イベント
2021.09.10
10月来日!指揮者ニコラ・ルイゾッティにきく、ヴェルディの悲劇と理想の形

ヴェルディが《椿姫》で描いた真実の愛は社会へのアンチテーゼだった?

ヴェルディが描いた悲劇のオペラ《ラ・トラヴィアータ(椿姫)》が、10月7日からサントリーホールで上演される。劇場ではない、「ホール・オペラ®」ならではの醍醐味や、19世紀の作品が現代でも上演され続ける理由とは?
過去6回「ホール・オペラ®」で指揮を振り、今回も出演予定となっているニコラ・ルイゾッティに、オンラインでインタビュー!

取材・文
林田直樹
取材・文
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

メイン写真:2009年のホール・オペラ®《ドン・ジョヴァンニ》で指揮をするルイゾッティ
写真提供:サントリーホール
通訳:井内美香

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ついにサントリーホールに「ホール・オペラ®」が帰ってくる。通常の劇場であれば、オーケストラはピットに潜り込んで、見えないところから舞台を支える。しかし「ホール・オペラ®」では、舞台上のオーケストラは豊麗な響きとともに、歌手たちの声とブレンドされ、この上ないゴージャスな音楽体験が可能となる。

今回の演目は、オペラの代名詞ともいえるヴェルディの《ラ・トラヴィアータ(椿姫)》。キャストも超豪華で、オペラ入門には、またとない機会が約束されている。世界の一流歌劇場でイタリア・オペラを任される指揮者ニコラ・ルイゾッティに、聴きどころをうかがった。

真実の愛を描いた《椿姫》は夢を見させる理想の世界

——《アイーダ》《ドン・カルロ》《仮面舞踏会》《マクベス》など、ヴェルディのオペラの多くが歴史的題材をとっていますが、《ラ・トラヴィアータ(椿姫)》だけは異色で、都会に生きる一人の若い女性の破滅についての現代劇ですね。しかも、娼婦を主人公にしています。

ルイゾッティ 現代ではこの物語はもしかしたら、笑われてしまうかもしれませんね。なぜなら、今ではヴィオレッタのような職業の女性(たとえばAV女優)であってもテレビに出るような時代です。

でも、19世紀ではやはりスキャンダルだった。特にあの作品が初演されたヴェネツィア(かつては娼婦の多いことでも知られた)のフェニーチェという特別な劇場に来ている人たち——侯爵、男爵、あるいは医者といった——が実際に舞台の上に出てきて、教会ではなく、娼婦の館に行っているという赤裸々な話だったわけですから。

主人公の若い二人、ヴィオレッタとアルフレードの愛は、もちろん真実の愛でした。しかし、それをヴェルディが素晴らしい音楽として描くことができたのは、当時の社会道徳との対比においてだったのかもしれません。

あの物語は、最初は作家のデュマ・フィスが、社交界の花形で若くして亡くなった女性マリー・デュプレシ(本名:アルフォンシーヌ・プレシ)との恋愛をもとにして小説を書いたわけですが、実際の出来事とは少し違います。小説にせよ戯曲にせよヴェルディのオペラにせよ、芸術作品の中に描かれているのは、起こってほしいことであり、あくまで「理想」であり「夢」なんですね。だからこそ泣かせるし、愛される作品になるのです。

——現実に起こらないような、起こってほしい夢を描く、理想の世界を描いているという考え方は、きっと演奏にも反映されるのでしょうね。

ルイゾッティ 音楽家にとって大切なのは、理想主義者であることだと思うんです。私も子どものころから理想主義者で、常に存在しないものを追い求めてきました。

《ラ・トラヴィアータ》は、まさにそういう音楽じゃないですか。すべてのオペラの中でもおそらく最も一番上演されている作品です。《ラ・ボエーム》や《カルメン》もそうですが、こんな長い間こんなに世界中で上演されてるオペラは本当に他に見つけることが難しい。

なぜそうかというと、まずストーリーがシンプルであること。そして、すべての人に関係のある内容であること。《ラ・トラヴィアータ》という題名はイタリア語で「道を外した女」という意味ですが、彼女は自分の道に戻りたいと思うわけですよね。それを助けてくれる恋人アルフレードの愛の力をもってしても救われずに死んでしまう。そういう物語が、人々に夢を見させるのです。

