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2019.07.20
サントリーホール サマーフェスティバル2019/夏秋の特集「音楽祭が熱い!」

「やってみなはれ」精神を強く受け継ぐサントリーホールのサマーフェスティバルで刺激的な体験を!

「耳が目覚める! 頭に響く! 圧倒的ナナメ上音楽フェス」という思い切ったキャッチコピーが躍る、サントリーホール サマーフェスティバル。リスクを恐れず音楽的な冒険をしようという、知的好奇心をそそるサントリーホールの夏の一大イベントになっている。
今年はサントリー芸術財団50周年記念ということもあり、特に大胆な企画が用意されている。これまでの軌跡と今年の聴きどころを、同財団音楽事業部長の佐々木亮さんにうかがった。

ナビゲーター
林田直樹
ナビゲーター
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

取材写真:各務あゆみ
公演写真提供:サントリーホール

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冒険を積み重ね、音楽シーンをリード

この企画はそもそも、サントリーホール開館時のオープニング・シリーズ(1986年10月から87年3月まで)がひと区切りついたあと、夏休みの期間に「ユニークで楽しいものを」企画しようと模索し始めたのが、きっかけである。

87年は「古楽」、88年は「ショパン全曲演奏会」、そして89年は「20世紀の音楽名曲選」と開催していくなかで、89年の20世紀音楽が予想をはるかに上回る反響があったのだという。

1990年以降は、20世紀音楽をさらに体系的に取り上げ、「サマーフェスティバル」の名称も定着し、テーマ作曲家を据えたり、最新の作品を演奏したりといった方向性も定まってきた。さらには、芥川也寸志サントリー作曲賞国際作曲家委嘱シリーズもサマーフェスティバルに合流し、夏の現代音楽祭としての現在の形へ、拡大を続けてきた。

初回となる1987年「サマースペシャル」のパンフレット。古楽や邦楽、子ども向けといったバラエティに富んだラインナップだ。
第2回となる1988年のサマースペシャルは「ショパン・ピアノ曲全曲演奏会」。
1990年には、テーマ作曲家や同時代の音楽を取り上げる現在の方向性が明確になり、後に芥川作曲賞や国際作曲委嘱シリーズに統合される。

90年代終わりから企画に携わってきたサントリー芸術財団音楽事業部長の佐々木亮さんは、こう振り返る。

「大きい企画を行なった年は、やはりクライマックスとして印象に残っています。2009年のシュトックハウゼン《グルッペン》(3人の指揮者と3群のオーケストラによる未曾有の音響体験が大きな興奮を呼んだ)は、3つの舞台を設置しました。ホール改修後の客席を設置する前だからできたことで、二度と見られないものでした。

2012年のクセナキス《オレステイア》(聴衆参加型の祝祭的な舞台が話題となった)とケージ《ミュージサーカス》(非日常的な音の遊園地で誰もが楽しめた)もそうでしたが、毎年楽しみにしてくれている人たちのためにも、このくらい思い切った内容のものをやりたい、という気持ちは常にありました」

サントリー芸術財団音楽事業部長の佐々木亮さん。
シュトックハウゼン《グルッペン》(2009年)。3つのオーケストラが3人の指揮者のもと別々に演奏することによって、ホールのどこに座っていても、めくるめくような音響体験が得られる稀有なコンサートとなった。
クセナキスのオペラ《オレステイア》(2012年)。原作は古代ギリシャ悲劇の詩人アイスキュロス。山田和樹指揮、ラ・フラ・デルス・バウス演出、松平敬(バリトン)ほか。原始的・呪術的な祝祭空間が出現し、サントリーホールは興奮の坩堝と化した。

現代音楽というと「難しそうだから、それだけで拒否」みたいな人も多いかもしれないが、サントリーホール サマーフェスティバルに関する限りその心配はない。なぜなら、ここに脈々と継承されているのは、冒頭に挙げたような「ユニークで楽しいものを」という精神なのだから。

サントリーホールには、そういった意味で、東京の音楽シーンでどこよりも先駆的に、最新のエキサイティングなオペラを紹介してきたという実績もある。

先述のクセナキス《オレステイア》(2012年)のほかにも、シュトックハウゼン《歴年》(2014年)、さらには中国の作曲家タン・ドゥンの《TEA》(2002年サントリーホールとネザーランド・オペラの共同委嘱により世界初演、2006年に再演)、細川俊夫《班女》(2009年日本初演)、望月京《パン屋大襲撃》(2010年日本初演)、野平一郎《亡命》(2018年世界初演)など——これらに共通するのは、リスクを恐れぬ大胆な実験精神である。前衛と大衆性とのセンセーショナルな両立である。

