サン=サーンスの生涯と主要作品
カミーユ・サン=サーンスの生涯と主要作品を音楽学者の遠山菜穂美が解説!
文―遠山菜穂美(音楽学者)
サン=サーンスの生涯
10歳でピアニスト・デビュー、交響曲第1番で作曲家としてのキャリアを踏み出す
フランスの作曲家,ピアノ奏者,オルガン奏者。生後3カ月で父親が世を去り,大叔母と母親に育てられる。3歳から大叔母に,その後フランスの高名なピアニスト,カミーユ・スタマティにピアノを習い,10歳でピアニスト・デビュー,ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番やモーツァルトのピアノ協奏曲 K450などを暗譜で弾き注目を浴びる。
ピエール・マルダンに作曲を師事し,1848年,パリ音楽院に入学,フランソワ・ブノワにオルガンを,フロマンタル・アレヴィに作曲を学ぶ。フランスの作曲家の登竜門であるローマ賞には落選したが,52年,聖セシル協会主催のコンクールで《聖セシル頌歌 Ode à Sainte-Cécile》が優勝し,翌年には交響曲第1番も初演され,作曲家としてのキャリアを大きく踏み出した。
53年に聖メリ教会のオルガニスト,57年にはマドレーヌ教会のオルガニストに就任(-77年),オルガンの即興演奏はリストを驚嘆させた。61年からは教会音楽家を養成するパリのニデルメイエール校にピアノ教師として招かれ(-65年),当時生徒だったフォーレは生涯の友となる。
国民音楽協会を設立、歌劇《サムソンとデリラ》初演
普仏戦争敗北後の1871年,声楽家のロマン・ビュシーヌと共に,フランス音楽の復興を目的に国民音楽協会 Société Nationale de Musiqueを設立。協会はフランスの作曲家たちの新作初演などに尽力した。
70年代にはヨーロッパやロシアを演奏旅行し,76年にはバイロイトでヴァーグナーの《ニーベルングの指環》を観た。サン=サーンスはフランスでいち早くヴァーグナーの芸術を評価したひとりであるが,その後高まるヴァグネリスムの熱狂とは一線を画した。
77年,リストの尽力により歌劇《サムソンとデリラ Samson et Dalila》がドイツのワイマールで初演される。70年代には,リストの交響詩をフランスに紹介するとともに,自らも《死の舞踏 Danse macabre》(1874)をはじめとする交響詩を数多く手掛けた。チェロ協奏曲第1番(1872),ピアノ協奏曲第4番(1875)なども同時期の作品である。
私生活では75年に結婚,2人の子供が相次いで亡くなったことなどにより結婚生活は破綻したが,彼はフォーレの子供たちに父親のような愛情を注いだ。
交響曲第3番、《動物の謝肉祭》、ヴァイオリン協奏曲第3番などの傑作が生まれる
1880年代には,イギリスのフィルハーモニック協会(現ロイヤル・フィルハーモニック協会)の委嘱で作曲され,リストの思い出に捧げられた交響曲第3番(オルガン付き,1886)や,ユーモアにあふれる《動物の謝肉祭 Le carnaval des animaux》(1886),サラサーテに献呈されたヴァイオリン協奏曲第3番(1880)などの傑作が生まれた。
86年,国民音楽協会で外国作品も取り上げることを主張するC.フランク一派と意見が衝突し,協会を脱退する。88年に最愛の母親がこの世を去った後は,家財をディエップの地に寄贈し,演奏も含めてアルジェリア,南アメリカ,カナリア諸島,北欧など世界各地へと長期旅行するようになった。
96年にはサン=サーンスの音楽家デビュー50周年を記念した祝賀演奏会が開かれた。イギリスでの名声も高く,1893年にはケンブリッジ大学,1907年にはオクスフォード大学から名誉博士号を授与されている。
1900年のパリ万国博覧会の開幕ではカンタータ《天上の火 Le feu céleste》が演奏され,その翌年には芸術院院長に選出された。演奏活動は21年のディエップにおける最終コンサートまで続けられている。
同年12月16日,サン=サーンスは旅先のアルジェリアで肺炎のため86年の生涯を閉じ,パリで国葬が執り行われた。
サン=サーンスの音楽
フランスの音楽界が作曲面で活気を取り戻した19世紀後半以降,サン=サーンスは指導的な役割を果たした。国民音楽協会の設立に加え,フランスの作曲家には珍しく交響曲,交響詩,協奏曲などのオーケストラ曲や室内楽曲,ピアノ曲などに数多くの傑作を残し,フランスの器楽に対する国際的評価を高めた。作品はオペラ,宗教曲,歌曲などを含む幅広いジャンルにわたっている。古典的な作曲技法をしっかり踏まえて熟練した手法を駆使しながらも,作風は明快で親しみやすい。天性の才を思わせる旋律の美しさも大きな魅力である。