指揮者ニコラ・ルイゾッティ。イタリア、ヴィアレッジョ出身。特にヴェルディとプッチーニの指揮には定評があり、世界中の歌劇場で高い評価を受けている。現在は、テアトロ・レアルの首席客演指揮者を務める。サントリーホールのホール・オペラ®では、04年から10年まで毎年指揮を務めた。
©Terrence McCarthy SFO
ズザンナ・マルコヴァ(ヴィオレッタ役)。「素晴らしいアーティストで、コロラトゥーラが得意で、演技も姿も良い、ヴィオレッタとしてパリやロンドンでどんどん契約している若きスターです。今この現代、これ以上のヴィオレッタはいるだろうかというくらいです」(ルイゾッティ)
©Marseille2014
フランチェスコ・デムーロ(アルフレード役)。「デリケートな魅力がある歌手で、もう40歳を超えているのに、罪のない若者みたいな雰囲気があるのです。声もデリケートな美しさと表現力があるし、理想のアルフレードですね」(ルイゾッティ)
©️Elena Cherkashyna
アルトゥール・ルチンスキー(ジェルモン役)。「メトロポリタン・オペラでも共演しましたが、世界でもトップのバリトンの一人です。超人的に息もすごく長いし、素晴らしい歌なので、皆さんも必ず熱狂することでしょう」(ルイゾッティ)
©Andrzej Swietlik

ホール・オペラ®は劇場とは異なる環境への挑戦が音楽家の喜びに

——これまで「ホール・オペラ®」をマエストロは何回も指揮をされています。プッチーニを3つ、モーツァルトも3つ。いま改めて、サントリーホールで「ホール・オペラ®」を開催する音楽的なメリットや可能性について教えていただけますか。

ルイゾッティ サントリーホールでオペラを演奏するということは、普通の歌劇場で演奏することと、すごく違う。歌手の立っている位置、オーケストラの配置がまったく違うのです。そのためにモニターを設置したり、歌手に音を聴こえやすくするためにスピーカーを置いたり、リハーサルのときにさまざまな試みが必要になります。そのことによって、リハーサルが複雑化はするんですけれども、なぜか良い結果が出るんです。

おそらく、みんなで成功のために一丸になって頑張ろうという必要があるので、かえってうまくいくんじゃないか。上演のときに、全員が非常に注意深くなるのです。それは歌手にとってもオーケストラにとっても良い効果がある。

——確かにホール・オペラ®というのは1回1回がゼロからの挑戦ですね。

ルイゾッティ アーティストにとって挑戦することは、いつも喜びです。エキサイティングなことですから。サントリーホールでオペラを上演することはリスクをとる覚悟をして挑戦することですが、私たちにとっては普通のことです。

ルイゾッティが指揮をした2010年のホール・オペラ®、モーツァルト 《コジ・ファン・トゥッテ》のステージ。出演したなかでは、「《トゥーランドット》が特に大変でした。モーツァルトの〈ダ・ポンテ三部作〉(《フィガロの結婚》、《ドン・ジョヴァンニ》、《コジ・ファン・トゥッテ》)も、ホール・オペラでも動きを作り出したということで挑戦的でした」と話す。
© Matthias Creutziger

真に笑わせ、真に泣かせてくれるのはヴェルディ

——ヴェルディは、初期の《一日だけの王様》と、最後の《ファルスタッフ》を除いて、ほとんど悲劇ばかりを書いたオペラ作曲家です。ヴェルディの本質とつながる問題だと思うんですけれども、なぜ悲劇ばかり書いたんでしょうか。

ルイゾッティ 興味深い質問ですね。ただ《ファルスタッフに関していうと、厳密にはオペラ・ブッファ(喜歌劇)とはいえない面がある。非常にグロテスクなところもありますし、楽しさだけよりもどちらかというと悲しみの比重が大きい。それはヴェルディの性格をやはり反映していると私は思いますね。

その原因としては、若いときの悲しい体験——1840年までの数年間に2人の子どもと奥さんを失ったこと——があると思います。やはり彼の一生からあの傷は消えなかった。劇的なものを好む彼の性格は、そういうところからも来ているのではないでしょうか。

でも、だからこそ、ヴェルディの強い苦しみを抱えた偉大な作品に私たちは共感でき、満足感を与えられるわけです。

私は指揮者という仕事を始めた頃から思っていたことなんですけれども、ヴェルディがいなかったら、おそらくワーグナーも後世に残らなかった。もちろんプッチーニも残らなかったし、その後の19世紀末から20世紀にかけて、オペラは生き延びられなかったと思っているんです。オペラはきっと消滅してしまったのではないかと。彼なしでは。

