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2021.05.20
レッスン現場に密着

室内楽は演劇的なおもしろさ! サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン

室内楽って地味に見えるけど? と思う人もいるかもしれない。だが、クラシック音楽の中でもこのジャンルは、最高の宝物のような名曲が数多い、無限の楽しみにあふれた世界である。
室内楽とは、あらゆるアンサンブルの基礎であり、オーケストラやオペラにもつながる一番大事な「土壌」でもある。ここをしっかりと豊かにしていくことを、サントリーホールはずっと大切にしてきた。将来このジャンルを担う若手演奏家を育成する室内楽アカデミーもその一つである。
いよいよ6月6日から27日まで、今年10周年を迎える「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン」(CMG)は3週間に規模を拡大して開催される。ここでは、室内楽アカデミーの様子をレポートし、オンライン配信についてもご紹介しながら、室内楽の「わくわく」について、お伝えする。

取材・文
林田直樹
取材・文
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

撮影:各務あゆみ

※感染症対策に配慮して、取材・撮影を行ないました

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室内楽のレジェンドが、次世代に熱をそそぐ

正直、こんなにすごいことが起きているとは思わなかった。

5月上旬のサントリーホール、リハーサル室。
室内楽アカデミーで学ぶフェローのうちの1団体、クァルテット・インテグラが、モーツァルト「弦楽四重奏曲第14番ト長調K.387」の第3楽章を弾いている。

それを、アカデミーのファカルティのうちの4人——堤剛(チェロ)、池田菊衛(ヴァイオリン)、磯村和英(ヴィオラ)、練木繁夫(ピアノ)——が、じっと凝視し、全身を耳のようにしながら、聴き入っている。

レッスンを指導するサントリーホール室内楽アカデミーのファカルティ。写真奥の左から、池田菊衛(ヴァイオリン)、堤剛(チェロ)、磯村和英(ヴィオラ)、練木繁夫(ピアノ)。お互いの意見を尊重しながら指導されていた。

世界を舞台に長年活動を続けてきたレジェンドともいえる人たちが、音楽に合わせて、自然と体を揺らしながら、一緒に呼吸し、いまにも演奏に参加しそうな勢いで聴いているのは、それだけでも大変な迫力である。

その、聴く態度の真剣さには、それまでの演奏家人生を室内楽に賭けてきた人たちの、命がけともいえるような思いが、込められていると感じた。

第3楽章の演奏が終わると、まず拍手、称賛。

池田さんが口火を切った。
「“みんなで”弾く意識が強すぎるのでは? オペラや協奏曲のカンタービレを思い出してもいい。たとえば出だしのヴァイオリンのソロ。昔の大歌手、フリッツ・ヴンダーリヒやディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ、あるいはヘルマン・プライの声を思ってみたらどうだろう? 歌手の声をイメージすると、ヴァイオリンも変わってくるのでは?

磯村さんが続ける。
「そう、もっと自由にシアトリカル(演劇的)になってもいい。モーツァルトが真剣になって書いたハイドン・セットのひとつ、という意識が働いているのかもしれないけど、芝居的、オペラ的な面が、立体感がもっとあってもいいと思いますよ」

堤さんが静かに言う。
「そういえば、昔、齋藤秀雄先生は、カルーソーやシャリアピンがこう歌うんだとレッスンのときに言っていました。日本の弦楽器奏者は平均律で弾きすぎる、とも」

室内楽アカデミーのディレクター、堤剛(チェロ)。

いかにその曲ならではの美しい、真に迫った音程で弾くか、ということについて、今度は練木さんも会話に加わり、自問するようにこう続ける。

「カルテットとしては申し分ないと思う。でも、大きなまとまりの中で、音楽を壊さないように、個人が何をできるかを考えなければ……」

堤さんが再び口を開く。
「室内楽は演劇と似ていると思います。台本を読んで自分のものにする。一人ひとりが役になりきって、一人ひとりが輝くものです。そこに、自分が特に言いたいセリフがあっていいと思う」

静かな口調ではあっても、渾身のアドバイスの連続である。

こんなに熱を帯びたレッスンが行なわれているとは!