この他サン=サーンスの音楽には,《動物の謝肉祭》などのユーモアのセンスや,旅の経験とも結び付いた異国趣味など,様々な特徴が見られる。《ギース公の暗殺 L’assassinat du duc de Guise》(1908初演)で初めての映画音楽を書いたのもサン=サーンスである。
作曲や演奏の他に,当時ほとんど知られていなかったラモーの作品全集の刊行をはじめとする過去の作品の校訂作業も重要な活動のひとつであった。その一方で,評論,詩,エッセーなどの文筆活動にも才能を発揮した。趣味も多彩で,旅ではエジプトやアルジェリアをたびたび訪れた他,天文学や自然科学などにも深い関心を示した。
なお,今日ではザビーナ・テラー・ラトナー(Sabina Teller Ratner)による《カミーユ・サン=サーンス 1835-1921――主題作品目録 Camille Saint-Saëns 1835-1921: A Thematic Catalogue of his Complete Works》(2002)が出版されており,彼の全作品についての詳細な情報を得ることができる。
サン=サーンスの主要作品
【オペラ】
《サムソンとデリラ》 op.47 1859,67-68,73-77 ; 《銀の音色》 1864-77 ; 《黄色の姫君》 op.30 1872 ; 《エティエンヌ・マルセル》 1877-78 ; 《ヘンリー8世》 1881-82 ; 《プロセルピーヌ》 1886-87改訂91 ; 《アスカニオ》 1887-88 ; 《フリーネ》 1892-93 ; 《フレデゴンド》 1894-95 ; 《野蛮人》 1900-01 ; 《エレーヌ》 1902-03 ; 《祖先》 1905 ; 《デジャニール》 1909-10
【交響曲】
No.1 Es op.2 1853 ; No.2 a op.55 1859 ; No.3 c[オルガン付き] op.78 1886 ; A 1850頃[未完]; F《主都ローマ》 1856
【交響詩】
オンファールの糸車 A op.31 1871 ; ファエトン C op.39 1873 ; 死の舞踏 g op.40 1874 ; ヘラクレスの青年時代 Es op.50 1877
【管弦楽曲】
英雄行進曲 Es op.34 1870 ; 組曲 D op.49 1863 ; アルジェリア組曲 C op.60 1880 ; サラバンドとリゴードン E op.93 1892 ; 戴冠式行進曲 Es op.117 1902
【協奏曲】
ピアノ協奏曲 : No.1 D op.17 1858, No.2 g op.22 1868, No.3 Es op.29 1869, No.4 c op.44 1875, No.5 F《エジプト風》 op.103 1896 ; ヴァイオリン協奏曲 : No.1 A op.202 1859, No.2 C op.58 1858, No.3 h op.61 1880 ; チェロ協奏曲 : No.1 a op.33 1872, No.2 d op.119 1902 ; 序奏とロンド・カプリッチョーソ a op.28(vn, orch) 1863 ; ロマンス Des op.37(fl/vn, orch) 1871 ; アレグロ・アパッショナート h op.43(vc, orch) 1873 ; ロマンス F op.36(hrn/vc, orch) 1874 ; 演奏会用小品 G op.62(vn, orch) 1880 ; アレグロ・アパッショナート op.70(p, orch) 1884 ; オーヴェルニュ狂詩曲 C op.73(p, orch) 1884 ; ハバネラ E op.83(vn, orch) 1887 ; アフリカ g op.89(p, orch) 1891 ; アンダルシア奇想曲 G op.122(vn, orch) 1904
【ミリタリー・バンド用楽曲】
東洋と西洋 op.25 1869 ; ナイル川のほとり F op.125 1908
【室内楽曲】
