読みもの
2022.06.04
【Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画】ピーター・バラカンの新・音楽日記 1

スター・チャンネルEXのドラマ 『スモール・アックス』に描かれたかつてのカリビアン・コミュニティとスカ、レゲエ、ロック・ステディとの出会い

ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。

Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。

●アーティスト名、地名などは筆者の発音通りに表記しています。

ピーター・バラカン
ピーター・バラカン ブロードキャスター

ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...

スター・チャンネルEX「スモール・アックス』の『マングローヴ』から。McQueen Limited

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最初はこわもてで好きではなかったロック・ステディ

イギリスで育ったぼくの世代の人間は皆1964年に大ヒットした曲「My Boy Lollipop」を通じてジャマイカの軽快なリズム〈スカ〉と出会っています。歌ったのは当時16歳だったミリー(本名はミリー・スモール)、 まるで漫画のような高い声でした。

元々1956年にアメリカでバービー・ゲイという女性の歌で流行った曲であることを知ったのはだいぶ後のことでした。他にも1960年代に時々チャートに上がってくるジャマイカの曲がありました。そうするとラジオでもかかるので耳には入りましたが、個人的には好んで聴いていたわけではありません。その大きな理由はスキンヘッズとの関連です。後のネオ・ナチ的なスキンヘッズとはまた別の現象ですが、暴力的な振る舞いは共通で、当時髪を伸ばして俗に言うヒッピーの格好をしていたぼくのような人間は絶好の標的になっていたのです。学校から帰ってくる時、バスを降りた辺りにたいてい数人の彼らがたむろしているので、 気づかれないように早足で家に帰る日々がしばらく続きました。

そのスキンヘッズがいちばん得意とする音楽はどういうわけかジャマイカのスカとか60年代後半に流行ったロック・ステディで、そんな曲を聴くとどうしてもドクター・マーテンズのごっついブーツをはいて踊る〈スキンズ〉の姿が浮かぶものだったので、そうとうな違和感がありました。

ミリーの「My Boy Lollipop」シングル盤

1973年のザ・ウェイラーズとの出会いは新体験だった

そんなぼくがレゲェと衝撃的な出会いをすることになりますが、それは1973年のことです。大学を卒業した後働いていたレコード店の店員同士にジャマイカ系の男性がいて、彼がある日唐突に聴かせてくれたザ・ウェイラーズ(まだボブ・マーリーの名前が別になる前)のアルバム『Catch A Fire』のずっしりとしたベイス、全体の重く陰鬱なサウンド、メッセージ性の強い歌詞、そしてボブ・マーリー、ピーター・トッシュ、バニー・リヴィングストンの素晴らしいヴォーカル・ ハーモニー、全くの新体験でした。

ザ・ウェイラーズ『Catch A Fire』

そのころちょうど実家を離れて一人暮らしを始めていました。店に比較的近いバタシーという街で知り合いが持っていた家の一室を借りていたのですが、テムズ川を南に渡ったその辺りには大勢のカリブ系移民が住んでいました。ぼくが住んでいた家以外はその通りの他の家はたぶんすべてジャマイカ人たちが住んでいたと思います。通りの角に小さなレコード店があり、金曜日には現金の給料をもらった男たち(ぼくも同じ身分でした)がその店に密集して店内でかかる最新のシングル盤が文字通り飛ぶように売れていました。そして土曜日の夕方になると、どこかの家の前に止まった小型のヴァンから巨大なスピーカーが下ろされ、家に運ばれて行くのです。夜には彼らが〈ブルーズ・ダンス〉と呼ぶパーティが始まり、 重低音が鳴り響くものですが、周りも皆同じ文化圏の人たちなのでトラブルにつながることはありませんでした。

レゲェに興味を持ったぼくもその世界に対して好奇心はあったものの、白人は一人もいないし、歓迎されるような雰囲気でもないのでやはり遠慮しました。しかし、そこに住んでいたからこそその世界が存在することを直接知っていましたが、そうでもなければ同じロンドンにいてもまるで別世界の話になると思います。

英国でのカリブ系コミュニティの様子や差別を描いた秀作。そしてサウンドトラックも楽しめる

西インド諸島の人たちが大量にイギリスに移住するようになったのは第二次大戦の直後、戦勝国でありながらもナチス・ドイツの爆撃でずたずたになっていたロンドン。戦死した多くの若い男性に代わって、イギリス政府は労働力として主にイギリスの植民地だったジャマイカやトリニダッドから人を募集したのです。ジャマイカの音楽が60年代に流行り出したのは、その移民たちのためにレコードが発表されたからで、その文化に惹かれた一部のイギリスの若者たちから徐々にカリブの人たちが集まるナイトクラブなどでも演奏されるようになっていきました。

カリブ系のコミュニティというと南ロンドンのブリクストンと西ロンドンのノティング・ヒル辺りが有名です。その両方の様子をコミュニティの内側から描いた素晴らしいドラマ・シリーズ『スモール・アックス』がスター・チャンネルEXで配信中です。アカデミー賞の作品賞を受賞した2013年の『それでも夜は明ける』(原題は12 Years A Slave)を監督したスティーヴ・マクウィーンによる5つの作品はそれぞれ独立したものですが、どれも60年代から80年代までのロンドンを舞台に、カリビアン・コミュニティの生活、文化、そして彼らが直面したとんでもない差別と偏見による葛藤を非常にリアルに描いています。中でも、2時間の長編となっている力作『マングローヴ』はノティング・ヒルにあったカリブ料理の店 Mangroveを巡る実話です。度重なる警察のハラスメントと虐待にたまりかねてデモを組織した住民9人が逮捕され、その裁判で歴史的な勝利を収めるこれは必見ですが、他の4本も皆お薦めです。

映画『マングローヴ』トレイラー

サウンドトラックにはそれぞれの時代のロック・ステディ、レゲェ、ダブ、ラヴァーズ・ロック、そしてソウルなども楽しめます。因みに『スモール・ アックス』は元々ザ・ウェイラーズの曲のタイトルです。「私は小さな斧、でもあなたのような大木も倒すことができるよ」という意味です。マイノリティの立場から世界を見ると力が沸いてきます。

『スモール・ アックス』サウンド・トラックを含むオフィシャル・プレイリスト

ピーター・バラカン
ピーター・バラカン ブロードキャスター

ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...

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