「指揮者が4人いる感覚」のカルテットは目でも楽しめる

レッスン終了後、クァルテット・インテグラのメンバーに話をうかがった。

彼らは室内楽アカデミーの2期目、4年目にさしかかったところである。大学を卒業後、プロを目指す若手の室内楽団体が一流の演奏家から指導を受けられる場所が他にほとんどなく、ブルーローズという最高の舞台で演奏する機会も提供してもらえるという点でも、とても大事な時間になっていると、彼らは口をそろえた。

「ソロの演奏よりも、室内楽のほうが楽しんで聴けるんじゃないかと思うんです。それは……別に喧嘩を売っているんじゃなくて(笑)、音を聴くだけじゃなくて人間が会話しているみたいな光景も楽しめるし、化学反応のように、バチバチに火花を散らしたり、調和したり賛成したり反対したり、それはソロにはないと思う」(三澤響果、第1ヴァイオリン)

「グループごとにいろいろ会話の仕方があると思う。オーケストラは人数が多すぎて、誰と誰が会話しているか、視覚的に多すぎて判りにくい。でも、室内楽はダイレクトに会話の様子が伝わってくる。それがいろいろな形で楽しめるのがCMGだと思います」(菊野凜太郎、第2ヴァイオリン)

第1ヴァイオリンの三澤響果。
第2ヴァイオリンの菊野凜太郎。

「ピアニストは僕から見たらひとりカルテットで、オーケストラはカルテットを大人数でやっているんだと思います。カルテットは指揮者が4人いる感覚です。ピアニストは一人でカルテットをやれるし、オーケストラはカルテットが拡大されて大きなものになっている。でも、それらの中心にあるのが弦楽四重奏だと思う」(山本一輝、ヴィオラ)

 「CMGは長い期間の中で、いろんな人のそれぞれのキャラクターが目でも見て音でも感じられる、それがたくさんあるのが魅力です。スタッフの皆さんもすごく私たちをサポートしてくださって、本番の機会もくださり、そういう点もありがたいです」(築地杏里、チェロ)

クァルテット・インテグラについて補足すると、昨年のCMGで彼らを聴いた際、キャラクターのそれぞれ際立つ4人の表情豊かな演奏に、とても大きな可能性を感じた。「東京クヮルテットの意志と魂を継ぎたい」と頼もしい彼らの今後にも、ぜひ注目したい。

チェロの築地杏里。
ヴィオラの山本一輝。

自分たちの経験を未来へ引き継ぐ

次に、ファカルティのうちの3人、池田菊衛さん、磯村和英さん、練木繁夫さんに話をうかがった。池田さんと磯村さんは、かつて44年間ニューヨークを中心に世界的な活動をつづけた東京クヮルテットの中心メンバー。練木さんは国内外で室内楽を中心に比類ない実績を持つ第一人者である。

池田「自分の若いときを振り返ってみると、コンサートでもマスタークラスでも、何回かとても刺激になった体験があるんです。その底辺というか一番大事なところは、どういうふうに弾くかじゃなくて、むしろインスピレーションです。その経験が自分の人生を変えていくときがある。そういう助けを、ちょっとでもできればいい。こうしろああしろ、では僕の答えかもしれないけど、彼らの答えではないんですよね」

ヴァイオリニストの池田菊衛さん。

磯村「私たちは、音楽的には何十年もいろんな経験をしてきています。それを若い人たちに大いに授けたいですね。生徒たちとは自分の経験談をたくさんします。

どうしても時間が限られていますが、それでもフェローたちは、我々ファカルティに2年間、毎月2日間教えてもらえる。そんなアカデミーは世界中見渡してもないと思う。ただ、私たちが正解をポンとあげてしまうのは簡単ですが、理想的なのは、生徒さんたちが自分たちで正解を見つけることです

ヴィオラ奏者の磯村和英さん。

練木「教育とは何かということについて、思い出したことがあります。長い間、ヤーノシュ・シュタルケル(1924-2013 ハンガリー出身のチェロの巨匠)と一緒に随分やらせていただいて、ツアー先で教育の話になったことがあって。シュタルケルはこう言っていました。

いい生徒だけを教えるのが先生ではない。成功しようとしまいと、その子がいい人間に育って、いい家庭を持って、子どもに音楽やその哲学的なことを教えられて、それが孫に行ったら、そこまで行ったら僕はいい教育をしたんだと思う、と」

ピアニストの練木繁夫さん。

彼らから話をうかがって感じたのは、長年にわたって自分たちが得てきた室内楽での経験の中から最良のものを次の世代に継承してもらうということに対する、熱い思いである。

そのための継続的な場を、サントリーホールが室内楽アカデミーとして10年に渡り続けていることの意義は、とても大きい。

それは、未来の音楽そのものを作ることでもある。

ちなみに、この室内楽アカデミーでは毎年11月頃、とやま室内楽フェスティバルに参加するため、富山県魚津市で1週間合宿を行なっている。ファカルティもフェローも全員一緒になってレッスンを毎日しながら生活も共にしつつ、じっくりと研鑽の機会を作るのである。

そこでは地元のアマチュア演奏家との共演や、子どもたちがいる場や美術館、歴史的な施設に出かけてのアウトリーチ活動も行なわれている。

若い演奏家にとって、これ以上ないくらいの充実した仕組みである。

音質にもこだわって、6公演をライブ&見逃し配信!

