ロンドンの青春時代に衝撃を受けたハービー・ハンコックの『ヘッド・ハンターズ』とウェザー・リポートの『Mysterious Traveller』
ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。
Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。
●アーティスト名、地名などは筆者の発音通りに表記しています。
●本記事は『Stereo』2023年12月号に掲載されたものです。
ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...
大学卒業後に勤めたレコード店で色々な作品と出会う
前回は僕のジャズ観について書きましたが、自分流のちょっと軟弱な趣味の持ち主ではないかという結論になっていました。
人間は誰でも自分が育った地理的、そして時代的な環境の産物だと思っています。ぼくは1960年代のロンドンで青春時代を過ごしたので当然その影響が強いです。また学生時代はお金がなく、ラジオなどで紹介されていなければ当たり外れの多いジャズのレコードをほとんど買っていませんでした。いきなり色々な作品と出会うことになるのは1973年の秋、大学を卒業した直後に勤めたレコード店でした。
店は専門店ではなく、ごく普通の町のレコード屋さんでした。ただその町は旅行者や若い人が比較的多く、輸入盤を少し扱っていました。毎日色々なレコードを店内でかけているとお客さんが反応してレコードを買っていくことがよくあって、アメリカの輸入盤はシュリンク・ラップされているので、開けると日本人の感覚でいえばもう新品ではないかもしれませんが、我々のお客さんは気にしませんでした。
『ヘッド・ハンターズ』は脳細胞と股関節を同時に刺激するまったく新しい体験だった
ある日ジャケットに惹かれて、ドナルド・バードの『ブラック・バード』を店で聴きました。ドナルド・バード、そしてブルー・ノートというレーベルとの最初の出会いです。どちらもどんな歴史を持っているかまったく知らずに聴いたこのアルバムはとてもカッコよく、まさにあの時代の空気を捉えている感じの音楽でした。これがジャズなのかなんなのか、とにかく毎日9時間立ちっぱなしで働く自分が気持ちよくなるサウンドでした。
同じブルー・ノートでグラント・グリーンという知らないギタリストのファンキーなアルバムも気に入ったのです。
こういう難しくないジャズがいいな、と思い始めているところで出会ったのがハービー・ハンコックの『ヘッド・ハンターズ』です。
これはもちろん世界中の何百万人もの人が同じように経験した衝撃だと思いますが、店で入荷したレコードのジャケットを見て、おっ、マイルズ・デイヴィスの「イン・ア・サイレント・ウェイ」に参加した人、と思ってすぐに輸入盤のヴィニールをはがしてターンテーブルに載せたのです。
1曲目「Chameleon」のイントロにまず驚く。この音色は何? 当時シンセサイザーはまだまだ発展途中にあるもので、ピコピコいうイメージでした。この音は何の楽器かすぐ分からなかったのですが、しばらくすると他にも聴きなれない音が重なって、そうこうするうちにアンサンブルによるとんでもなくカッコいいファンクのテーマが始まり、あっという間に15分に及びます。ドナルド・バードもよかったですが、この『ヘッド・ハンターズ』こそ脳細胞と股関節を同時に刺激するまったく新しい体験でした。
店のどのセクションに入れていたのかな。便宜上ジャズのところかもしれませんが、あの当時のジャズは段々ひとつのジャンルとして語ることが厄介になっていたと思います。「ジャズ・ファンク」という言葉がぼちぼち耳に入り始め、その後「クロス・オーヴァー」、数年後に「フュージョン」というジャンルが誕生しますが、『ヘッド・ハンターズ』はそういう概念がまだない頃の実に画期的なアルバムでした。
ハービー・ハンコック『ヘッド・ハンターズ』(1973)
ジャズ喫茶でリクエストをしたらお客の半分が帰ってしまった
翌年1974年の夏に急に日本に行くことになったのですが、その直前にもうひとつショックを受ける作品が現れました。またまた『イン・ア・サイレント・ウェイ』の参加者、ジョー・ザヴィヌルとウェイン・ショーター率いるウェザー・レポートの新作『Mysterious Traveller』です。
このグループの存在は数年前から雑誌のレコード評で知っていたものの、その文章からかなりスペイシーな印象を受けて実際に買うところまでいっていませんでした。やはりレコード店という恵まれた環境に感謝しなければなりません。まず夜空から落ちてくる彗星(?)のようなものが描かれたジャケットが好奇心をそそるのです。聴いてみよう。
『ヘッド・ハンターズ』と似た編成です。キーボード、サックス、ベイス、ドラムズ、パーカション。そしてやはりファンキーな演奏ですが、こっちは疾走感がすごいし、メロディもリズムも非常に気持ちがいいけれども聴いたことがないちょっと不思議なサウンド。これはもしかしたら『ヘッド・ハンターズ』以上に脳細胞と股関節の同時攻撃かも。
3曲目の「Cucumber Slumber」ではアルフォンソ・ジョンスンという初めて聞く名前のベイシストが延々と繰り返す最高にファンキーなリフにコンガ(ドン・ウン・ロマン)が絡んで、突然予想できないようなコード進行で曲が新たな展開をしたかと思うとリフに戻ってキーボードとサックスのソロが続きます。
取り憑かれたように聴いたこのアルバムを日本に向かう荷物にも入れましたが、東京で暮らし始めてもしばらくは自分のオーディオが買えず、一度吉祥寺のジャズ喫茶でリクエストしてかけてもらいました。禁断症状が瞬時に消えましたが、気がついたら店の客の半分が帰ってしまいました! どうやら日本の人たちにはぼくの趣味は合わないかな、と若干不安に襲われました。同じ時期に来日したハービー・ハンコックのヘッド・ハンターズのバンドを見にいったら会場の半分も埋まっていなかったと思います。
またまた過去のことを書きすぎてしまいました。いま現在気に入っているジャズについて紹介するつもりでしたが、次回こそ脇道に逸れずにそれをやります。
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