原田慶太楼がボランティア活動など積年の体験から語る、特別支援学校との音楽づくり
川崎市内3つの特別支援学校の生徒たちが音楽家とワークショップを重ね、オリジナルの音楽を創造する「かわさき=ドレイク・ミュージック アンサンブルプロジェクト」。
その集大成ともなる作品「かわさき組曲」が、8月9日(月・振休)にフェスタサマーミューザKAWASAKI2021のフィナーレを飾るコンサートで演奏される。
どのようなプロセスがあったのか。関わった人たちの思いや子どもたちの様子、できあがった作品などについて、7月28日の記者説明会で語られた。
東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...
障がいは社会が作り出したもの、誰もが音楽にアクセスできる社会を
指揮者の原田慶太楼は、7月28日に行なわれた「かわさき=ドレイク・ミュージック アンサンブルプロジェクト」の記者説明会の中で強いメッセージを放った。
「芸術には2つある。説明があって観る芸術と、何も知らずに観る芸術。今回は前者。こういうふうに観てくださいと説明することによって、感情や受け容れ方が変わってくると思うし、説明したい活動があるからこそ、すばらしい音楽を表現できるというものになります」
原田がいう説明とは、この日のプレゼンテーションのこと。障がいの有無に関係なく、誰もが音楽に親しみ、音楽を通して創造性を発揮できる社会を目指して、2017年から始めたプロジェクトについて次々と熱く語られた。登壇者は、主催する川崎市や英国の公的な国際文化交流機関ブリティッシュ・カウンシルをはじめ、特別支援学校でのワークショップで子どもたちを導いた音楽家2名や東京交響楽団、発表の場を設けたミューザ川崎シンフォニーホール。
川崎市は東京2020大会を契機とする「かわさきパラムーブメント」の一環として、ブリティッシュ・カウンシルは日英交流年「UK in JAPAN」の主要プログラムの一つとして、共に2017年度からプロジェクトを開始。英国のアート団体「ドレイク・ミュージック」の音楽へのアプローチ方法を紹介したり、ワークショップのファシリテーターとなる音楽家の育成に取り組んできた。
プロジェクト4年目となる2021年は、ドレイク・ミュージックと日本の音楽家がビデオ通話や動画で連携しながら、川崎市内3つの特別支援学校の生徒たちとワークショップを重ね、ヴェルディ作曲の歌劇《アイーダ》より「凱旋行進曲」にインスパイアされたオリジナルの音楽を創造するプロジェクトを実施してきた。
ドレイク・ミュージックは、障がいは社会が作り出していて、社会が作る障壁(バリア)によって不自由さを感じるという「障がいの社会モデル」の考え方を前提に、インクルーシブな(すべての人たちが参加できる)音楽づくりへのアプローチ方法を紹介したり、音楽家の育成トレーニングなどを行なってきた。「ミュージシャンを楽器に合わせるのではなく、楽器をミュージシャンに合わせる」という観点で、ワークショップでは参加者をよく観察して、相性のよい楽器を探していくなかで、GarageBandやThumbJamなどのアプリを入れたiPadも、他の楽器と同様に選択肢に入れる。
そして、オペラ《アイーダ》を聴いた感想を言葉にしたり、それを楽器で音にしたりして作った小さなフレーズに、ドレイク・ミュージックのベン・セラーズが楽器を割り振り、約11分4秒のオーケストラ曲《かわさき組曲》に。子どもたちと音楽家たちが曲を聴いて決めたタイトルはこちら。
1 ふしぎなポケット
2 えがおになれるばんそう
3 みずいろのスマイル
4 きいろとりどり
作曲者:かわさき=ドレイク・ミュージック アンサンブル プロジェクト参加者
【田島支援学校 桜校】生徒:5名、教員:4名
【田島支援学校 本校-1】生徒:7名、教員:4名
【田島支援学校 本校-2】生徒:6名、教員:4名
【中央支援学校】生徒:9名、教員:6名
【音楽家】池野博子 大松暁子 武田国博 南條由起 浜野与志男 宮野谷義傑 / 東京交響楽団:蟹江慶行 鈴木浩司 多井千洋 中村楓子 新澤義美 久松ちず
【ドレイク・ミュージック】ベン・セラーズ
原田慶太楼が募らせていた思いを体現する