今年のチェンバーミュージック・ガーデンは、昨年のコロナ禍においては無観客で実施された有料ライブ配信「CMGオンライン」を、6公演で行なう予定である。

その聴きどころを以下にまとめた。

6月6日(日)19時開演 エルサレム弦楽四重奏団 ベートーヴェン・サイクルⅠ

CMGの核となっているベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏会の第1回。ヨーロッパ有数のレコード会社、フランスのハルモニア・ムンディの看板アーティストの一角ともなっている彼らは、活動25周年を迎えて円熟の境地にある。

その特徴は、緊密でしなやかな一体感だ。4人がまるで一人に融合したかのようなアンサンブルによる演奏は、ベートーヴェンの音楽の中の多様な表情を、生き生きと伝えてくれることだろう。

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6月12日(土)11時開演 室内楽アカデミー・フェロー演奏会Ⅰ

室内楽アカデミー・フェローが日頃の成果を発表するコンサート。実は隠れた聴きもので、一癖も二癖もありそうな、強烈な個性をもった逸材ばかりが登場する。今回取材したクァルテット・インテグラももちろん出演。若いエネルギーをぜひ浴びてみたい。

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6月19日(土)19時開演 キラめく俊英たちⅢ ~葵トリオ

ドイツを本拠に活躍する日本の室内楽界の新しいスター、葵トリオのライブは必聴。ドヴォルジャークの3番をメインというのは、相当なこだわりだ。

葵トリオは、今後7年間にわたってCMGでさまざまなプロジェクトを行なうが、これだけ長期にわたる関係を持続するというのは、いかに彼らが期待されているかの証明といえる。

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6月26日(日)14時30分開演 ヘーデンボルク・トリオ ベートーヴェン&ブラームスⅠ

ザルツブルク生まれの三兄弟、ヘーデンボルク・トリオによる「ベートーヴェン&ブラームス」は、ウィーンの現役世代の第一線ならではの名演が期待できる。特にブラームスのピアノ三重奏曲の2番と3番がまとめて聴けるのはブラームス好きには嬉しい。

※本公演は6月26日(土)14:30開演に日程が変更されました。詳しくはこちら

 

6月26日(土)19時開演 キュッヒル・クァルテットのハイドン・ツィクルスⅢ

抜群の人気を誇るキュッヒル・クァルテットが、ついに配信に登場。ウィーンの音楽家にとって、どれほどハイドンが試金石ともいえる重要な作曲家であるか、そして弦楽四重奏というジャンルの確立者であるハイドンの作品が、いかに聡明で人間的な魅力にあふれているか——強調してもし過ぎることはない。

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6月27日(日)14時開演 フィナーレ2021

CMGのアーティストたちが総集合するフィナーレは、次々と豪華な出演者が登場して、入れ代わり立ち代わり、自信の楽曲を少しずつ披露していく名物コンサート。プログラムの多様性には圧倒されるし、幸福感いっぱいな気持ちにさせてくれる。3週間にわたる拡大版CMGの締めくくりにふさわしいサプライズもあるのとことで、楽しみである。

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今回は、ライブ配信だけでなく5日間のオンデマンド再生も含めたチケットを販売しており、当日に視聴の都合がつかない人にも便利になった。今年はセット券はなく、単券の販売のみである(配信チケットは5月20日から発売開始)。

昨年の配信でも映像や音質は十分にクオリティの高いものだったが、さらにその経験を生かした高品質な配信をめざしているという。また、無観客だった昨年と違い、今年は有観客配信を予定しているので、より臨場感のあふれるライブが自宅で楽しめる。

都心でも最高峰の贅沢な室内楽ホールといえる、ブルーローズ(小ホール)での親密感あふれる演奏を自宅で楽しむことで、「じゃあ次は実際に足を運んでみようか」ときっかけづくりにすることもできる。

まずはオンラインで気軽にかいつまんで室内楽を楽しんでみてはいかがだろうか。

サントリーホール室内楽アカデミーのワークショップとインタビューのダイジェスト動画

公演情報
サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン2021

会期: 6月6日(日)〜27日(日)

会場: サントリーホール ブルーローズ(小ホール)

特設ページはこちら

取材・文
林田直樹
取材・文
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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