インタビュー
2023.10.20
個性派ピアニスト2人が10月~12月にショパンをめぐるプログラムで来日公演!

アファナシエフとガジェヴが語り合う それぞれのショパン 

今年76歳を迎えたヴァレリー・アファナシエフと、29歳の誕生日が近いアレクサンダー・ガジェヴ。世代も出自も異なる2人のピアニストは、共に詩的で深みのあるショパンを聴かせる。そしてそれぞれに個性的だ。アファナシエフの噛み締めるようなショパンには、どこか不器用な青年のような瑞々しさも感じられ、一方ガジェヴの奏でるショパンには、どこか老熟した諦念の表情を聴き出すことができる。彼らのショパンの響きは、どのような思いから生まれるのだろう。それぞれのショパン像や作品観を言葉にしてもらい、それぞれのお気に入りのショパンの録音も教えてもらった。

取材・文
飯田有抄
取材・文
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

この記事をシェアする
Twiter
Facebook
続きを読む

アファナシエフの抱くショパン像〜文学的な視点から

ヴァレリー・アファナシエフ:1947年モスクワ生まれ。モスクワ音楽院にてヤコフ・ザークとエミール・ギレリスに師事。ライプツィヒのバッハ国際コンクール(1968年)およびブリュッセルのエリーザベト王妃国際音楽コンクール(1972年)で優勝。1974年に政治亡命者としてベルギーに保護を求め、現在、同国で暮らす。新譜はソニー・クラシカルより、ベートーヴェンのハンマークラヴィア・ソナタの録音を11月下旬に発売予定
これまで、みずから執筆した解説を添えたアルバムを約70作リリース。現在、ソニー・クラシカル・レーベルと録音契約を結んでおり、『テスタメント(遺言)/私の愛する音楽』は「レコード・アカデミー賞」(特別部門)を受賞。
数年にわたり世界各地のさまざまなオーケストラを指揮。作家でもあるアファナシエフは、ダンテの『神曲』の評釈をまとめた大著を含む多数の小説、詩集、随筆集を執筆。さらに《展覧会の絵》と《クライスレリアーナ》から霊感を得た2つの劇作品を書き上げ、みずからピアニストおよび俳優として4か国語で上演。新譜はソニー・クラシカルより、ベートーヴェンのハンマークラヴィア・ソナタの録音を11月下旬に発売予定

「現代の多くの人がイメージするほど、ショパンは人当たりのいい作曲家でもなく、チャーミングな作曲家でもなかったと思います。確かにショパンは、パリのサロンでノクターンやマズルカを弾いて人々から褒めそやされました。しかし、19世紀のサロンは、今日のスーパーマーケットのように気楽な場所とは程遠く、ショパンもまた聴衆の嗜好に迎合するタイプでは決してありませんでした。むしろ彼は、格調高いポーランドの言語から影響を受けた作曲家で、謎めいた存在でもあったのです」

文学を深く愛し、美学的な思想を深め、自ら脚本を書いて役者としても表現力を発揮するアファナシエフ。ショパンについて、彼は文学的な視点からこう述べる。

「私はショパンのノクターン、マズルカ、ポロネーズ、バラードを弾くときにはいつも、イギリスの小説家、ディケンズを思い浮かべます。ディケンズの文章はとても豊かで強烈で、繰り返しや変化に富んでおり、もはやプロットすら定まりません。ショパンの音楽にも私は同じような即興性(ただし楽譜に固定はされていますが)を感じ取っています。

また私は、ショパンの音楽から悲哀と郷愁に満ちたダンテの「煉獄篇」(『神曲』)も想起します。でも、もしダンテがショパンの『ピアノ・ソナタ 変ロ短調』が終始鳴り響かせる純然な絶望を耳にしたら、さぞ驚いたことでしょうね」

アファナシエフお気に入りのショパン録音

セルゲイ・ラフマニノフ(1873〜1943)が弾く「ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調」(※トラック1~4)

「ラフマニノフは、私たちが演奏を耳にすることのできる中で最高のピアニストです」(アファナシエフ)

