若い聴衆を「育てようとも思っていない」〜神奈川フィル常任指揮者・川瀬賢太郎の主張
クラシックの「敷居を下げるつもりはない」など持論を語る、1984年生まれの神奈川フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者、川瀬賢太郎。その真意とは?
1963年東京生まれ。演奏家の活動とその録音を生涯や社会状況とあわせてとらえ、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。『音楽の友』『レコード芸術』『モーストリーク...
-
ヴァイオリン奏者 松下 蕗子
-
オーボエ首席奏者 古山 真里江
-
フルート首席奏者 江川 説子
常任指揮者・川瀬賢太郎にきく!
創立50周年、自分たちが担っている地域に目を向ける
——神奈川フィルについてのビジョンをお話ください。
ビジョン、難しいですねえ……(笑)。神奈川って、すごい可能性を秘めているけれど、すごく難しい。すぐ隣が東京で、東京にはあれだけのプロ・オーケストラがある。神奈川フィルは、都合のいいときは東京とひとくくりにされるけれど、悪いときは地方オーケストラ扱いになる(笑)。
定期演奏会は土曜の午後にやるんですが、同じ時刻には東京のオーケストラもやるので、ライバルといえばライバルです。しかしそれよりも、やはり神奈川のオーケストラであることをまず考えたいと思っています。神奈川にプロ・オーケストラがあることで、自殺率や出生率が少しでも良くなるような、そういう、文化を担う存在でありたいです。
2020年には東京オリンピックがありますが、隣の話なんだから(笑)、神奈川フィルの創立50周年の節目の年であることを、しっかり考えたい。東京とか海外とかいった外のことではなくて、自分たちが担っている地域に目を向けようとすることは大切です。神奈川フィルは神奈川県内の各地で演奏します。
——プログラムには、どんなこだわりがありますか?
プログラムに特色は持たせていません。それよりもバラエティを求めています。曲目を組むときに狙っているのは、名曲と、有名ではない曲の組み合わせです。
お客さんが聴きたい定番の名曲——食べ物でいえば、チャーハンとかピザみたいなものがちゃんとあって、そこに新しいものが合わさることで、いつものチャーハンが、まったく新しい感じで味わえる、というような(笑)。名曲を聴きに来たお客さんが、通して聴いたら、新しい感覚に出会える。そういうプログラムを考えています。
若い聴衆を育てようとも思っていない
——神奈川フィルは、小学校4年生から高校3年生が参加する「神奈川フィル・ジュニアオーケストラ」も開催していますね。
自分は直接は関わっていないんですけど、とてもいいことだと思っていますし、うまくいっていると聞いています。
僕は別のところで責任ある立場(八王子ユースオーケストラの音楽監督)にいるのですが、教えるほうに体力とビジョンがないと、子どもを不幸にしてしまう可能性もあるんですよ。一生に一度しかない時間を奪うことになっちゃうんですから。そこが大変なんですが、神奈川フィル・ジュニアオーケストラにも、いずれ関われたらと思っています。
よく、若い聴衆の育てかたについてきかれるんですが、僕には育てかたはわからないし、おこがましい言いかたですが、育てようとも思っていないんです。
若い世代を集めようとするのは日本でも世界でも同じでしょうが、クラシックは、そもそも敷居が高いものであり、深くなきゃいけないものなんです。けっしてイージーなものではない。その敷居を下げるつもりはありません。ただ、門戸を広げておく必要はあります。
自分はむかし、ピーマンが嫌いでした。親よりも敬愛した、クレヨンしんちゃんがピーマン嫌いだったからです(笑)。だから僕も嫌いだった。食べろといわれたら、いっそう食べない。そういうタイプでした。
でもピーマンて、すごく栄養価が高いんですよね。指揮者としてデビューしてから、ある日、なぜか食べてみようと思ったんです。そうしたら美味しかった。そのときからピーマンの虜になりました(笑)。
心のあるものへの入り口に
同じように、クラシックはいいものだから聴けといわれても、僕なら聴かない。人は、それぞれの歩幅で歩んでいるわけだし、もしほんとうに自分のタイミングでクラシックに出会ったら、それは本当に一生の友だちになれると思います。そのときのために、我々がいるんだと思います。
僕たちは音楽の魅力を知っています。それに人生を豊かにしてもらっているから、プロにもなっている。その魅力を伝えるのも仕事の領分ではあるでしょうが、過剰になってしまうのはいけない。それは、焦りから来ることの恐さですね。
今は、宣伝も紙媒体よりもネットといわれていて、ツイッターなども一つの手だし、大事なことだと思いますが、自分たちはそこで止まっていてはいけないと思います。
これだけデジタル化が進むと、近い将来、アナログがかっこいいという時代が戻ってくる気が、何となくしているんです。そのときに入り口をつくっておくのが、自分たちの役割。AIとか、心のないものが発達してきたら、心のあるものへの関心が必ず戻ってくる。それを待つだけでなくて、その機会をつくるのが、我々の仕事だと思います。
楽団員にきく! 新シーズンのベスト・プログラム
「休日は何をしていますか?」「とっておきの練習方法は?」「本番前のジンクスは?」のいずれかの質問にお答えいただく形で自己紹介。そして、来たる2020/2021年シーズンに楽しみにしているプログラムをご紹介いただきました。
プライベート写真にもご注目!
