リトル・リチャード~ビートルズからデイヴィッド・ボウイまで多くのロックミュージシャンに強烈な影響を及ぼしたパイオニアのドキュメンタリー
ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。
Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。
●アーティスト名、地名などは筆者の発音通りに表記しています。
●本記事は『Stereo』2024年3月号に掲載されたものです。
ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...
「クウィア」であり、ロックの設計者であった
ぼくにとって1950年代のロックンロールとの出会いはバラバラでした。8歳くらいでラジオを通じて好きになったコースターズのことはただ単に笑えるので子どもなりに面白がっていただけでした。ビートルズ以前にエルヴィスとバディ・ホリーそれぞれのベスト盤が家にあったのは確かですが、そのころにLPを買うお金が自分にはなかったのでどういう経緯で入手したのかな。エディ・コクランの4曲入りEPもありました。それは学校のクラスメイトが持っていたのが好きで自分も買ったのを憶えています。
しかし、チャック・ベリー、ボー・ディドリー、リトル・リチャード、そしてジーン・ヴィンセントやジェリー・リー・ルイスに関してはほとんどビートルズ、ストーンズなどのイギリスのビート・グループがカヴァーしたレコードがきっかけで知ることになりました。去年の秋に公開されたドキュメンタリー映画『Revival 69』(邦題:『リバイバル69 ~伝説のロックフェス~』)で描かれている1969年9月開催のトロントのフェスティヴァルに全員出演した彼らは、当時ほぼ忘れ去られつつあった存在でした。
その5人の中でひと際衝撃を与えたのがリトル・リチャードでした。いくつもの小さいミラーを埋め込んだ衣装で登場し、暗くなった会場のスポットライトが当たると光がそこら中に拡散して、それだけでも圧倒されます。
今度はリトル・リチャードに関するドキュメンタリー『I Am Everything』(邦題:『リトル・リチャード:アイ・アム・エヴリシング』)が3月1日に公開されます。その中でも同じようなエピソードが語られます。時期はたぶん同じく60年代終盤だろうと思います。フェスティヴァルでジャニス・ジョプリンが何度もスタンディング・オヴェイションを受けて、その次に出演するリチャードは負けていられません。ロード・マネジャーに一言「ホテルに戻ってわたしのミラー・スーツをとってきて」。そしてトロントと同様の結果に導いたわけです。
リチャードの人称代名詞を「わたし」としたのは「おれ」も「ぼく」もいまひとつずれる気がするからです。『I Am Everything』では、2020年に87歳で亡くなった彼が生涯「クウィア」だったことが大きなテーマになっています。「クウィア」というのはLGBTQのQの部分に当たるもので、「ゲイ」ともまた違うニュアンスです。
リチャードは子どものときからゲイの意識を持っていて、30~40年代の保守的なジョージア州ではそれを隠そうとしない彼はさすがに目立ち、敬虔なキリスト教徒だった父親に一度家を追い出されてしまうほどでした。リチャードの家族はいくつかの宗派の教会に通っていて、彼はさまざまなスタイルのゴスペル・ミュージックから強い影響を受けましたが、当時のゴスペル界の大スターだったシスター・ローゼタ・サープにコンサートの前座を務める機会を与えられた彼は、10代半ばからライヴ活動をし始めました。ツアー先で出会ったブルーズ・シンガーのビリー・ライトと同じようなドーランの化粧を使うようになり、派手な衣装などの影響も受けました。
世俗の世界と宗教の世界を行ったり来たり 同性関係も異性関係も持つ
しばらくリズム&ブルーズの世界で地道な活動を続けた後、スペシャルティ・レコードでレコーディングの機会を得ます。レイ・チャールズ風のサウンドを目指すプロデューサーの路線にリチャードは納得できず、セッションは中断。昼休みに訪れたバーでリチャードはいきなりゲイ・セックスを赤裸々に表現する「Tutti Frutti」を歌いだします。この歌詞ではまず絶対にラジオではかからないということで、そこに居合わせたソングライターのドロシー・ラボストリーが、その場で当たり障りのないヴァージョンを仕上げると、リトル・リチャードの最初の大ヒット曲が誕生します。
1956年には「Long Tall Sally」をはじめ、立て続けにヒット曲を連発、映画でも彼の極めてワイルドな演奏が見る人全員を驚かせました。
しかし、57年に出かけたオーストラリアのツアーの途中で、飛行機のエンジンが真っ赤に光り、リチャードには天使が機体を支えているように見えたと言います。またシドニーの公演の後、火の玉が空を横切ったことが神からの啓示だと言い、後に史上初の人工衛星スプートニクだったことが判明しても、リチャードは神から自分の罪深い生き方を改めるように警告されていると思い込んだのです。アメリカに帰った途端に音楽活動を停止し、毎日スーツ姿で聖書を手にまるで違う生活が始まったのです。同じ学校に通う女性アーネスティーンと出会い、結婚しますが、彼女は以前のリチャードのことをまったく知らずにいたと言います。
このように世俗の世界と宗教の世界を行ったり来たり、同性関係も異性関係も持ち、ゲイであることを開けっ広げに話したりしながらも、時にはそれを罪に感じたり、複雑な人間性を持ったリトル・リチャードは『I Am Everything』で立体的に描かれ、彼と同じように黒人でクウィアの立場から、社会的な背景を語るコメンテイターの話も興味深いです。
リチャード自身は何度も自分がロックンロールの設計者であると主張しますが、それに反論の余地はないでしょう。ようやく晩年に大きな賞を受賞して公的に認められるシーンでは、普段はふざけている本人が涙し、見るもの全員もらい泣きしてしまいます。ビートルズからデイヴィッド・ボウイまで強烈な影響を及ぼしたパイオニアでした。
シネマート新宿ほか全国公開中
製作・監督:リサ・コルテス(『プレシャス』製作総指揮)
出演:リトル・リチャード、ミック・ジャガー、トム・ジョーンズ、ナイル・ロジャーズ、ノーナ・ヘンドリックス、ビリー・ポーター、ジョン・ウォーターズほか
2023年/アメリカ/101分/カラー/ビスタ/5.1ch/DCP/原題:LITTLE RICHARD:I AM EVERYTHING
字幕:堀上香/字幕監修:ピーター・バラカン 提供・配給:キングレコード/宣伝:ポイント・セット
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