読みもの
2024.06.28
【Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画】ピーター・バラカンの新・音楽日記 35

スピリチュアル・ジャズに貢献したアリス・コルトレインの失われたライヴ そして欧州の新しい流れを作るチップ・ウィカムの『Cloud 10』

ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。

Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。

●アーティスト名、地名などは筆者の発音通りに表記しています。
●本記事は『Stereo』2024年6月号に掲載されたものです。

ピーター・バラカン
ピーター・バラカン ブロードキャスター

ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...

イラスト:酒井恵理

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スピリチュアル・ジャズが持つ神秘的な部分とワイルドな部分が両方混在

このところスピリチュアル・ジャズという言葉を耳にすることが多くなりました。この「スピリチュアル・ジャズ」を定義することは至難の業です。どこから始まったのかも定かではありませんが、おそらくジョン・コルトレインの『至上の愛』(1964年)辺りが大きな影響を及ぼしているようです。

アフリカやインドの音楽に興味を持って、精神の世界に傾倒していった彼の音楽はその後どんどんコード進行などの規制を取っ払った自由な即興へと発展したので、個人的には今ひとつ、ついていけなかったけれど、『至上の愛』は紛れもない名作です。

コルトレインが1967年に亡くなった後、後期の彼のバンドでピアノとハープを担当した妻のアリスは、インドのグルに師事して瞑想を学びました。さらに70年代以降は俗世界を離れてカリフォルニアのアシュラムで暮らし、あくまで信者同士のためにだけ音楽を作っていた彼女の作品は、最近になって(アリスは2007年に69歳で他界)一般的に発表されるようになりました。

1971年にニューヨークのカーネギー・ホールで行なわれたコンサートのライヴ・アルバムが3月に発売されました。アリスが当時師事していたスワーミ・サチダナンダのヨガ・センターの資金集めのためのチャリティ・イヴェントで、同じくそこに通っていたローラ・ニーロとラスカルズのフィーリックス・カヴァリェーリの前座としてアリスが出演していたのです。圧倒的にポップ・ミュージックのファンが多いので、演奏を20分ほどの短いものにするような指示を受けていたそうですが、結果的に4曲の演奏が1時間半近く展開されました。前半の2曲が穏やかに流れた後、後半の2曲は後期のジョン・コルトレインのような怒濤のフリー・ジャズです。

編成は珍しいダブル・カルテットの形です。本人はピアノとハープ、サックスでは後期コルトレインの活動に大きく貢献していたフェアロー・サンダーズ(フルートも)とアーチー・シェップ、ベイスではコルトレインのバックをずっと務めたジミー・ギャリスンとシーシル・マクビー、ドラムズではエド・ブラックウェルとクリフォード・ジャーヴィス。更にタンブーラでトゥルシ、ハーモーニアムでクマール・クレイマーが参加しています。スピリチュアル・ジャズが持つ神秘的な部分とワイルドな部分が両方混在している貴重な記録になっています。

マスター・テープが消失した関係もあって未発表のままでしたが、プロデューサーのエド・ミシェルが自分の記録としてコピーしたステレオのテープを最新の技術を駆使して仕上げたものです。音の問題が若干残っているものの、こういう音楽の好きな人なら気にならない程度です。

▼アリス・コルトレイン:『カーネギー・ホール・コンサートライヴ』

グルーヴを保ったチップ・ウィカムの作品

ジャズのハープ奏者というとすぐに浮かぶ名前は少ないです。最近では女性のブランディ・ヤンガーと男性のエドマール・カスタニェダ、アリスの世代では女性のドロシー・アシュビーと、ぼくの限られた知識ではそんなところです。

数か月前にこの連載で取り上げたイギリスのトランペット奏者マシュー・ハルソールの作品では確実にハープがフィーチャーされています。そのハープを担当するアマンダ・ワイティングはマシューの仲間でもあるサックス/フルート奏者チップ・ウィカムの新作アルバム『Cloud 10』にも参加しています。

このチップ・ウィカムは非常に好きなタイプのミュージシャンです。彼もスピリチュアル・ジャズの枠の中で紹介されるのですが、世代的に若く、アリス・コルトレインあたりとは本質的に違う、グルーヴが欠かせない音楽を作っています。イギリス南部の海辺の町ブライトン出身で、大学のために北部のマンチェスターに移住したらそこで出会ったマシュー・ハルソールを含むミュージシャンたちと仲よくなり、いろいろと共演するようになりました。チップは現在マドリッドを主な拠点にしつつ、インタナショナル・スクールの教師である奥さんの仕事の関係でカタールにも行ったり来たりします。

『Cloud 10』はマドリッドのスタジオで1週間で録音され、マシュー・ハルソールが運営するゴンドワナ・レーベルからの発売となっています。元々2022年にイギリスで出た8曲入りのアルバムに6曲が追加され、『TheComplete Sessions』というタイトルで日本ではPヴァインから4月に発売されました。

▼チップ・ウィカム『Cloud10-TheComplete Sessions』

チップの音楽は神秘的でもなければワイルドでもありません。サックスを使った、クラブ・ジャズにも通じる踊りやすいグルーヴの曲もあり、ゆったりした雰囲気の曲ではどちらかといえばフルートを吹いています。どちらも構成はシンプルなリフをもとに、本人のサックスとフルートにトランペット、ピアノ、ベイス、ドラムズの他に、曲によってトン・リスコのヴァイブラフォーンやアマンダ・ワイティングのハープがフィーチャーされる形です。全体的にモーダルな感じで、きれいなメロディの流れに身を任せればとても気持ちよく浸れるサウンドです。

マシュー・ハルソールの音楽と共通するのは聴きやすいことと音楽性が高いことだと思います。難しいジャズは疲れるけれど、BGMにしかならないものに用はない、というぼくのような人間にはぴったりの音楽です。Cloud9という表現は最高の幸せという意味で、さらにその上をいくというニュアンスのこのアルバム・タイトルには納得。

ピーター・バラカン
ピーター・バラカン ブロードキャスター

ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...

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