ヴァイオリン奏者 松下 蕗子(まつした・ふきこ)
Q. とっておきの練習方法は?
とっておき、というと大げさなのですが、左耳に耳栓をしてさらうことがあります。
これは留学先で恩師に言われ取り入れているもので、正確には耳栓だと塞ぎすぎてしまうのでティッシュなどを丸めて耳を塞ぐ、というやり方です。
これはヴァイオリンやヴィオラ特有かもしれませんし、どなたにも当てはまるというわけではないですが、私は楽器に近い左耳で聴く癖が強くあったため、ホールの奥に耳が行くように右耳で聴く癖を付ける、という理由でやっています。さらに、音程や音作りなどにも反応しやすくなるので、今でも大切にしている練習方法のひとつです。
Q. あなたにとって、新シーズンのベスト・プログラムは?
日時:2021年2月20日(土)15:00開演
会場:神奈川県立音楽堂
曲目:ベリオ/Divertimento per Mozart、モーツァルト/ディヴェルティメントニ長調K.136、シュニトケ/Moz Art a la Haydn、モーツァルト/交響曲第36番ハ長調K.425「リンツ」
指揮:阪哲朗
詳しくはこちら
新シーズン楽しみにしているプログラムの一つが、全3回の音楽堂シリーズ「モーツァルト+」です。
特に、第19回2021年2月20日の公演はモーツァルトのディベルティメントニ長調、交響曲第36番「リンツ」とともに、ベリオ、シュニトケの作品が並ぶ、少し異彩を放つプログラムになっています。
中でも、シュニトケの「ハイドン風モーツァルト」と訳されるこの作品は、不協和音の中にモーツァルトの旋律の破片が積まれ、曲の最後はハイドンの「告別」のパロディになっているある種のパフォーマンス作品とも言える曲です。定期演奏会初登場の阪マエストロとともに、神奈川フィルがどういう音を作っていくのか私自身とても楽しみにしているプログラムです。
古典派から現代音楽まで紡がれ続けているモーツァルトの世界を、ぜひ堪能しに来ていただければと思います。
オーボエ首席奏者 古山 真里江(こやま・まりえ)
Q. 休日は何をしていますか?
よく季節の花や動物を見に行きます。家で過ごすときはパン作りにハマっています。
Q. とっておきの練習方法は?
上手な演奏者のCDを聴き、直後に練習します。練習と関係のない曲であっても自分の中の音楽への欲求や歌心が刺激され、とても良い練習になります。
Q. 本番前のジンクスは?
本番で一番いい演奏をするため、その日はこれまでの経験でできたルーティンを大切にします。ゲネプロではあえて良くない演奏をする、自分を鼓舞する音楽を聴く、本番直前にテンションを上げない、などです。
