ポスト・ロック的クラシック案内 Vol.3

ピアノ、オーケストラ、声、環境音……クラシック的な要素を音楽に〜マックス・リヒター、ニコ・ミューリー、ニルス・フラーム

読みもの
2019.08.13

ロックやエレクトロニカとクラシックが交差する世界を巡る「ポスト・ロック的クラシック案内」の第3回。ロックとクラシックを行き来する音楽ライター原典子さんが、シーンの最前線を知りたい! という好奇心旺盛な方に、シーンの中核を担う3人のアーティストをご紹介!

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トップ画像:『25%のヴィヴァルディ Recomposed By マックス・リヒター』演奏時のダニエル・ホープ(ヴァイオリン/中央)と、マックス・リヒター(モーグ・シンセサイザー/右)©Erik Weiss / DG
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原典子 編集者・ライター
原典子
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原典子 編集者・ライター
音楽に関する雑誌や本の編集者・ライター。鎌倉出身。上智大学文学部新聞学科卒業。音楽之友社『レコード芸術』編集部、音楽出版社『CDジャーナル』副編集長を経て、現在は子育...

Vol.1ではポスト・クラシカル、Vol.2ではインディ・クラシックという新たな潮流をご紹介してきた「ポスト・ロック的クラシック案内」。最終回となるVol.3では、シーンの中核を担う3人のアーティストについて掘り下げていきたい。

2010年代に入って、ドイツ・グラモフォンやデッカといった歴史あるクラシックの名門レーベルからも、ポスト・クラシカルやインディ・クラシックのアルバムが続々とリリースされており、こうした作品を録音・演奏する若い世代のクラシック演奏家も増えている。「最近のクラシックはよくわからない」という方も、「クラシックに興味はあるけど何から聴いたらよいのかわからない」という方も、この3人についてはぜひ知っておいていただければと思う。

目次

ポスト・クラシカルの旗手、マックス・リヒター

マックス・リヒター。ドイツ生まれ、イングランド育ち。エディンバラ大学と英国王立音楽院でピアノと作曲を学ぶ。

 

日本のクラシック・リスナーの間で「ポスト・クラシカル」という言葉とともにマックス・リヒターの名が広く認知されるようになったのは、2016年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンにおいて、彼がリコンポーズ(再作曲)したヴィヴァルディの《四季》を庄司紗矢香が演奏してからだろうか。誰もが知る《四季》を、原曲の要素を残しつつも斬新にリメイクしたこの作品は、2012年にドイツ・グラモフォンからアルバムがリリースされ、世界各国でクラシック・チャート1位を記録した(日本盤のタイトルは『25%のヴィヴァルディ』)。

マックス・リヒター『25%のヴィヴァルディ』(2014)

続いてリヒターは睡眠中に聴くことを前提とした8時間にもおよぶデジタル・アルバム『スリープ』(2015年)を発表。それをポスト・ロック・バンドのモグワイなどがリミックスして話題を呼んだ。また、リヒターは映画音楽の世界でも目覚ましい活躍を見せ、『戦場でワルツを』(2008年)、『さよなら、アドルフ』(2014年)などのほか、最近では『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』(2018年)の音楽を手がけて高い評価を得ている。

マックス・リヒター『スリープ』(2015)

『さよなら、アドルフ』(2014)

私がはじめてリヒターを知ったのは、上記より前、彼のソロ・デビュー・アルバム『メモリーハウス』(2002年)を聴いたときだった。「ああ、オーケストラにはこんな使い方があるんだ」と目からウロコが落ちたのを憶えている。

リヒターがピアノやオーケストラ楽器、雨音などの環境音やエレクトロニクスを絵筆のように使って描き出しているのは、あくまで自身の心に浮かんだ情景。古今のクラシック音楽へのオマージュも織り込まれてはいるが、作品全体としてはクラシックの文脈で語るよりも、ポップスやロックに近い感覚で捉えたほうが理解しやすいのではないだろうか。

今年3月に『メモリーハウス』の実演を聴いたときにも、同じことを感じた(リヒターが15年ぶりに来日し、すみだトリフォニーホールで3日間にわたる「マックス・リヒター・プロジェクト」が開催された)。

マックス・リヒター『メモリーハウス』(2002)

なお、このコンサートでヴァイオリン・ソロを担当したマリ・サムエルセンのドイツ・グラモフォン・デビューとなったアルバム『マリ』(2019年)はポスト・クラシカル入門としておすすめしたい。

マリ・サムエルセン『マリ』(2019)

声の魔術師、ニコ・ミューリー

ニコ・ミューリー。ニューヨーク在住の作曲家、ピアニスト。ミニマリズムからアングリカン(キリスト教の教派)の合唱の伝統に至るまで影響を受けている。©︎Heidi Solander

