イベント
2022.11.09
2022年11月26日 (土)すみだトリフォニーホールでモーツァルトとショパンによるピアノ・リサイタル

エリソ・ヴィルサラーゼ、音楽の灯を繋ぐひと~一期一会の来日公演への大きな期待

青澤隆明
青澤隆明

東京外国語大学英米語学科卒。高校在学中からクラシックを中心に音楽専門誌などで執筆。エッセイ、評論、インタビューを、新聞、一般誌、演奏会プログラムやCDなどに寄稿。放送...

エリソ・ヴィルサラーゼ©三浦興一

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本気で怒る人間は、それだけ優しい。期待と信頼を決して手離さないからだ。

友人たちや生徒たちに囲まれているときの満面の笑みと、若者たちを指導し、自ら作品に臨むときの鋭い眼光とは、だから同じだけの重みをもっている。ちょうどモーツァルトの長調と短調が表裏一体であるように、どちらも真情の偽らざる表れなのである。ショパンの洗練された華麗さが、孤独で苛烈な魂とともにあったように。

エリソ・ヴィルサラーゼは厳しく、そして温かい。他者に対して厳格であるのは、自身に対するさらに研ぎ澄まされた冷厳さの残響でもある。音楽を前にして、必然的にそうならざるを得ないのは、作品に籠められた真実を際限なく求めてきた者のつねである。

音楽への確固たる信の伝道師

この夏、霧島国際音楽祭を訪ねて、エリソ・ヴィルサラーゼと3年ぶりに再会した。パンデミックに加えて戦争が追撃するなか、彼女の音楽への確固たる信は、変わらないばかりかさらに強まっていただろう。「霧島は大好きな場所」と微笑む彼女は、マスタークラスにコンサートに多忙を極めながら、音楽を愛する人々に囲まれて、とても幸福そうにみえた。

「悲しいことに、みんないなくなってしまった。野島稔も、ラドゥ・ルプーも、ネルソン・フレイレも……」と同じ時代を生きた名手たちを悼むいっぽう、まっさきに近年のコンクールの入賞者たちについて率直な意見を交わそうとするのも、未来に賭ける情熱ゆえだ。

2018年11月27日すみだトリフォニーホールにおけるリサイタルから©三浦興一

モーツァルトとショパンを響き合わせ、互いの天才を際立たせるプログラム

生徒たちへの熱き指導をおえた翌日、ヴィルサラーゼは音楽祭主会場のみやまコンセールでリサイタルを行なった。前後半ともモーツァルトとショパンを巧緻に組み合わせ、天才の創造性を詳らかにする構成で、すみだトリフォニーホールでまもなく聴かれるプログラムと同じ曲目だ。

モーツァルトは稀少な短調曲を主とし、ショパンでは短調から長調へと向かう流れをつくる。前後半それぞれがひとつのコンサートのようでもあり、一対になってさらに深まるという、凝縮された巧妙な構成だ。ヴィルサラーゼのピアノは熟慮と吟味の行き届いた綿密な演奏表現で、モーツァルトとショパンの両者を響き合わせ、互いの天才を際立たせていった。

前後半とも、始まりはモーツァルトのハ短調。幻想曲K.396が始まった途端に、一音一音をしかと存在させ、ピアノが奥行きの深い人間の声で語り始めた。ハ長調に明転し、変奏曲K.264がハ短調変奏を挿んでじっくりと展開される。ロンドK.511からイ短調で繋いでショパンのワルツへ。そしてバラード第2番では悲痛な感情の劇性を凄絶に明かしていく。

そこで激烈な焔をみせた後、後半にはモーツァルトのハ短調の幻想曲K.475とソナタK.457というお馴染みの構成を、深く稠密に掘り下げる。ショパンに進んで、嬰ハ短調から変ニ長調へとノクターンop.27をゆったりと歩み、変イ長調のバラード第3番で圧巻の燃焼を結んだ。そうしてヴィルサラーゼは、多様な性格の楽曲を緻密に読み解き、モーツァルトとショパンそれぞれにおける古典的な形式観と劇的な情念の鬩ぎ合いを詳らかに明かしていった。

永く厳しい探求の一瞬を聴く、一期一会の音楽の喜び

2014年以来早くも5度目の登場となるすみだトリフォニーホールも、ヴィルサラーゼのお気に入りの場所だ。音響も聴衆も雰囲気も好きだという。バラード第2番、ノクターンop.27とバラード第3番は2018年にもここで演奏しているが、「私のショパンは弾くたびに変化する」と語っていた。幼少期から親しんできたモーツァルトと、後年まで待たされたショパンとが、彼女自身の歳月の深まりと成熟のなかで相互に通い合うことにもなる。

ヴィルサラーゼもこの秋には80歳を迎え、チャイコフスキー国際コンクール入賞からは60年を数える。教育への貢献も55年を超えた。その長い歳月には、人間と芸術の創造性への無尽蔵の信頼があり、それに応えようとする厳しい自己批判があったはずだ。

「私が少しずつでも高まってこられたのは、途方もないほどの音楽への愛、ピアノへの愛、そしてステージへの愛情があったから」とエリソ・ヴィルサラーゼは語っていた。私たちが聴くのは、その永く厳しい探求の一瞬であり、どれほど深刻な作品のうちにも通う一期一会の音楽の喜びなのである。

2018年11月27日すみだトリフォニーホールにおけるリサイタルから©三浦興一
公演情報
トリフォニーホール・グレイト・ピアニスト・シリーズ エリソ・ヴィルサラーゼ ピアノ・リサイタル

日時:2022年11月26日 () 15:00開演

会場:すみだトリフォニーホール 大ホール

曲目:

モーツァルト/幻想曲 ハ短調K.396
モーツァルト/ドゥゼードの「リゾンは森で眠っていた」の主題による9つの変奏曲 K.264
モーツァルト/ロンド イ短調 K.511

ショパン/ワルツ第19番 イ短調
ショパン/バラード第2番 ヘ長調 作品38

モーツァルト/幻想曲 ハ短調 K.475
モーツァルト/ピアノ・ソナタ第14番 ハ短調 K.457

ショパン/ノクターン第7番 嬰ハ短調 作品27-1
ショパン/ノクターン第8番 変ニ長調 作品27-2
ショパン/バラード第3番 変イ長調 作品47

料金:S¥6,000、A¥5,000(全席指定)すみだ区割、すみだ学割、シリーズセット券あり

問合せ:トリフォニーホールチケットセンター 03-5608-1212

公演詳細はこちら

 

青澤隆明
青澤隆明

東京外国語大学英米語学科卒。高校在学中からクラシックを中心に音楽専門誌などで執筆。エッセイ、評論、インタビューを、新聞、一般誌、演奏会プログラムやCDなどに寄稿。放送...

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