ウェディング・ケーキ As op.76(p, str) 1885 ; 動物の謝肉祭(2p, 2vn, va, vc, cb, fl, cl, harm, 木琴) 1886 ; 七重奏曲 Es op.65(tp, 2vn, va, vc, cb, p) 1880 ; ピアノ五重奏曲 a op.14 1855? ; 弦楽四重奏曲 : No.1 e op.112 1899, No.2 G op.153 1918 ; ピアノ四重奏曲 B op.41 1875 ; セレナード Es op.15(p, org, vn, va/vc) 1865 ; デンマークとロシアの歌による奇想曲 op.79(p, fl, ob, cl) 1887 ; ピアノ三重奏曲 : No.1 F op.18 1864, No.2 e op.92 1892 ; ヴァイオリン・ソナタ : No.1 d op.75 1885, No.2 Es op.102 1896 ; チェロ・ソナタ : No.1 c op.32 1872, No.2 F op.123 1905 ; オーボエ・ソナタ D op.166 1921 ; クラリネット・ソナタ Es op.167 1921 ; ファゴット・ソナタ G op.168 1921 ; チェロとピアノのための組曲 d op.16 1862? ; 幻想曲 A op.124(vn, hp) 1907 ; 三部作 D op.136(p, vn) 1912 ; カヴァティーナ Des op.144(tb, p) 1915 ; エレジー : D op.143(vn, p) 1915, F op.160(vn, p) 1920
【2台ピアノ曲】
ベートーヴェンの主題による変奏曲 Es op.35 1874 ; ポロネーズ f op.77 1885 ; スケルツォ op.87 1889 ; アラビア奇想曲 A op.96 1894
【ピアノ曲】
マズルカ : No.1 g op.21 1862, No.2 g op.24 1871, No.3 h op.66 1882 ; ガヴォット c op.23 1871 ; 6つの練習曲 op.52(l.前奏曲 2.指の独立のための 3.前奏曲とフーガ f 4.リズムの練習曲 5.前奏曲とフーガ A 6.ワルツ形式の練習曲) 1877 ; アルバム op.72(1.前奏曲 2.鐘 3.トッカータ 4.ワルツ 5.ナポリの歌 6.終曲) 1884 ; 組曲 F op.90 1891 ; かわいいワルツ Es op.104 1896 ; のんきなワルツ Des op.110 1899 ; 6つの練習曲 op.111(1.長3度と短3度 2.半音階奏法 3.前奏曲とフーガ 4.ラス・パルマスの鐘 5.半音階的長3度 6.第5協奏曲のフィナーレによるトッカータ) 1892-99 ; 悩ましげなワルツ E op.120 1903 ; 左手のための6つの練習曲 op.135(1.前奏曲 2.フーガのように 3.無窮動 4.ブーレ 5.エレジー 6.ジーグ) 1912 ; 愉快なワルツ op.139 1912 ; 6つのフーガ op.161 1920 ; アルバムのページ As op.169 1921
【オルガン曲】
3つの前奏曲とフーガ op.99(E, H, Es) 1894 ; 幻想曲 Des op.101 1895 ; 宗教的行進曲 F op.107 1897 ; 3つの前奏曲とフーガ op.109(d, G, C) 1898 ; 7つの即興曲 op.150 1916-17 ; 幻想曲 C op.157 1919
【ハープ曲】
幻想曲 op.95 1893
【オラトリオ】
クリスマス・オラトリオ op.12 1858 ; ノアの洪水 op.45 l875
【宗教作品】
ミサ曲 op.4 1856 ; レクイエム op.54 1878
【合唱曲】
聖セシル頌歌(独唱, cho, orch) 1852 ; 2つの合唱曲 op.53(独唱, cho, orch 1.祖父の歌 2.祖先の歌) 1878 ; サルタレッロ op.74(男声) 1885 ; 秋の歌 op.113(男声) 1899 ; 夜 op.114(女声, S, orch) 1900 ; 天上の火[カンタータ] op.115(cho, 語り, S, orch, org) 1900 ; 夕べのロマンス op.118 1902 ; 春の賛歌 op.138 1912
【歌曲】
ジャン王の軍隊の行進 1852 ; 鐘 1855頃 ; はるかな思い出 l858頃 ; 月の光 1865頃 ; ペルシアの歌 op.26(1.そよ風 2.むなしい輝き 3.孤独な女 4.剣を手に 5.墓地で 6.渦巻き) 1870 ; シュゼットとシュゾン 1888 ; 愛し合おう 1892 ; 夜鳴きうぐいす 1892 ; 赤い灰 op.146(1.前奏曲 2.悲しむ心 3.しとやかさ 4.寂寞 5.復活祭 6.雨の日 7.アモローソ 8.5月 9.小さな手 10.また思い出す) 1914
【映画音楽】
《ギース公の暗殺》 op.128 1908初演
【ピアノ編曲】
グルック《アルチェステ》のバレエ音楽による奇想曲 1867頃 ; バッハ作品の6つの編曲集 : 第1集 1862刊, 第2集 1873刊
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