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2021.01.27
2021年没後100年! カミーユ・サン=サーンスのすごいところ

サン=サーンスのすごすぎる7つのトピックス! 3歳で作曲、詩人で作家!?

川上哲朗
川上哲朗 Webマガジン「ONTOMO」編集部

東京生まれの宇都宮育ち。高校卒業後、渡仏。リュエイル=マルメゾン音楽院にてフルートを学ぶ。帰国後はクラシックだけでは無くジャズなど即興も含めた演奏活動や講師活動を行な...

1900年、65歳のときに撮影されたサン=サーンス。

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カミーユ・サン=サーンスは1835年フランスに生まれ、1921年に没したので今年2021年は没後100周年。チェロの美しいメロディが印象的な「白鳥」や、交響曲第3番《オルガン付き》(メロディが映画『ベイブ』でも使われていました)などは、クラシックファンのみならず、広く知られているのではないでしょうか。

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86歳という長寿で、作品番号があるものだけで169曲、全体では300曲以上という多作家でした。オペラでも成功し、晩年はフランス音楽界のご意見番的ポジションでもあったのですが、没後は限られた作品しか演奏されない作曲家であることは否めません。

そこで、この記念すべき年に、サン=サーンスの「スゴイところ」を7つ、作品とともにご紹介したいと思います!

1916年、75歳のサン=サーンス(手前)

その1:レベルが違う! 神童中の神童

サン=サーンスは、1835年10月9日に生まれました。生後2ヶ月後で父が亡くなり、彼は母と大叔母の2人に育てられます。父はアマチュアの文筆家、母は絵を嗜み、大叔母は音楽家でしたが、少年カミーユの「神童ぶり」は、遺伝では説明がつかないものでした。2歳半でピアノを弾き始め、同時に自然科学の実験を行なう。楽譜に残されている最初の作曲は、3歳5ヶ月! あのモーツァルトでさえ、最初の作品は5歳のときのものです。サン=サーンスはこれらの作品について自著『野外学校』の中で、こう語っています。

これらの作品は当然たいしたものではないが、誰もこの作品に間違い一つ発見できないだろう。まだ和声についてのこれっぽっちの知識ももちあわせない子供にしては驚くほどだ

シュテーゲマン著/西原稔 訳「大作曲家シリーズ サン=サーンス」(音楽之友社刊・絶版)より

その後、5歳半で最初の歌曲「夕べ」を作曲し、6〜7歳のときにはラテン語とギリシャ語の文章を読んでいたそうです。1846年、10歳でコンサート・デビューすれば「新しいモーツァルト」と讃えられ、13歳でパリ音楽院に入学。まさに「神童」として名を馳せました。

歌曲「夕べ(Le soir)」(1841年/5歳半)

1846年、10歳のサン=サーンス

その2:最初の交響曲を18歳で作曲! 大成功の初演と初出版

1853年12月18日、パリで行なわれた聖セシリア協会の演奏会で、「無名のドイツ人」による大交響曲が演奏され、成功を収めました。作曲者の正体が18歳のサン=サーンスだとわかったときの聴衆の驚きはどれほどだったでしょうか! 臨席していたベルリオーズや、シャルル・グノーも、青年サン=サーンスに賛辞を贈ったと伝えられています。グノーは、初演の翌日、こんな手紙も送っています。

あなたはあなたの年齢をまさっています。そのようにこれからもどんどん進めてください。それからあなたは1853年12月18日日曜日(※初演日)、偉大な巨匠となることをあなたに義務づける契約を結んだのだということを心に掛けておいて下さい

シュテーゲマン著/西原稔 訳「大作曲家シリーズ サン=サーンス」(音楽之友社刊・絶版)より

この「交響曲 第1番 変ホ長調 op.2」は、2年後の1855年に、サン=サーンスの初出版作品となりました。

その3:パリでもっとも名誉ある、世界でもっとも素晴らしいオルガニスト

サン=サーンスが最初に触れた楽器はピアノでしたが、オルガン演奏でも即興演奏の名手として知られていました。22歳のときにはパリ8区のマドレーヌ教会のオルガニストに選ばれ、20年間務めました。マドレーヌ教会でのオルガニスト職は、当時パリでもっとも名誉あるポストでした(金銭だけでは計れませんが、他の教会と比べると年俸は大変良かったようです)。

オルガンの名手でもあったフランツ・リストは、サン=サーンスがオルガン用に編曲・演奏したリスト作品を聴いたあと、「サン=サーンスは世界でもっとも素晴らしいオルガニストだ」と、手紙に書いています。

リスト作曲/サン=サーンス編曲:「小鳥たちに説教をするアッシジの聖フランチェスコ」

生涯にわたってサン=サーンスの良き理解者だったリスト。代表曲のひとつ、交響曲第3番《オルガン付き》(1886年/51歳)は、初演の年に亡くなった「リストの想い出」に献呈されています。

1858年、22歳のときに描かれたサン=サーンス
フランツ・リスト(1858年撮影)

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