巨匠テミルカーノフとロシア最古のオーケストラ11月公演

映画監督エイゼンシュテインと作曲家プロコフィエフの蜜月が生んだ名作『イワン雷帝』

イベント
2018.06.14

映画監督・エイゼンシュテインと、作曲家・プロコフィエフの共同作業が生み出した『イワン雷帝』。その音楽面を再構成した作品が、ロシアの巨匠・テミルカーノフ率いるサンクトペテルブルクフィルハーモニー交響楽団によって今年11月に演奏される。映画成立のバックグラウンドからこの作品を読み解き、2018年を締めくくる大注目の公演に備えたい。

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メインビジュアル:ユーリ・テミルカーノフ © Matthias Creutziger
ナビゲーター
増田良介 音楽評論家
増田良介
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増田良介 音楽評論家
ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...

映画監督セルゲイ・エイゼンシュテイン(1898-1948)と作曲家セルゲイ・プロコフィエフ(1891-1953)の共同作業は、映画史上の奇跡のひとつと言ってもよいだろう。オラトリオ《イワン雷帝》は、この黄金コンビによる2番目の、そして残念ながら最後となった映画『イワン雷帝』の音楽を再構成したものだ。
※聖譚曲。独唱、合唱、管弦楽からなる物語性のある楽曲で演技は伴わない

円熟期のプロコフィエフがその天才を存分に発揮した傑作だが、独唱と合唱とナレーターを必要とする長大な作品だけに、生で聴ける機会は少ない。

映画監督セルゲイ・エイゼンシュテイン(サンクトペテルブルク、1910年代)
映画監督セルゲイ・エイゼンシュテイン(サンクトペテルブルク、1910年代)
作曲家セルゲイ・プロコフィエフ(1918年)
作曲家セルゲイ・プロコフィエフ(1918年)。映画『イワン雷帝』は1944年から1946年にかけて制作された

だが、2018年11月、ロシア最高のオーケストラであるサンクトペテルブルグ・フィルが、この作品を東京で演奏する。

指揮は、このオーケストラと熱い信頼関係で結ばれた巨匠テミルカーノフだ。今年80歳を迎える彼は、1988年、団員の投票によってこのオーケストラの芸術監督・首席指揮者に選出され、現在まで実に30年もの間この地位にある。

彼はまた、《イワン雷帝》をすでに各地で何度も演奏している、この曲のスペシャリストでもある。めったに聴くことのできない傑作の、最高の指揮者とオーケストラによる演奏。毎日数多くの演奏会が行なわれる東京だが、これは間違いなく今年のハイライトのひとつとなるだろう。

サンクトペテルブルグフィルハーモニー交響楽団
サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団。1802年に設立された「フィルハーモニー協会」を前身とし、1882年皇帝アレクサンドル3世の勅令により設立された、ロシア最古の交響楽団

映画監督エイゼンシュテインの功績

エイゼンシュテインは、その名を抜きにして映画の歴史は語れないというほどの偉大な監督だ。

特に「モンタージュ」の技法を確立したことで知られている。料理の写真を見せて、次に俳優の写真を見せれば、それらが別々に撮られたものであっても、俳優が空腹で料理を食べたがっているように見える。このように、被写体や視点の異なるカットをつなぐことで新たな意味を生じさせる表現技法がモンタージュだ。

特に彼の映画『戦艦ポチョムキン』の、「オデッサの階段」のシーンは、世界中の映画監督に大きな衝撃と影響を与えた。現在、モンタージュは映画でもテレビでもごく一般的に使われているから、エイゼンシュテインは、現在の映像文化の基礎を作った巨人の一人ということになる。

『戦艦ポチョムキン』の映画史に残る名シーン、「オデッサの階段」
1925年に製作・公開されたサイレント映画『戦艦ポチョムキン』は、映画は1905年に起きた戦艦ポチョムキンの反乱を描いたもの。セルゲイ・エイゼンシュテイン監督の長編第2作目
無声映画ながら、緊迫感のあるシーンとなっている。
映画史に残る名シーン「オデッサの階段」と呼ばれるオデッサの市民を虐殺する場面は、無声映画ながら緊迫感のあるシーンとなっている

映像と音楽のモンタージュ、編集

さて、『戦艦ポチョムキン』は無声映画だったが、トーキー、つまり音の付く映画の時代がやってくると、エイゼンシュテインは、「視聴覚の対位法」、つまり、映像と音楽のモンタージュによって、それぞれ単独では不可能だった新しい表現を生み出すことを試みる。

そして、彼がパートナーとして選んだのがプロコフィエフだった。

あるときは映像に合わせて音楽を作り、あるときは音楽に合わせて映像を作るという創造的な共同作業によって生み出された映画『アレクサンドル・ネフスキー』(1938)は大成功を収め、映画史・映画音楽史に残る金字塔となった。

そして、彼らが次に取り組んだ大作が『イワン雷帝』だ。

 

映画『イワン雷帝』

ロシアの歴史上はじめて「ツァーリ(皇帝)」を名乗り、強大な国家を築く一方で、多くの人々を残虐な方法で殺害して恐れられた君主、イワン四世(雷帝)。

この矛盾に満ちた人物を描くために、エイゼンシュテインは、『イワン雷帝』を全3部の大作として計画した。

第1部(1944)は、愛する妃を毒殺されて悲嘆の内に退位したイワンが、人々に強く望まれて再び帝位に就くまでを描く。題名役チェルカーソフの名演技、エイゼンシュテインの映像美、そしてプロコフィエフの渾身の音楽が一体となって壮大なドラマを展開するこの映画は、公開されるや絶賛され、数々の栄誉を受けた。

だが、イワンが貴族たちに対して大粛清を決行する第2部(1946)となると、事情が違ってくる。イワンの姿が、当時のソ連を支配していた独裁者スターリンと重ねられていることは誰の目にも明白だった。

そのこと自体が気に入らなかったのか、それともその描き方が問題だったのか、ともかくスターリンはこの作品をこっぴどく批判する。当然のことながら、この映画がスターリンの存命中に上映されることはなかった。

やがてエイゼンシュテインも急死、第3部は完成されず、プロコフィエフとの共同作業も終わりを告げた。

オラトリオ《イワン雷帝》

テミルカーノフとサンクトペテルブルク・フィルが演奏するのは、プロコフィエフの死後、この映画の第1部と第2部の音楽に語りを加えてオラトリオとしたものだ。

プロコフィエフの音楽の力は凄まじい。映像がなくても、いや、ないからこそ、エイゼンシュテインの強烈な映像を支えていた音楽の力がはっきりと見えてくる。イワン雷帝の生涯の底流として流れる運命と情念のドラマが、いっそう純化された形で感じ取れる。

20世紀ロシアの映画や音楽に少しでも関心をもつ人すべてに、強くおすすめしたい演奏会だ。

公演情報
ユーリ・テミルカーノフ指揮 サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団
 
日時: 2018年11月13日(火) 19:00 
会場: サントリーホール
出演: ユーリ・テミルカーノフ(芸術監督・首席指揮者)
    サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団
    ニコライ・ブロフ(語り)
    東京音楽大学合唱団(合唱)
プログラム: プロコフィエフ:オラトリオ《イワン雷帝》作品116 (日本語字幕付き)
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