滅ブーム」も後押しして、豆まきにいっそう熱が入りそうであるが、せっかくなので「鬼」名曲を楽しんでみてはどうだろう。

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実は、クラシック音楽には「鬼」名曲がたくさんある。鬼といっても、「泣いた赤鬼」に登場しそうなトラ柄のパンツをはいて金棒を持っているような和風の鬼ではないのだが、西洋にも広義の鬼はいる。

たとえば、ゴブリン、コボルト(コボルド)、トロール、オーガ、ノームなど。これらはしばしば日本語で鬼(小鬼、土鬼など)という言葉で説明される。いずれも民間伝承やファンタジー小説、ひいてはそれらに影響を受けたゲームや映画などでも親しまれている。

ただし、クラシック音楽作品でこれらゴブリンやコボルトなどが題材にされると、多くの場合、訳題では「妖精」とか「~の精」になってしまう。おそらく、日本にまだファンタジー文化が浸透していなかった頃、「ゴブリン」や「トロール」では一般の人になじみが薄いという理由で、先人たちが親切心からわかりやすい訳語をあてはめてくれたのだろう。

ゴブリン〜ホラー並みの結末を迎えるドヴォルザークの交響詩《水の精》

では、具体的にはどんな曲があるのか。

まずはゴブリンからいってみよう。物語によってまちまちだが、一般的にゴブリンといえば、醜く邪悪なイメージがある。いかにも西洋版「鬼」という感じだ。

ジョン・バッテンが『英国お伽話』に描いたゴブリン(1890年)。

ドヴォルザーク(1841〜1904)の交響詩《水の精》の英題はWater Goblin。この水棲型ゴブリンは、若い娘を湖に引き込んで、妻として娶(めと)り、赤ん坊を産ませる。最後にはB級ホラー並みのショッキングな結末が待っているのだが、この物語をドヴォルザークが描写的に表現している。終盤のゴブリンが戸をドスンドスンと叩く音など、かなり怖い。

オーガ〜童心に返ることができそうなフランク・ブリッジの「おとぎ話」組曲

続いてはオーガだ。名作シミュレーションRPGゲームシリーズ「オウガバトル」で「悪鬼」と説明されるオーガだけあって、オーガには凶暴な性格を持った怪物のイメージがある。そして、たいていの場合、人間を食べる。このあたりも日本の鬼に近い。

「オーガなのに本当は心が優しい」という意外性のある設定を用いたのはディズニー映画『シュレック』。今では世界一有名なオーガはシュレックかもしれない。だが、本来は残忍な鬼だ。

そんなオーガが登場するのが、フランク・ブリッジ作曲ピアノ曲「おとぎ話」組曲。第2曲が「オーガ(鬼)」と題されている。のっしのっしと歩く様子がいかにも鬼。この組曲は「プリンセス」「オーガ」「呪文」「王子」の4曲からなり、全体としてはほのぼのしたトーンの作品である。童心に返るには最適だ。

フランク・ブリッジ(1879〜1941)
イギリス生まれの作曲家、ヴァイオリニスト、指揮者。

トロール〜主人公がトロールに出会うグリーグの劇音楽《ペール・ギュント》

トロールは『ハリー・ポッター』から『ドラゴンクエスト』まで、実にさまざまな作品に登場する。一般的なイメージとしては、北欧の森に住む毛むくじゃらの巨人といったところか。『ドラゴンクエスト』のトロールは、棍棒を持った半裸の巨人で、あきらかに鬼っぽい。

『アンデルセン童話』に登場するトロールの族長(チャールズ・ロビンソン作、1899年)

トロールを題材にした作品を書いたのは、ノルウェーの作曲家グリーグ(1843〜1907)。劇音楽《ペール・ギュント》では、主人公ペールが山でトロールの王と娘に出会い、ひと騒動を起こす。有名な「山の魔王の宮殿にて」から、トロールたちのおどろおどろしい様子が伝わってくる。

コボルト〜鬼だけどヨハン・シュトラウス2世の手にかかれば優雅なポルカ・マズルカ《いたずらな妖精》

コボルトはゴブリンと似たようなイメージもあるが、頭部が犬型だったり爬虫類っぽい姿に設定されていることも多い。その場合、だいぶ人間から遠ざかっているが、小鬼、犬鬼などと表現されることもある。

このコボルトが登場するのが、ワルツ王ヨハン・シュトラウス2世(1825〜1899)のポルカ・マズルカ《いたずらな妖精》。妖精と訳されるが、原題はKoboldなのだ。「いたずらな妖精」というと茶目っ気のあるキュートな妖精の姿が目に浮かぶので、ケダモノっぽいコボルトとはだいぶイメージが違う。では曲調はどうかといえば、そこはヨハン・シュトラウス2世、舞踏会にふさわしく、ひたすらエレガントなのであった。

1900年のウィーンでの舞踏会の様子。鬼とはほど遠い、優雅で華やかな雰囲気がうかがえる。
(ヴィルヘルム・ガウス作、ウィーン州立歴史博物館蔵)
飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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