タン・ドゥンのオペラ《TEA》をネザーランド・オペラとの共同制作で世界初演(2002年)。タン・ドゥンは出身の中国のみならず、日本の茶の文化も作曲に生かすために、ホールの制作スタッフとともに京都・奈良へのリサーチを行なう力の入れようだった。タン・ドゥン指揮NHK交響楽団、ピエール・アウディ演出による洗練された舞台は、静かで深い感銘を呼んだ。
細川俊夫《班女》を日本初演(2009年)。半田美和子(ソプラノ)、小森輝彦(バリトン)、演出・ステージデザイン・衣装はルカ・ヴェジェッティ。ヨハネス・デーブス指揮、東京シンフォニエッタ。能の精神を現代化した三島由紀夫の原作戯曲を、見事に幻想的なオペラへと昇華した舞台は、今もなお忘れ難い。
村上春樹の『パン屋襲撃』、『パン屋再襲撃』を原作とした、望月京のオペラ《パン屋大襲撃》日本初演(2010年)。

ベンジャミンが大野和士に託した21世紀最高のオペラ

そして今年は、サントリーホールが紹介する最新のオペラとして、英国の作曲家ジョージ・ベンジャミンによる噂の傑作《リトゥン・オン・スキン(Written on Skin)》が、大野和士のプロデュースと指揮によりついに日本初演される。

では一体、この作品の、何が魅力なのか?

そもそもオペラ《リトゥン・オン・スキン》が作り出された前史は1992年にまで遡る。ヨーロッパ最高の音楽プロデューサーの一人で世界屈指のオルガニストでもあるベルナール・フォクルール(1953年ベルギー生まれ)がブリュッセル・モネ劇場総監督時代に、かねてから注目していた英国の作曲家ジョージ・ベンジャミン(1960年ロンドン生まれ)に「ぜひオペラを書いて欲しい」と話を持ち掛けたのである(ちなみに、フォクルールは大野和士がヨーロッパでキャリアを築く上でも大きな役割を果たした、先見の明ある人物でもある)。

フォクルールの見立てでは、ベンジャミンはいま世界でもっとも美しいオーケストラ音楽を書く作曲家の一人であり、それはドビュッシーと関連付けられるほどであった。

英国の作曲家ジョージ・ベンジャミン。初演から自ら指揮をしてきたが、何年も前から大野和士からの質問に助言をし、全面的にサポートしているとのこと。©︎Matthew Lloyd
何年も前からベンジャミンに助言をもらっていたという指揮者の大野和士が、オペラ《リトゥン・オン・スキン》をプロデュース。新国立劇場オペラ芸術監督であり、東京都交響楽団ならびにバルセロナ交響楽団音楽監督。©︎Herbie Yamaguchi

やがてベンジャミンは、フォクルールとの約束を果たすべく、オペラ作曲のための本格的準備を2007年に開始する。ベンジャミンは、英国の実験演劇の作家として名高いマーティン・クリンプとの共同作業の積み重ねによって、オペラ作曲に十分な自信を深めていたのである。

20年越しのアイディアはついに実現し、歌手や演出家との周到な準備のもと、作曲者自身の指揮とマーラー・チェンバー・オーケストラにより、2012年7月7日、エクサン・プロヴァンス国際音楽祭で、《リトゥン・オン・スキン》は世界初演された。

ヴィオラ・ダ・ガンバやグラス・ハーモニカを含む精緻な響きと、演劇性の相乗効果もあり、反響は圧倒的であった。すぐさまロンドン、パリ、ウィーン、ベルリン、ハンブルク、ニューヨーク、フィラデルフィア、タングルウッドなど、燎原の火のごとく、再演に次ぐ再演が広がっていった。フランス最高のピアニストのひとり、ピエール・ロラン・エマールは「ベルクの《ヴォツェック》に匹敵する傑作」と述べたほどであった。

台本を担当したマーティン・クリンプによると、《リトゥン・オン・スキン》は13世紀の南仏プロヴァンスに題材をとった吟遊詩人の世界を背景とする物語。羊皮紙の書物に装飾を施す中世の文化、少年を誘惑する美しい人妻、残酷な結末――。そこには哲学者ワルター・ベンヤミン(1892年ドイツ生まれのユダヤ人)の著作にもとづく「歴史の天使」という概念も反映されており、女性の生きる条件、自立や自由といったフェミニスト的な視点にも通じる現代性があるという。

