イベント
2022.08.31
9月17日(土)神奈川県立音楽堂でロシアのチェロ・ソナタ3曲を

スティーヴン・イッサーリス 世界最高峰のチェリストと辿る 音楽と人間の魂の根源への旅

ONTOMO編集部
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東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

©S.Aoyagi 

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イッサーリスのルーツ「ロシア」をめぐって

イギリス生まれ、現代最高のチェリストの一人として比類のない多彩な活動を展開しているスティーヴン・イッサーリスが、“木のホール”として名高い神奈川県立音楽堂9月17日、ロシアのチェロ・ソナタ3曲を演奏するリサイタルを開催する。

「人類の至宝(ヘリテージ)」と言える音楽家によるコンサートシリーズとして、70 年近い歴史を誇る神奈川県立音楽堂が 打ち出す「音楽堂ヘリテージ・コンサート」。その2022年秋シーズン第1弾を飾る公演だ。

プログラムは、近代チェロ・ソナタの金字塔といわれるショスタコーヴィチソナタ、プロコフィエフがロストロポーヴィチの演奏に感動してチェロに対する関心を深め、完成させた唯一のチェロ・ソナタ、そして憂愁に満ちたラフマニノフソナタと、イッサーリスの祖父ユリウスがカザルスに捧げた「チェロとピアノのためのバラード」からなる。

ロシアによるウクライナ侵攻以来、ロシア系の演奏家やプログラムが敬遠されることもあったが、「ロシア音楽」といっても一言ではくくり切れない複雑さがある。たとえばプロコフィエフが生を受けたのはウクライナであり、ラフマニノフは1917年の十月革命を機にロシアを去った。ショスタコーヴィチも国家との軋轢で知られ、3人ともそれぞれが時代の波に翻弄されて苦しみ、その中から自身の音楽を生み出していったのだ。

スティーヴン・イッサーリスは、長年共演しているコニー・シーについて「彼女との共演では、もうほとんど言葉で打ち合わせることもなく、お互いの演奏を通じて気持ちのやりとりをする、そういう間柄です」と語る ©S.Aoyagi
共演するピアニストのコニー・シーはカナダ生まれ。9 歳でシアトル交響楽団とメンデルスゾーンのピアノ協奏曲第 1 番を共演してオーケストラ・デビューを飾る。ソリストとして、カナダ、アメリカ、ヨーロッパ各地のオーケストラと幅広く共演し、ソロ・リサイタルもカナダ、アメリカ、ヨーロッパ各地、さらに中国で数多く開いている。また、室内楽もタベア・ツィンマーマン、イザベル・ファウストなど多くの世界的な音楽家たちと演奏し、中でも、チェロのスティーヴン・イッサーリスとの度重なる共演は高く評価されている

ラフマニノフと繋がりがあった祖父ユリウスの作品も

さらに今回、ロシアを代表するピアニストの一人であるユリウス・イッセルリス(イッサーリス)の作品も演奏される。ユリウスは、メンデルスゾーンに連なるユダヤ系名家の末裔であるイッサーリスの祖父にあたる人物だ。

ユリウスはモスクワ音楽院のピアノ科教授を務め、ソ連の文化使節として国外に出ることを許された、たった12人の音楽家の一人に選ばれるほどの卓越した才能の持ち主だった。しかし彼は亡命し、さらにその後ナチスの台頭によって、ユダヤ人として家族とともにイギリスに亡命することを余儀なくされる。

実はユリウスとラフマニノフには繋がりがあった。まず、作曲家でもあったユリウスの作曲の師が、ラフマニノフと同じセルゲイ・タネーエフであったこと。そしてラフマニノフがチェロ・ソナタを献呈したチェリストのアナトリ・ブランドコフと、よく一緒にツアーを行なっていたこと。

ブランドコフはツアーでラフマニノフのソナタをよく演奏したが、強弱の変化が現在の楽譜とは異なる箇所があった。それはラフマニノフ自身の指定によるもので、イッサーリスもそれを踏襲しているという。イッサーリスの中に息づく音楽史の滔々たる流れを感じるエピソードだ。

