日曜ヴァイオリニストの“アートな”らくがき帳 File.03

絵画も音楽もたどり着く先は脱力? 仙厓のユル絵に学ぶ音出しの極意

読みもの
2018.10.15

アマチュアながら熟達した腕をもつと評判の「日曜ヴァイオリニスト」兼、多摩美術大学教授でありながら愛にあふれたキャッチーな絵を描く「ラクガキスト」の小川敦生さんによる連載第3回目は、巷で話題の脱力系禅僧画家、仙厓義梵(せんがい・ぎぼん)。

小川さんが仙厓の絵に聴いたのは、ぽーんと浮かぶ、真ん丸なお月様。
ゆるーい仙厓の絵の世界から、ドビュッシーそしてヴァトーへと旅するラクガキストの心の旅は、どんな「落書き」に結実したのでしょう?

小川敦生 日曜ヴァイオリニスト、ラクガキスト、美術ジャーナリスト
小川敦生
小川敦生 日曜ヴァイオリニスト、ラクガキスト、美術ジャーナリスト
1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...

修行の末の究極の脱力、仙厓義梵

「これくふて茶のめ」

そんな言葉とともに一つの円が描かれている。
作者は江戸時代後期の禅僧、仙厓義梵(せんがい・ぎぼん)。子どもが描いたようなゆるい絵が共感を呼び、じわじわと認知度を高めてきた。

仙厓義梵《一円相画賛》(江戸時代、紙本墨画・墨書、出光美術館蔵)

絵のタイトルは《一円相画賛》。現在東京の出光美術館で開催中の「仙厓礼讃」展で展示されている。「円相」は、多くの禅僧が絵にしている画題だ。円は形として完全無欠であり、禅の悟りに通じる。一方、ベテランの禅僧でもなかなか完璧な円をフリーハンドでは描けない。だからこそ描くことが修行になる。これが禅僧が円相を描くことに対する、想像を含めた筆者の理解である。

絵を描くことを好んだ仙厓は、複数の作品で円を題材にしている。《一円相画賛》はその代表的な作例なのだが、添えられた言葉は、描いたのがまんじゅうであることを想像させる。禅の境地をまんじゅうにして食べることで自分のものにしてしまえという仙厓のウィットに、体中の力が抜ける。
日曜ヴァイオリニストとして活動している筆者は、常に脱力していい音を出せないか模索しているが、今日からは、壁に貼った仙厓の絵葉書を見てから音出しの修練に臨むことにしたい。

目指したのは完全無欠の○

仙厓の円のもうひとつの代表作を挙げるとすれば、謎の絵画《○△□》である。静嘉堂文庫美術館の河野元昭館長は最近ご自身のブログ「饒舌館長」でこの作品について取り上げ、「「○△□」は宇宙を表現した仙厓の絵画作品である。○はすべての存在の根本をなす無限をあらわしている」と確信に満ちた言葉で語っていた。ふだんはそれこそ仙厓の絵のように笑いに満ちた空気を醸し出すお人柄の方ゆえ、逆にその言葉には身が引き締まるような思いを感じた。

仙厓義梵《○△□》(江戸時代、紙本墨画・墨書、出光美術館蔵)

仙厓にはまた、円を描いていないのに円の存在を表した《指月布袋画賛》という絵がある。ゆるキャラにしか見えない布袋と子どもが、画面外にある月を指差したり踊るような仕草を見せたりしながら、喜びの表情をたたえている。月は禅の真髄という。満月が、この世に存在する完全無欠な円の姿をあらわにしているからだ。つまりこの絵も、円=悟りの境地を目指していると解釈できるのである。
それにしても2人は楽しそうだ。まんじゅうがぽっかり浮かんでいる様子すら想像してしまう。何と魅力的な絵なのだろう。

仙厓義梵《指月布袋画賛》(江戸時代、紙本墨画・墨書、出光美術館蔵)

絵から、音から、ぽーんと空に浮かぶ月

ところで、この作品の画賛、すなわち文字の部分に書かれている「を月様 幾ツ 十三七ツ」という言葉は、当時のわらべ歌なのだそうだ。つまりこの絵には初めから“音楽”が仕込まれているのだ。画面は躍動的で、何やら月を見ながらきゃっきゃと騒いでいるようにも見え、活気がある。

さて、ここでつい脳裏から引きずり出されるのが、フランスの作曲家ドビュッシーのピアノ曲《月の光》である。
前回のこの連載で、絵画的なドビュッシーの名曲の数々を「音絵」と呼んでいることを書いたが、この曲はその最たる例だ。冒頭のオクターブの音の跳躍。ここでぽーんと空に浮かんだ月の姿が自然と目に浮かぶのである。曲想の明るさから考えると、やはり満月だろう。続けて聴いていると、ほどよい動きに身を委ねたくなる。月は神秘的で妖しさを放つ存在だが、ドビュッシーのこの曲はむしろ明るくて活気がある。そこに仙厓の絵との共通点を感じるのである。

クロード・ドビュッシー:ベルガマスク組曲~3.《月の光》 サンソン・フランソワ(ピアノ)

この曲にはもともと、文学的、そして美術的な由来がある。ドビュッシーが作曲の際に想を得たといわれているのは、19世紀フランスの詩人、ポール・ヴェルレーヌの同名の詩だった。そのヴェルレーヌは、1世紀以上前の同じフランスの画家アントワーヌ・ヴァトーが描いた《イタリア喜劇の恋》という絵に想を得てその詩を書いたとも聞く。ヴァトーは、月光の下に集まった人々が集まった賑わいを絵にしている。ドビュッシーの《月の光》の活気にも納得がいく。この曲が絵画的であることにも大いに符合するのである。

アントワーヌ・ヴァトー作《イタリア喜劇の恋》(1718年頃、油彩・画布、ベルリン国立絵画館蔵)

余談だが、筆者は、教鞭を執っている美術大学で担当している「音楽と美術」という授業で「音絵」の例として《月の光》をヴァイオリンで弾いて聴いてもらったときに、ある学生から「ピアノで聴くのとは違った感じがしておもしろい」と言われたことがある。変ニ長調で♭が多く、開放弦と共鳴しないことから生じる抑制感が、太陽のようにはぎらぎらしていない月の光のイメージにそぐって聴こえたのかもしれない。明日からは仙厓のまんじゅう、もとい月を思い浮かべながらこの曲を弾き、学生たちの耳汚しをすることになりそうだ。

クロード・ドビュッシー:ベルガマスク組曲~3.《月の光》 ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)

仙厓のユル絵の名作の横に、Gyoemon(筆者の雅号)の駄絵《月の調べ》を並べてみた。仙厓の境地は月よりも遠い世界にあるなあと実感した
Gyoemon(筆者の雅号)作《月の調べ》
展覧会情報
「仙厓礼讃」展

場所: 出光美術館(東京都千代田区丸の内3-1-1
帝劇ビル 出光専用エレベーター9階)

会期: 2018年9月15日〜10月28日
月曜休館(ただし、9月17日、9月24日、10月8日は開館)

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