中世フランスと現代社会が隣り合う《リトゥン・オン・スキン》の世界観は、ロンドンでの上演のダイジェスト映像からも、その雰囲気の一端をうかがうことができる。

英国ロイヤル・オペラの《リトゥン・オン・スキン》

なお、サントリーホールでのセミ・ステージ形式の上演では、ヨーロッパを中心に活躍する舞台美術家の針生康(はりう・しずか)がビジュアルを担当する。佐々木さんは語る。

「サントリーホール以外のどこにもできない面白いものをやらないと楽しくないじゃないですか? そういう意味で、いま世界のオペラ界を席捲している《リトゥン・オン・スキン》を、スクリーンを多用した舞台効果を用いつつ、ホールの音響の良さとともに、ぜひ楽しんでいただきたいのです」

舞台美術家の針生康による、サントリーホールでの舞台イメージ。サントリーホールのステージに合わせて映像を投影する予定。

大野和士が語る《リトゥン・オン・スキン》

神秘と詩の領域へ ~ミカエル・ジャレルの音楽

今年のサントリーホール サマーフェスティバルのテーマ作曲家として、ミカエル・ジャレル(1958年スイス生まれ)がクローズアップされるのも、大いに注目される。

いまもっとも洗練された、神秘と詩の領域に属する音楽を書ける作曲家の一人が、ジャレルだからだ。明確なメロディやリズムを認識することは難しいかもしれないが、もやもやと形の定まらない、不可視の、とても大きな世界について語ろうとしている音楽のようであり、映像的な幻想とでも言えばいいだろうか。それは普通のクラシック音楽とは異なるかもしれないが、はるかに新しく、なつかしく、啓示をもたらす響きの体験となるに違いない。

ミカエル・ジャレル。多数の受賞歴をもち、2004年からジュネーヴ高等音楽院の作曲教授に就任。名指導者としても名高い。©️C. Daguet Editions Henry Lemoine

監修者の作曲家・細川俊夫によれば、ジャレルは「高度なエクリチュール(書法)」を持っている人とのことだが、それを言葉に例えるなら、語彙の豊かな、巧緻な文体で、説得力ある文章を書くことができる、ということに匹敵する。

ベンジャミンの《リトゥン・オン・スキン》がドビュッシーやベルクのオペラと関連付けられるのと不思議に符合するように、ジャレルの音楽もまた、ドビュッシーとベルクにもっとも近い。

今回のサマーフェスティバルは、いまの音楽が参照すべき20世紀の古典として、この2人の作曲家を指し示しているようでもある。

「……今までこの上なく晴れ渡っていた空が突然恐ろしい嵐となり…」

作曲家ミカエル・ジャレルの公式サイトでは、管弦楽作品「……今までこの上なく晴れ渡っていた空が突然恐ろしい嵐となり…」が1分30秒ほど無料視聴可能。

http://www.michaeljarrell.com/en/oeuvres-fiche.php?cotage=28759

悪夢のようにダイナミックで美しくオーケストラが鳴り響く様子は、まさに題名の通りの世界。8月30日のコンサートで演奏される。

今を生きる日本人作曲家の作品を総選挙!

最後に、芥川也寸志サントリー作曲賞(旧名:芥川作曲賞)選考演奏会について。これは、昨年国内外で作曲された日本人作曲家の作品のなかから清新さ、将来性の観点で選ばれた3つの候補作品を演奏し、公開審査ののちに受賞作品を決定するというもの。

今回面白いのは、「SFA総選挙」と題した聴衆賞を行なうことになった点である(審査員による本賞とは別)。未知の作品に接して、「どれが面白いか?」を聴衆の誰もが自由に意見表明できるのは、楽しそうである。

評価の定まった名曲の“確認鑑賞”ばかりでなく、同じ時代を生きる作曲家たちの生み出した新しい音楽を、「どんな味がするのかな?」と体験してみるのも、音楽本来のスリリングな味わい方のひとつではないだろうか。

リスクを恐れず、新しくて楽しめるものを、そして時代の最先端を行くものを、知的にも感覚的にも、最高のものを――。サントリーホール サマーフェスティバルに、一人でも多くのファンがつくことを願わずにはいられない。

音楽祭情報
サントリーホール サマーフェスティバル2019

~サントリー芸術財団50周年記念~

会期: 8月23日(金)~31日(土)

会場: サントリーホール

詳細はこちら

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林田直樹
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林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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