Q. あなたにとって、新シーズンのベスト・プログラムは?
日時:2021年3月6日(土)14:00開演
会場:鎌倉芸術館
曲目:モーツァルト/歌劇《魔笛》K.620より序曲、モーツァルト/交響曲第1番変ホ長調K.16、R.シュトラウス/オーボエ協奏曲ニ長調AV.144、モーツァルト/交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」
指揮: 飯森範親
オーボエ: 吉井瑞穂 (定期演奏会初登場)
詳しくはこちら
なんといってもR.シュトラウスのオーボエ協奏曲です。これはオーボエ吹きなら一度は憧れる曲で、素晴らしいオーボエ奏者である吉井瑞穂さんのソロは必聴です。シュトラウス自身も、この曲を傑作と自画自賛しているほどで、ロマンティックで美しいメロディがオーボエの魅力を引き立てます。
また、シュトラウスはモーツァルトを敬愛し、中でも、交響曲第41番ハ長調K.551は特別な思い入れがあったようです。そういったエピソードにも思いを馳せながらお聴きいただければ、よりいっそうお楽しみいただけるのではないでしょうか。
私自身、本番の日のルーティンとして、この第4楽章を聴くことが多いのですが、爽やかで溌剌としていてポジティブな気力がわいてきます。
フルート首席奏者 江川 説子(えがわ・せつこ)
Q. 休日は何をしていますか?
私にとっての休日は、家事の手間を貯金する日。かなり地味ですが、この貯金があるかないかで大違い。近所の農協で朝採れの野菜などを買い込んできて、数日分の食材の下ごしらえをして、常備菜を作ります。
小5の次女は給食ですが、夫と中3の長女はお弁当が基本。毎朝作る気力がないので、休日にまとめて小さいおかずを作っておきます。
Q. とっておきの練習方法は?
フルートを吹くときの姿勢や体幹に関心を持つようになった頃、前回の冬季オリンピックで話題になったスピードスケートの小平奈緒選手が、一本歯の下駄でトレーニングしていたことを知りました。
検索してみると、故郷の徳島で一本歯の下駄を生産している業者があることを知り、早速試してみました。
最初は立つのがやっとでしたが、今では基礎練習はいつも一本歯の下駄を履いてさらっています。難しいパッセージなどでは足元がフラフラするので、頭と身体のバランスがとれているかの確認にも役立つような気がします。
通勤で歩くのはまったく苦にならないのですが、運動のための運動は苦手なので、練習しながら体幹トレーニングができたらいいな、くらいの気持ちで長続きしています。
Q. あなたにとって、新シーズンのベスト・プログラムは?
日時:2020年10月31日(土)14:00開演
会場:横浜みなとみらいホール
曲目:ワーグナー/歌劇《リエンツィ》序曲、ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調Op.26、ブラームス/交響曲第2番ニ長調Op.73
指揮:小泉和裕(特別客演指揮者)
共演:三浦文彰(ヴァイオリン)
詳しくはこちら
昨シーズンの《田園》、《運命》に続いて特別客演指揮者、小泉マエストロの王道プログラム、メインはブラームスの2番。
いつも感じるのですが、小泉さんが指揮台に立つと不思議とオケがとってもよく鳴るのです。お客様の反応からも、神奈川フィルの熱量が客席にしっかり伝わったという手応えを感じます。豊かな響きでオーケストラの魅力を存分に味わえる演奏会になること間違いなし!
ソリストには過去の定期演奏会にも何度も登場され、「生きる」コンサートでの徳永二男さんとのバッハの名演も記憶に残る三浦文彰さんをお迎えします。今回演奏されるのは、これも王道のブルッフ。楽しみでたまりません。
1865年ペリー来航の際、横浜港に降り立ったアメリカ軍の馬車の先導犬として『横浜開港見聞誌』(玉蘭斉貞秀/1865年)にダルメシアンが描かれており、ブルーダルはその子孫として、横浜の「ブルー」と「ダルメシアン」をかけあわせて名づけられた。
2008年、神奈川フィルからのよびかけに「応援マスコット」として活動を開始。「ブルーダル基金」などで神奈川フィルの再生にひと役かい、多くの人に愛される存在に。
関連する記事
-
創立44年 日本で一番歴史のある日本ピアノ調律・音楽学院は国家検定資格取得の最短...
-
3月11日、ミューザ川崎が10回目の復興支援チャリティ・コンサートを開催
-
「第18回難民映画祭」で指揮者グスターボ・ドゥダメルのドキュメンタリーが日本初上...
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly