第3回 レパートリーをもって街に出よう
子どもの頃習っていたピアノ。ずっと弾いていないけれど、もう一度弾けるかなぁ……。
そんな思いを抱えた多くの読者に贈る、「大人のピアノ、本気で再開」ストーリー。
第3回は、「レパートリーを持って街に出る」。音楽ライターの山本美芽さんが、あちこちのホールや楽器店などで演奏しながら、さまざまなピアノと出逢った話。
ピアノ教育とジャズ・フュージョンを軸に執筆。ピアノ教本研究家として全国で講演を行なう。著作に「ひとりですいすいひける!はじめてのピアチャレ」1〜3、「練習しない子のた...
大人の再開組でも、ステージに立つことができる
本気のソロ練習を再開してまもなく、私はステージで弾いてみたくなり、ピティナのピアノステップに申し込んだ。ステップはいわゆる合同発表会で、好きな日程、好きな会場に申し込めば当日は行って弾くだけというステージだ。これまで多少のご縁はあったのだが、ソロで本気で出るのは初めて。
再開組の大人にとっては、ステージなど人前での演奏はものすごく敷居が高い。
譜読みの間違いや記号の見落としはないか。暗譜できないのに人前で弾いていいのか。下手なのにずいぶん堂々と弾いて図々しいと思われないか。舞台にあがって弾いていて頭が真っ白になって立ち往生したら? そもそも何を弾けばいいのか? 憧れの曲にチャレンジ? いや無理のない曲を丁寧にすべきか?
私の場合、細かいことは後で考えることにして、まず1曲、気に入った曲をなんとか最後まで通せるようにした。レパートリーさえあればなんとでもなる。でも、1曲を仕上げることは長い間しておらず、あれこれ弾き散らかしていて、ステージで弾くものが何もない状態が長かった。
実際に「仕上げよう」と思って練習を始めると、やればやるほど下手になっていくような錯覚を覚えて、ちっとも仕上がらず、焦った。でも、「仕上がることなんて、ないんだ」と、今はわかる。
プロのミュージシャンでも、ツアー初日ではどうしてもやや緊張感と固さがあり(それが面白いことも多々あるのだが)、千秋楽にはこなれているのが普通。10年20年と同じ曲を演奏し続けて、100回、1000回と経験を積むごとに演奏がじわじわと深まっていくものだ。アマチュアで1回目のステージで仕上がっているわけがない。だから、なんとか通せて形になったら、できるだけ場数を踏む。ひとつの曲をもって、さまざまなところに弾きに行きながら、少しずつ形にしていくのが現実的なのだ。
アドバイスをもらうことでモチベーションに
ピティナのステップで弾くと、アドバイザーが講評を書いてくれる。「きれいな音色です」「テンポは落ち着いていました」など、できていることはほめてもらえるし「左手への意識が右より薄い気がします」「立体感があるといいですね」といった具体的なアドバイスももらえる。練習ではうまくいっていたところも本番ではなかなかうまくいかず、悔しい。リベンジとして同じ曲で、2回目、3回目、4回目……出るごとに、毎回少しずつ良くなっていく。
新しい曲が仕上がるには何か月か時間がかかる。子どもの頃や学生の頃は、新しい曲を練習してステージで発表して区切りとしていたが、いま私は、とりあえず同じ曲で何度も何度も出ることにしている。
いろいろなピアノとの出逢いが楽しみのひとつ
同じ曲を弾き続け、いろいろな場所で弾くと、出会ったピアノの個性というのが弾きながらだんだんわかってきて楽しい。
海老名市民会館のスタインウェイで弾いたときは、客席で聴くと柔らかくてきれいな音なのに、ステージでピアノを弾き始めたら自分の音がよく聴こえなくて、ものすごくあせった。サンエールさがみはらのヤマハC7は、聴きやすいけれど音が出過ぎて爆音になってしまった。神楽坂の音楽の友ホールにあるベーゼンドルファーの最上位モデル、インペリアルは、すごく味と深みのある音だが、弾いているとうまく聴こえない。
仕事で出会った全国各地のピアノとの会話も楽しめるようになってきた。グランフロント大阪の島村楽器にあったスタインウェイはヴィンテージで、新品とは明らかに違う渋い鳴り方に魅了された。名古屋のヤマハホールのCFXは、シャープでよく響くキレのいい音がぐっとくる。浜松駅新幹線コンコースにあったシゲルカワイは、甘く柔らかい味わいのある響き。半田のマツイシガーデンの店頭にあったベヒシュタインのアップライトは、アップライトとは思えない打てば響くような表現力とパワーがあった。渋谷ホールのファツィオリは、餅のように音が伸びる。1.5割増しでうまくなったような気がしてずっと弾いていたくなった。
そんなふうに冷静にひとつひとつのピアノとの出会いを振り返ることができるのは、ステージでも、ピアノの鍵盤の右隣にスマホを立てかけて毎回自撮りしているからだ。大人なので誰も自分の演奏を撮ってくれる人はいない。だから自撮り。スマホの画面をあとはスイッチ入れるだけにしておいて、楽譜と一緒に抱えておじぎもして、楽譜は譜面台に、スマホは鍵盤の右端において、スイッチを入れて、さあ弾き始める。弾き終わったら止めて、スマホと楽譜を持って退場。それだけ。
通常の演奏会は撮影禁止なことが多い。ステップはお客様を呼ぶコンサートではなく演奏者の勉強のためのステージなので、自分の演奏に関しては撮影できる。
「ステージで自撮りしてるの!?」とよく驚かれるが、自分だけしか映っていないから問題はない。「このときなんか焦ってたな」という場所でテンポが走っているといったことが冷静にわかる。すると、どうしたいのかもおのずと浮かび上がり、大切な勉強の材料になっている。
著者が参加した、練馬区光が丘のステップ
子どもの頃は発表会に同じ曲で何度も出るなんてありえなかった。いまは大人で趣味なのだから、人に迷惑をかけなければ自由でいい。1曲レパートリーがあれば大丈夫。街に出ればいろいろなピアノとの出会いが待っている。
・1曲通しで弾けるレパートリーをもとう
・たくさんのステージに挑戦し、会場のピアノとの出逢いを楽しもう
・ステージでも自撮りして、あとで振り返る材料にしよう
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