世界中のオペラシーズンが今でも成り立っているのは、ワーグナーやプッチーニのおかげでもあるけれども、モーツァルトだけでもロッシーニでもドニゼッティでもチマローザでもパイジェッロでもベッリーニでもなくて、ヴェルディがいたからです。

なぜかというと、今言った人たちの世界は、あまりにも私たちの世界と遠い。もちろん、モーツァルトの書いたもののある部分は、私たちの琴線に鋭く触れます。でもモーツァルトだけでは、たぶん今日までオペラは持たなかったと思う。

私たちを真に笑わせ、真に泣かせてくれるのは、やはりヴェルディなのです。それは人間の魂を反映しているからであり……ヴェルディの真面目さはいつも私たちに、ものを考えさせるんですよ。

若き音楽家たちによるフレッシュ・オペラ

サントリーホール オペラ・アカデミーの修了生や、国内外で活動の場を広げつつある旬の若手が集結し、ホール・オペラ®と同じ演出・舞台で、一夜限りの上演。

 

そのフレッシュ・オペラについてもルイゾッティに伺った。

「こういう若い人たちの公演を中に入れるというのは素晴らしい試みです。村上寿明さんが指揮するのもすごく良いことだと思います。私も時間があれば、彼らの指導をしてあげたいですね。《ラ・トラヴィアータ》は大変なオペラです。一流の世界の歌手たちも本番前に震えるような作品を、若い人たちがやるのは大変なことだし、いいことなので、近くにいて彼らのことをサポートしたいです」

ルイゾッティからのメッセージ

取材を終えて

世界屈指のオペラ指揮者ルイゾッティは、サントリーホールに2004年から2010年まで毎年やってきては、プッチーニやモーツァルトで素晴らしい演奏を聴かせてくれた。11年ぶりにオペラを振りに帰ってきてくれるのはファンとしても本当にうれしいことである。

今回リモート・インタビューを通して、「日本に行くのが待ちきれない」という雰囲気が強く伝わってきた。その明るいオーラは、きっと歌手やオーケストラを力づけてくれるに違いない。

マエストロは自身の指揮哲学について、「とにかくできる限り勉強すること。その勉強することといっても音楽的なことだけではなくて、“人の人生を生きる”ことを試みるべきなのです」と語っていた。

人の人生を生きること——何と素敵な言葉だろう。それは私たちがオペラを楽しむことの醍醐味でもある。

林田直樹

公演情報
ホール・オペラ® ヴェルディ:ラ・トラヴィアータ (椿姫) (全3幕/イタリア語上演・日本語字幕付)

日時: 2021年10月7日(木)18:30開演/2021年10月9日(土)17:00開演
会場: サントリーホール 大ホール

キャスト&スタッフ
ヴィオレッタ:ズザンナ・マルコヴァ
アルフレード:フランチェスコ・デムーロ
ジェルモン:アルトゥール・ルチンスキー
フローラ:林眞暎
アンニーナ:三戸はるな
ガストン子爵:小堀勇介
ドゥフォール男爵:宮城島康
ドビニー侯爵:的場正剛
医師グランヴィル:五島真澄

指揮:ニコラ・ルイゾッティ
東京交響楽団
サントリーホール オペラ・アカデミー&新国立劇場合唱団

演出:田口道子
ほか

料金: S席28,000円、A席25,000円、B席21,000円、C席*10,000円
※C席は、舞台の一部が装置で隠れる可能性があります

詳しくはこちら

若き音楽家たちによるフレッシュ・オペラ ヴェルディ:ラ・トラヴィアータ(椿姫) (全3幕/イタリア語上演・日本語字幕付)

日時: 2021年10月8日(金)18:30開演

会場: サントリーホール 大ホール

キャスト&スタッフ
ヴィオレッタ:大田原瑶
アルフレード:小堀勇介
ジェルモン:町英和
フローラ:佐藤路子
アンニーナ:三戸はるな
ガストン子爵:石井基幾
ドゥフォール男爵:宮城島康
ドビニー侯爵:的場正剛
医師グランヴィル:五島真澄

指揮:村上寿昭
桐朋学園オーケストラ
サントリーホール オペラ・アカデミー&新国立劇場合唱団

演出:田口道子

料金: S席7,000円、A席6,000円、B席5,000円、学生2,000円

詳しくはこちら

取材・文
林田直樹
取材・文
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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