ニューヨークを拠点に活動するニコ・ミューリーは、ビョークやアデル、スフィアン・スティーヴンス、アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズ、ルーファス・ウェインライトといった個性的なアーティストたちとのコラボレーションで知られる一方で、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場やカーネギーホール、ロサンゼルス・フィルハーモニックなどから作品を委嘱され、まだ30代にしてクラシックの作曲家としても確固たる地位を築いている稀有な存在である。

もともとフィリップ・グラス(註:ミニマル・ミュージックに作品が分類されることの多いアメリカの作曲家)のアシスタントをしていたミューリーは、アイスランドのポスト・クラシカル・レーベル、Bedroom Communityからデビュー・アルバム『Speaks Volumes』(2006年)と『Mothertongue』(2008年)をリリースしている。とくに2ndの『Mothertongue』における、人間の声を「楽器」として使う手法はミューリーの大きな特徴だと言えるだろう。

ニコ・ミューリー『Mothertongue』

昨年11月にメトロポリタン歌劇場で上演されたミューリー作曲のオペラ《マーニー》(初演はイングリッシュ・ナショナル・オペラ)においても、複数の歌手たちの声をミルフィーユのように繊細に重ねていくことで、「歌う」合唱とは異なる音響効果を生み出していた。

ニコ・ミューリー作曲オペラ《マーニー》

最新盤は、ミューリーと同じ1981年生まれ、ヴァーモント州出身のトーマス・バートレット(ダヴマンというソロ・プロジェクトでも活動中)とのコラボ作『Peter Pears: Balinese Ceremonial Music』(2018年)。ガムランに魅せられた作曲家、コリン・マクフィーがベンジャミン・ブリテンとともに録音した楽曲と、彼らのオリジナル曲を収録したアルバムである。エキゾティックにしてミニマル、かつポップな歌とサウンドが心地よい。

トーマス・バートレット、ニコ・ミューリー『Peter Pears: Balinese Ceremonial Music』(2018)

音響派ピアニスト、ニルス・フラーム

ニルス・フラーム。子どもの頃からクラシックピアノを学び、独自のスタイルを築き、現在はベルリンのスタジオを拠点に、作曲家、プロデューサー、パフォーマーとして活動する。©︎Alexander Schneider

本稿で紹介する3人のうちで、もっとも「ピアニスト」的であり、同時にもっとも「電子音楽」寄りなのが、ニルス・フラームだろう。

活動の初期にリリースされた『Streichelfisch』(2005年)は実験的なエレクトロニカ作品だが、その5年後にピーター・ブロデリックのプロデュースで録音された『The Bells』(2010年)はシンプルなピアノ・ソロ作品。ベルリンの教会で録音されたこのアルバムは、余すところなく捉えられた残響が醸し出すアンビエンスが特徴的だ。

ニルス・フラーム『The Bells』(2010)

その方向性をさらに推し進めたのが『Felt』(2011年)。ここでフラームは、ピアノの弦をフェルトで覆うことで丸みを帯びた音色を作り、ハンマーが動くときなどにピアノ内部の機構から出る微弱なノイズまでもすべて取り込んでひとつの作品としている。また、『Screws』(2012年)では負傷した親指を使わずに演奏し、その朴訥とした語り口が独特の味わいを醸している。

ニルス・フラーム『Screws』(2012)

現在、ポスト・クラシカル・シーンでは、ユップ・ベヴィンジュリアン・マルシャルといったアーティストたちによるピアノ・ソロ作品がさかんにリリースされている。

彼らはゴージャスな音色のグランドピアノではなく、あえてアップライトピアノを用い、ソフトペダルを踏んだときのくぐもった音色や打鍵のノイズを録音することで、言ってみればインスタグラムの写真のようにノスタルジックな風合いを出している。こうした響きを重視したサウンド・メイキングは、フラームからの影響が大きいのではないだろうか。

一方で、フラームはさらなる進化を遂げ、『Spaces』(2013年)ではピアノだけでなく、ローズピアノ、アナログシンセイザーなどを駆使したライヴを録音。

ニルス・フラーム『Spaces』(2013)

そして最新作の『All Melody』(2018年)では、シンセサイザー、ハーモニウム、パイプオルガン、竹製の楽器、そしてヴォーカルなど多種多様な素材を用いて、今までにない広がりを持った世界を現出させた。2年の歳月をかけて完成させた自分のスタジオで録音したこの作品は、フラームがピアノと電子音楽を通して追い求めてきた音響の集大成と言えるアルバムである。

ニルス・フラーム『All Melody』(2018)

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