家族のために書かれた名曲5選〜バッハから兄へ、ドビュッシーから娘へ……作曲家の家族愛を聴く
作曲家は家族への気持ちもやっぱり作曲で表す!? 家族を想って書かれた名曲がたくさんあります。今回は、飯尾洋一さんが厳選したバッハ、メンデルスゾーン、ドビュッシー、リヒャルト・シュトラウス、ワーグナーの作品を紹介します。それぞれの家族愛エピソードとともに、聴いてみてください。
音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...
名曲が生まれる背景はさまざまだ。古くは宮廷や教会、最近なら企業等の法人から依頼されて曲を書いたり、演奏団体や演奏家個人に頼まれて曲を書く、など。しかし、なかには家族のために曲を書くというケースもある。経済活動ではなく、家族愛から誕生した名曲を5曲、選んでみよう。
兄弟部門(弟から兄へ)
J.S.バッハ:カプリッチョ「最愛の兄の旅立ちに寄せて」
バッハが音楽一家だったことはよく知られている。有名なヨハン・ゼバスティアン・バッハを筆頭に、一族には50人以上もの音楽家がいたという。ヨハン・ゼバスティアンは8人兄弟の末子で、父が世を去ると、兄ヨハン・ヤーコプといっしょに長兄ヨハン・クリストフのもとに引き取られた。
1704年、兄ヨハン・ヤーコプはスウェーデン国王カール12世の軍隊でオーボエ奏者を務めることになった。そこでヨハン・ゼバスティアンが兄との別れに際して書いたのが、カプリッチョ「最愛の兄の旅立ちに寄せて」。
曲はかなり描写的に書かれている。惜しむような口調で別れの挨拶が述べられ、一同は嘆き悲しむが、やがてご機嫌な調子で馬車がやってくる。最後は郵便ラッパを模したフーガで曲を閉じる。しんみりと終わるのではなく、明るく希望に満ちた調子なのがよい。
姉弟部門(弟から姉へ)
メンデルスゾーン:序曲《夏の夜の夢》
神童として名高いフェリックス・メンデルスゾーンだが、その姉ファニーもまた並外れた楽才に恵まれていた。1826年、17歳のフェリックスはシェイクスピアに触発されて序曲《夏の夜の夢》を作曲する。フェリックスは姉ファニーとピアノ連弾でこの曲を弾いて楽しんだという。
のちに《夏の夜の夢》は、「結婚行進曲」や「スケルツォ」なども含む劇付随音楽として生まれ変わるが、序曲だけは若き日の家庭音楽として書かれた。それにしてもこの完成度の高さ。とても17歳の作品とは思えない。
親子部門(親から子へ)
ドビュッシー:組曲《子供の領分》
親が子のために曲を書く例は少なくない。有名曲を挙げるなら、ドビュッシーの組曲《子供の領分》だろう。ドビュッシーは3歳の娘シュシュのためにこの曲を書いた。スキャンダルだらけの女性遍歴を経た末にエンマ・バルダックと結ばれたドビュッシーは、43歳にして初めて子を授かり、娘を溺愛した。
練習曲に飽きる子供の様子を描いた第1曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」や、ユーモラスな第6曲 「ゴリウォーグのケークウォーク」など、子供の世界が生き生きと描かれている。といっても、娘はまだ3歳。父親の想像力がかなり先走っている感がある。
親子部門(子から親へ)
リヒャルト・シュトラウス:ホルン協奏曲第1番
親が子に曲を書くケースに比べれば、子が親に曲を書くケースは少ないかもしれない。名曲として挙げられるのは、若き日のリヒャルト・シュトラウスが1883年に作曲した「ホルン協奏曲第1番」だろう。伝統的書法で書かれ、さっそうとして雄大な傑作協奏曲だ。作曲者の父フランツは高名なホルン奏者であり、息子が父の楽器に関心を持つのは自然なこと。ただ、当時61歳の父にとって、この曲の公開演奏はリスキーだと感じられたようで、初演は別の奏者が行なっている。
夫婦部門(夫から妻へ)
ワーグナー:《ジークフリート牧歌》
夫から妻に書いた曲として挙げたいのは、なんといっても、ワーグナーの《ジークフリート牧歌》。1870年、ワーグナーは妻コージマの33回目の誕生日の贈り物として、この曲を書いた。前年、コージマは長男ジークフリートを産んでいる。妻へのねぎらいと感謝の気持ちが穏やかな曲調から伝わってくる。
エルガーの「愛のあいさつ」をはじめ、男女の愛から生まれた名曲は山ほどあるだろう。ただ、よく考えてみると、それらの多くは結婚前に書かれており、「家族のための曲」というニュアンスとは少し違う。その点、ワーグナーは子を産んだ妻のために曲を書いた。立派である。「釣った魚に餌はやらない」という言葉はワーグナーには当てはまらない。
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