美術家が創りだした「世界初のノイズ楽器」が奏でるものとは? 『サウンド&アート展 —見る音楽、聴く形』
1913年に発明された世界初のノイズ楽器を起点とした『サウンド&アート展 —見る音楽、聴く形』が、東京・アーツ千代田3331で開催されています。実は昔から芸術家たちが愛してきた、心振るわせる「ノイズ」を体感する展覧会を日曜ヴァイオリニスト、ラクガキスト、美術ジャーナリストの小川敦生さんがレポートしてくれました。
1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...
世界初の「ノイズ楽器」を起点とした展覧会
「世界最初のノイズ楽器」を「起点」と位置づけて構成した展覧会が、東京都千代田区のアートセンター「アーツ千代田3331」で開催されている。その名も 『サウンド&アート展 —見る音楽、聴く形』。
会場には、通常のコンサートではまず見る機会のない、興味深い形をしたさまざまな種類の楽器や五線のない図形楽譜などが並んでいる。
さて、「世界最初のノイズ楽器」という何とも奇天烈なキャッチフレーズで語られているのは、1913年にイタリアで発明された《イントナルモーリ》である。発明者は、20世紀初頭イタリアのムーヴメントとして知られた未来派の美術家ルイージ・ルッソロだった。
この展覧会で展示されたのは、多摩美術大学の教員だった音楽評論家の秋山邦晴が1986年に復元した複製である。復元自体がかなり前のことだったことなどから、音が出せる状態ではなかったが、当時最先端を走っていたイタリアの美術家が創った楽器から出てくる「ノイズ」を想像するだけでもワクワクするのは、筆者だけではないだろう。
芸術と「ノイズ」の関係
そもそもノイズというのは、かなり主観的なものである。演奏しているのがどんなに上手なプレイヤーだったとしても、真夜中に壁1枚の隣の部屋でガンガン音を出されたら、安眠を求める住人にとっては、ノイズになってしまう可能性が極めて高い。
一方、音楽の中では、ノイズはしばしば刺激を与える材料になる。日曜ヴァイオリニストの筆者が奏でる音が、平素からノイズであるかどうかは脇に置いておくとしても、右手で持つ弓の毛ではなく木の部分を故意に弦にたたきつけて出す「コル・レーニョ」の音は、通常の麗しいヴァイオリンの音と比べればノイズである。しかし、作曲家はあえて「コル・レーニョ」を曲の中で指定することによって、刺激と変化を曲の中に与えているのだ。
「コル・レーニョ」の使用例: ベルリオーズ《幻想交響曲》〜第5楽章「サバトの夜の夢」(動画では52:58〜)
もう少しヴァイオリンの話をすれば、弾き方の工夫であえてシャーシャーという音を出す「スル・ポンティチェロ」という奏法もある。やはり故意にノイズを混ぜているのだ。
「スル・ポンティチェロ」の使用例: プロコフィエフ「ヴァイオリン協奏曲第1番」(動画では2:22〜)
腕達者なヴァイオリン奏者は、耳元では、けっこうガリガリ弾いているといわれるし、ストラディヴァリウスなどの古い銘器からは「ジー音」、すなわち、ジージーとした音がよく出ると話す楽器商もいる。ノイズは、美しい音楽、心を震わせる音楽と密接に結びついているのだ。
そもそも、美しいという概念自体が、実は美術でも音楽でもいろいろな雑味を含むものなのである。たとえば、20世紀イタリアの画家ルーチョ・フォンタナは、単色のカンヴァスに刃物で幾筋かの傷を入れて切り裂くことによって、自らの表現を成した。傷が見るものの心を揺らすのだ。
作曲家のモーツァルトは、当時の音楽界の常識にはなかった不協和音に満ちたくだりを曲の序奏とすることによって、弦楽四重奏曲第19番を作った。この曲は《不協和音》という愛称で広く親しまれている。そしてその後、いわゆる不協和音は多くの作曲家がどんどん曲の中に取り入れ、豊かな表現を創り出していった。
芸術に不可欠な「ノイズ・雑味」を抽出する楽器たち
そう考えれば、《イントナルモーリ》は、いわば芸術の本質にある何かの抽出を意図した装置だったと考えていいのではないだろうか。この展覧会の会場にはまた、そうした新しい試みの跡を見せるさまざまな楽器が並んでいる。
美術家の宇治野宗輝が作った《District of Plywood City》は、家電製品を組み込んだ楽器だった。たとえば、ヘアードライヤーを稼働させながらエレキギターに近づけると、ギター内部の共鳴装置が働いて、ヒューヒューとした音を奏で始める。そして両者の距離によって音が変化する。
東京藝術大学美術学部出身の宇治野は、「美術品の輸送で使われている木箱を見て、楽器にできないかと考えた」という。《イントナルモーリ》と同じく美術家が楽器を創ったという点も興味深い。
《オタマトーン》で有名なアート・ユニット「明和電機」は、肺に見立てた風船から人工声帯に空気を送ることで歌を歌うロボットのような装置《セーモンズII》を作った。会場では、演奏しながら花びら部分が開閉する花型木琴《マリンカ》、明和電機がザ・バイバイワールドと共同で制作した手の形をした《ザ・スパンカーズ》と一緒に演奏する、いわゆるアンサンブルの時間帯が設けられており、賑やかで楽しいひとときを創り出していた。
金沢健一の《振動態》シリーズは、音を可視化させる作品だ。200年前にドイツの科学者エルンスト・クラドニらが研究した振動現象を利用したもので、バネで支えた鉄板の上に白い粒子を撒き、鉄板の一部をスーパーボールで擦ると、そこで生まれる振動から粒子が動いて美しい図形を描くのである。
音が物理現象であることに気付かされ、そこに美しさが形成されるという、自然界の摂理を、鑑賞者は作品という形で享受することができるのだ。
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