読みもの
2024.05.29
【Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画】ピーター・バラカンの新・音楽日記 34

スウィング感たっぷりのリズムと速弾きのソロで観客を魅了したシスター・ローゼタ・サープはゴスペルの変革者

ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。

Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。

●アーティスト名、地名などは筆者の発音通りに表記しています。
●本記事は『Stereo』2024年5月号に掲載されたものです。

ピーター・バラカン
ピーター・バラカン ブロードキャスター

ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...

イラスト:酒井恵理

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ソウル、ロックの源流となったシスター・ローゼタ・サープ

ゴスペル・ミュージックがソウルの基礎になっていることはよく知られています。また、リトル・リチャードのドキュメンタリー映画『リトル・リチャード アイ・アム・エヴリシング』を観ると、ゴスペルがロックンロールの大きなルーツになっていることを改めて痛感します。

10代のリトル・リチャードに初めて劇場で歌うチャンスを与えたのは、1940年代後半にすでに大スターになっていたシスター・ローゼタ・サープ(Sister Rosetta Tharpe)でした。

ローゼタは1915年生まれで、歌手としてデビューしたのは1938年。生まれは南部のアーカンソー州ですが、子どものころに母親と一緒にシカゴに移住し、多くのアフリカン・アメリカンと同様に毎週教会に足を運び、ゴスペル・ミュージックは完全に生活の一部でした。

キリスト教は大きくカトリックとプロテスタントに分かれますが、プロテスタントの中にも、特に黒人の社会ではいくつもの宗派があります。おとなしい雰囲気で讃美歌を歌っている宗派もあれば、映像などでときどき見るような、我を忘れてトランス状態に陥ってしまう人が続出する宗派もありますが、ローゼタが参加していたChurch Of God In Christ(COGIC)は後者のひとつで、一般的には「悪魔の音楽」と厭われていたブルーズの要素を積極的に取り入れ、伴奏にギターを含むさまざまな楽器を使っていたのです。6歳から教会で歌いながらギターを弾いていたローゼタは早くから認められ、母とともに南部のあちこちで活動し、またギターを弾く女性が少ないので目立ちました。19歳でCOGICの牧師と結婚したものの、4年後に別れた後、彼女は母と2人でニューヨークに移って本格的な活動を始めました。

1938年には伝説のレコード・プロデューサー、ジョン・ハモンドがカーネギー・ホールで企画したFrom Spirituals To Swingというコンサートに出演し、ハーレムの有名なコトン・クラブで歌ったり、ラキー・ミリンダー率いる人気のビッグ・バンドに参加したり、保守的なゴスペル界では一時、反発に遭いました。

その後はあくまで宗教的な内容の曲だけを歌うようになりました。しかし、少人数の編成でありながらローゼタのギターは実にゴキゲンで、スウィング感たっぷりのリズムと速弾きのソロで観客が大いに沸きました。1944年に発表した「Strange Things Happening Every Day」は後のロックンロールに強い影響を及ぼした曲です。

リトル・リチャードをはじめ、エルヴィス・プレスリーもジョニー・キャッシュもジェリー・リー・ルイスも、アリーサ・フランクリンやティーナ・ターナーまでローゼタに影響を受けたと語っています。

1951年に当時のマネジャーと3度目の結婚をしましたが、その式を挙げたのはワシントンDCのスタジアムで、2万5000人もの人たちが有料で参加したそうです。しかし、それにもかかわらず、ロックンロールが誕生するころにはゴスペル界での人気が少し落ち込み、長年所属していたデカ・レコードとの契約が終了しました。

イギリスのブルーズ・ブームのきっかけとなったツアー

そこで急に、新たな展開が出たのです。1957年にイギリスで「トラッド・ジャズ」と呼ばれたディクシーランド・スタイルのバンドを率いるトロンボーン奏者クリス・バーバーからの依頼で1か月に及ぶ全国ツアーに出かけ、それまでレコードだけでブラック・ミュージックに触れていたイギリスの聴衆をすごい迫力の歌とエレクトリック・ギターで驚かせました。因みにその後クリス・バーバーは同じようにサニー・テリーとブラウニー・マギー、ビッグ・ビル・ブルーンジー、マディ・ウォーターズも招聘して、60年代にイギリスのブルーズ・ブームを起こすことになる若者たちに衝撃を与えています。

ローゼタはその57年のツアーの後にも何度かヨーロッパへ渡り、1964年のブルーズ・フェスティヴァルに参加した時の有名な映像があります。雨が降り注ぐイングランド北部のマンチェスターの駅のホームで、寒さをしのぐために着ている厚手のコートの上にギブソンのSGギターを抱え、「Didn’t It Rain」をピアノ、ベース、ドラムズのバックで勢いよく歌い上げます。線路の向こうに設けられた客席でそうとう寒そうにしている多くの若者が手拍子をとりながら聴いて、終わったら大きな拍手を送る姿からローゼタの魅力が如実に伝わります。この映像はほかのいろいろなライヴのものと同様にYouTubeで見ることができます。

フランス国営放送のアーカイブ音源が発売される

ローゼタのアルバムはいろいろあり、イギリスでボックス・セットまで発表されていますが、今度未発表のライヴ・アルバムが発売されます。発掘専門レーベルResonanceを営むゼヴ・フェルドマンがフランスの国営放送アーカイヴで発見したこの音源は1966年、フランス南西部の都市リモージュの劇場で行なわれたコンサートの模様です。

ローゼタは一人でギターの弾き語りスタイルで21曲演奏し、彼女の定番の歌や讃美歌を聴かせますが、しっとりした曲も一部あり、後は得意のロッキン・ゴスペル・サウンドです。1曲だけ、代表曲といえる「Up Above My Head, I Hear Music In The Air」はどういうわけかピアノを弾きながら歌っています。

観客の反応は素晴らしく、アンコールも要求される大盛り上がりのライヴです。このアルバム『Live In France』は4月20日に開催されるレコード・ストア・デイでまず2枚組のLPとして発売され、その後CDも出ますが、日本ではキング・インターナショナルが配給します。写真入りの豪華なブックレットもついた貴重な作品です。

『Live in France』は2枚組LPとCDで発売中

サブスクではシングルカットされた2曲が配信中

ピーター・バラカン
ピーター・バラカン ブロードキャスター

ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...

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