一方、ショスタコーヴィチのチェロ・ソナタについてイッサーリスは、「ここには偉大な古典派の作曲家としてのショスタコーヴィチがあらわれており、そこに彼が若い頃に多く手がけた映画音楽の影響が重なって、モダンな響きを作り出している。彼の人生やソヴィエトの政治的な問題などを抜きにして、この作品を聴けば、彼がどれほど偉大な音楽家であったかを知ることができると思う」と述べている。

イッサーリスの心震わせる音楽のひみつ

イッサーリスのチェロは、その価値が数億円といわれるストラディヴァリウス。この銘器に「ガット弦」を張って演奏することで知られる。

「ガット弦」とは羊などの腸をより合わせて作られたもので、古来より弦楽器に用いられてきた。現在使われている金属弦ほどの音量は出ない代わりに、音楽のニュアンスが繊細に伝わり、名演奏家であればあるほどその音楽のすばらしさがダイレクトに聴衆に届く。

イッサーリスはこの楽器を自在に弾きこなし、そのつややかで深い音色は「ヴェルヴェットの音」とも呼ばれる。今回このロシアのチェロ・ソナタ3曲をガット弦で聴くというのも、稀有な体験となるだろう。

さらにイッサーリスは、どんなレパートリーでも曲の作られた背景や作曲家の人生などを徹底的に研究し、明確なテーマ性を持ったプログラムを構成する。それにより、誰もが知る名曲が「こんなに素晴らしい曲だったのか」と驚くような新しい魅力をもって輝きだすのだ。

イッサーリスの中に流れるロシア音楽の経脈をたどり、そのヴェルヴェットの音色を木のホールの美しい音響でじっくりと味わう。まさに未来へ継承すべき人類の至宝(ヘリテージ)となるコンサート。イッサーリスが2004年以来18年ぶりに神奈川県立音楽堂の舞台に立ち、届けるメッセージをしっかりと受けとめたい。

スティーヴン・イッサーリス (チェロ)とコニー・シー(ピアノ)の共演の様子(サン=サーンス《動物の謝肉祭》より〈白鳥〉)

スティーヴン・イッサーリス[チェロ]:イギリス生まれ。ベルリン・フィルやゲヴァントハウス管、ロサンジェルス・フィルなどと共演し、ザルツブルク音楽祭やウィグモアホールなどの主要音楽祭やホールに出演、現代最高のチェリストの一人として比類のない多彩な活動を展開している。HIP(歴史的な奏法)にも強い関心を寄せ、古楽オーケストラにも頻繁に客演。チェンバロやフォルテピアノ奏者らとの共演によるリサイタルも度々行っている。同時に現代音楽にも熱心で、数々の新作の初演を任されてきた。レコーディングも数多く、『バッハ:無伴奏チェロ組曲全曲』がグラモフォン誌の年間最優秀器楽アルバム賞に輝いたほか、近年ではエルガー、ウォルトン、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチの協奏曲を P.ヤルヴィの指揮で録音し、高い評価を受けている。若い聴衆のための活動にも情熱を傾け、子どもたちに向けて執筆した 2 冊の書は、すでに多くの言語に翻訳されている。最新刊は、『The Bach Cello Suites』。主たる使用楽器は、イギリス王立音楽アカデミーから貸与された 1726 年製のストラディヴァリウス「マルキ・ド・コルブロン(ネルソヴァ)」。©S.Aoyagi 
公演情報
音楽堂ヘリテージ・コンサート スティーヴン・イッサーリス チェロ・リサイタル

日時 2022 年 9 月 17 日(土) 15:00 開演

会場 神奈川県立音楽堂

出演 スティーヴン・イッサーリス (チェロ)、コニー・シー(ピアノ)

曲目 ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ ニ短調 op.40、プロコフィエフ:チェロ・ソナタ ハ長調 op.119、ユリウス・イッセルリス(イッサーリス):チェロとピアノのためのバラード イ短調、ラフマニノフ:チェロ・ソナタ ト短調 op.19

公演の詳細はこちら

 

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東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

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