ガジェヴの思うノクターンとスケルツォ〜内向きと外向きの音楽

アレクサンダー ·ガジェヴ:第18回ショパン国際ピアノコンクール第2位、クリスチャン・ツィメルマン賞​(ソナタ最優秀演奏賞)を受賞。シドニー国際ピアノコンクール優勝。第9回浜松国際ピアノコンクール優勝。名ピアノ教師の父に師事し、9歳でオーケストラと初協演、10歳で初リサイタルを開く。17歳で「プレミオ・ヴェネツィア」の覇者。2019年 BBCニュー・ジェネレーション・アーティストに選ばれ、2022年までにロンドンのウィグモア・ホールなどでのリサイタル、BBCのオーケストラとの共演、イギリスの音楽祭に出演など、すべてのコンサートがBBCラジオ3で放送される。これまでファビオ・ルイジ指揮/RAI国立響、ワレリー・ゲルギエフ指揮/マリインスキー歌劇場管他と共演。今後はハレ管、ミラノ・ヴェルディ管などと共演を予定。ヴェルビエ音楽祭、オールドバラ音楽祭などにも参加 ©Andrej Grilc

今回のリサイタルでは「ノクターンへ長調Op.15-1・嬰へ長調Op.15-2」および「スケルツォ第3番」を演奏するガジェヴ。作品の世界観を次のように捉えている。

ノクターンには、ショパンの音楽のもっとも親密な要素が込められていると感じています。ポロネーズやマズルカやワルツといった舞曲ほどは、彼の故郷であるポーランドの要素は色濃くありませんが、ノクターンには深く感傷的なメロディが自由に織り込まれています。

今回演奏するOp.15からの2曲は、中間部にリストを彷彿とさせるようなピアニスティックで技巧的な表現があります。その一方で、主要部はとても牧歌的です。へ長調Op.15-1のメロディは瞑想的で平和な音楽です。

一方スケルツォは、ショパンの作品としてはもっとも外交的な性質の音楽で、そして二面性があると思います。ある面では、ベートーヴェンの、それも彼の交響曲のスケルツォと似ています。統一感と明確な着想をもった英雄的な音楽なのです。また別の面では、悪魔的で神秘的なタッチで描かれます。とくに第3番の序奏ではそれが顕著です。美しいコラールの中間部が爆発的なコーダへと続いていくのも、見事な書法だと思います」

ガジェヴお気に入りのショパン録音

ディノ・チアーニ(1941〜1974)が弾く「ピアノ・ソナタ第3番」(※トラック7~10)

「最近知ったチアーニの録音です。勇壮かつニュアンスに富み、多彩な感情に満ちています。詩情と威厳を兼ね備えた、稀な演奏です!」(ガジェヴ)

くつろいで話に花が咲いている様子のアファナシエフとガジェヴ。音楽に対する彼らの優しく、鋭く、美しい姿勢は、きっと違いに共鳴し合うものがあるのではないだろうか。

公演情報
ヴァレリー・アファナシエフ

ピアノ・リサイタル

■2023年11月30日(木)19:00/銀座 王子ホール(チケット完売)

2023年12月1日(金)19:00/フィリアホール

ショパン:ポロネーズ第3番《軍隊》、ワルツ イ短調 Op.34-2/嬰ハ短調 Op.64-2/ロ短調 Op.69-2、ポロネーズ第2番、第1番、マズルカ ロ短調 Op.24-4 /変イ長調 Op.41-4/変ニ長調 Op.30-3/嬰ハ短調 Op.30-4/ハ長調 Op.56-2/ヘ短調 Op.63-2/嬰ハ短調 Op.63-3/イ短調 Op.68-2

2023年11月28日(火)19:00/あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール

詳細はこちら

アレクサンダー・ガジェヴ

ピアノ・リサイタル
2023年11月7日(火)19:00/東京オペラシティ コンサートホール

J.S.バッハ:フランス組曲第4番、フランク(H.バウアー編):前奏曲、フーガと変奏曲Op.18、ショパン:夜想曲へ長調Op.15-1、嬰ヘ長調Op.15-2、スケルツォ第3番、ムソルグスキー:組曲《展覧会の絵》

協奏曲
■10月29日(日)15:00/ 京都コンサートホール
大阪フィルハーモニー交響楽団/秋山和慶指揮

リサイタル
■10月23日(月)19:00/ 静岡グランシップ

■11月1日(水)19:00/ 札幌コンサートホールKitara

■11月3日(金・祝)14:00/杜のホール はしもと

■11月4日(土)15:00/ 北九州 響ホール

■11月11日(土)14:00/ 大阪 住友生命いずみホール

■11月12日(日)14:00/東広島芸術文化ホール くらら

詳細はこちら

 

取材・文
飯田有抄
取材・文
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