フェスタサマーミューザKAWASAKI2021では、8月9日(月・振休)のフィナーレを飾るコンサートで、原田慶太楼 指揮・東京交響楽団がこの《かわさき組曲》を演奏する。
「障がい者と一緒にコンサートや音楽を作るというのは、僕にとってはすごく意味のあるプロジェクト。僕の幼なじみが、10代で障がいがあるってわかったのですが、ベストフレンドである彼がきっかけで、僕は小さいときに手話を勉強したり、点字の勉強して点字で文章を書いたり、ボランティア活動もしていた。大学でも音楽や音楽史のほか、心理学も専攻して、特に児童心理学を勉強していました。
障がいがある人たちにどういうふうにヘルプできるのか、音楽にどういう可能性があるのかということは、大学に入る前も、卒業したあともずっと興味を持っていたんです」
そう語る原田は、アメリカで通った芸術高校時代に、障がい者の学校でボランティア活動をし、楽器を教えたり、一緒に植物を育てたり、自分の創設した青少年オーケストラのゲネプロ(本番前の通し稽古)に来てもらって自由に音楽体験する機会をつくったりと、積極的に行動していたそうだ。
「いま差別が問題になっていますけど、僕もアジア人としてアメリカに住んでいて、すごい人種差別を受けています。差別を受けると、どういう感情になるのかはよくわかる。日本に住んでいると、差別のことはあまり話されないし、気づかないところもあると思うけれど、実は日本はすごい差別をしている国だと思う。特に、障がいがある人に対して。電車や道で助けない、アシストしないとか、そういうのを見ていると、日本ってまだまだ遅れているなと思うことがあります。
だからこそ、このプロジェクトに意味があると思う」
8月9日のプログラムにも大切なメッセージを込める
公演プログラムも、原田のこだわりのものだ。
2021年は《アイーダ》の初演150周年記念と、作曲したヴェルディの没後120周年記念の年。まず、《アイーダ》から凱旋行進曲とバレエ音楽を演奏し、そのあとかわさき=ドレイク・ミュージックから誕生した作品を重ねた。
ジョン・アダムズの《アブソルート・ジェスト》は、「まったくの冗談、創意、発明」という意味で、耳に障がいがあったベートーヴェンが書いた曲を素材にして新しい曲にしたもの。プロジェクトで《アイーダ》から子どもたちが曲を作ったプロセスに通じる。
最後は、吉松隆の交響曲第2番「地球(テラ)にて」作品43。図らずも、オリンピック開会式の聖火台点灯のあとに流れた曲だ。原田は「吉松さんが音楽にした(第1楽章の)戦争から始まって(鎮魂歌で)世界の平和へと流れていく物語は、大切なメッセージなのではないか。今回、コロナの状況下で子どもたちにステージで楽器を演奏してもらうことはできなくなったけれど、障がいのある方と一緒に音楽を作って堂々と演奏するのは、大切な一歩だと思う。絶対成功するプロジェクトにして、9日のコンサートにはたくさんの感動をもたらしたいと思うので楽しみにしていてください」と報道陣に力強く語りかけた。
コロナ禍で自らライブ配信の企画を立ち上げて、多くの音楽家やファンと対話をしてきた原田慶太楼。日本での指揮の機会も発信力も増したいま、彼のフレンドリーで真摯な姿勢、そして音楽の力が社会を変える一歩になるだろう。
日時: 2021年8月9 日(月・振休)15 時開演(14 時開場/14:20~14:40 プレトーク)
会場: ミューザ川崎シンフォニーホール
出演: 原田慶太楼(東京交響楽団 正指揮者)、東京交響楽団、弦楽四重奏:カルテット・アマービレ(篠原悠那(第1ヴァイオリン)、北田千尋(第2ヴァイオリン)、中恵菜(ヴィオラ)、笹沼樹(チェロ))
曲目:
- ヴェルディ:歌劇「アイーダ」から 凱旋行進曲とバレエ音楽
- かわさき=ドレイク・ミュージック アンサンブル:かわさき組曲~アイーダによる(世界初演)
- アダムズ:アブソルート・ジェスト
- 吉松 隆:交響曲第2 番「地球(テラ)にて」作品43 (改訂稿/4楽章版)
主催: 川崎市、ミューザ川崎シンフォニーホール(川崎市文化財団グループ)
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