“オケ連”桑原浩氏にきく~事務局運営から見た 国際競争に勝つオーケストラの条件
海外から招聘された指揮者やアーティストたち、国内外の話題の若手指揮者や巨匠たち、そして海外からの招聘アーティストが華やかにステージを彩るオーケストラ。その舞台裏には、招聘を実現し、国内外のツアーを滞りなく遂行する等々、オーケストラを支える事務局が活躍しています。オーケストラには他の企業体と比較して、熱い想いを抱いた事務局員が多いことも特徴でしょう。しかし昨今、事務局員などの確保が難しくなっている現状もあるようです。
日本のプロフェッショナル・オーケストラ38団体が加盟する日本オーケストラ連盟の専務理事・桑原浩さんに、オーケストラ事務局が成立してきた歴史なども振り返りながら、お話を伺いました。
武蔵野音楽大学音楽学学科卒業、同大大学院修了。現在、武蔵野音楽大学非常勤講師。『音楽芸術』、『ムジカノーヴァ』、NHK交響楽団『フィルハーモニー』の編集に携わる。『最...
日本のオーケストラの歴史は演奏家の熱意に支えられてきた
――オーケストラの事務局は長年、熱意ある方の想いに多くを(勤務時間も収入の面でも)、頼ってきた傾向がありますが。
桑原 現在の38加盟団体はその多くが、演奏家たちの創ってきたオーケストラです。演奏する人が仲間を募り、自分たちで活動内容を整えていましたので、設立当初は「事務局員」の雇用はなかったところが多かったのではないでしょうか(もちろん、民間会社、自治体が設立したオーケストラは除きます)。
例えば、私がかつて所属していた楽団も当初、事務局員がいなかったので、チケットを売ることやチラシを作ること、会場を押さえることなど、活動にまつわる仕事の多くを演奏家の誰かが担っていました。オーケストラの創成期にはありがちなことでしょう。
しかし次第に兼務は難しくなり、新たに事務局員を雇用していくのですが、いざ新人を教育しようにも、現在の事務局のようなノウハウが確立していたわけではありません。ですからそれまで演奏と事務を兼務してきた楽団員や、演奏活動をやめた人たちが、新人と試行錯誤しながら事務局の組織を形成していきました。そこにはオーケストラを作りたいという熱い思いがあって、その思いに支えられてきた歴史があったと思います。
時代を経て、オーケストラ自体は財団法人や社団法人になり、きちんと健康保険や雇用保険にも入り、厚生年金の支払いもして、と労働環境は整ってきていますが、そこまで来るには長い時間を要しています。今でもエンターテインメントの業界によっては、個人の保証などを模索中のジャンルもあるわけですから、そういう意味ではオーケストラは先駆者的なのかもしれません。
オーケストラ運営をビジネスライクに考える時代に
桑原 では、事務局自体は労働時間と収入のバランスが取れているのか、休みはきちんと取れているのか。今の若い世代には、アート・マネジメントなどを専門に勉強した能力のある方がたくさんいます。彼らは就職するにあたって、労働条件がきちんとしているか、つまり休みは取れるのか、残業代は出るのか、育休は取れるのかなど、一般社会で求められている条件をしっかりと確認されると思います。オーケストラが組織として整ってくれば当然求められることですから、それに追いついていかないと、なかなか優秀な人材の確保は難しいです。
しかし、広報・宣伝などは人材採用のしかたが段々変わってきていると思います。その変化のスピードの中で、オーケストラによって能力差が出てきています。時代が変わった不安要素があるなかで、良い方向性も出てきているとは思います。
――事務局の運営が厳しいことのひとつに、規模の問題もあったと思いますが。
桑原 まずオーケストラありきの歴史の中で、情熱や心意気のある人にお世話になっているというケースがこれまで多く、どういう事務局がどれくらいの規模で必要かとか、年間予算のどれくらいを事務局に配分すべきかなど、仕事量やその必要性の観点から考えられてこなかった時代も長かったといわなければならないでしょう。
しかし今は、かなりビジネスライクに考える時代になっていると思います。100人のオーケストラを運営するために年間150回近い演奏会を作るとなると、財源を集めて立案するマンパワーはこれぐらい必要で、内部の就業者数はこれぐらいで、アウトソーシングも組み入れないと、と冷静に考えて雇用するオーケストラも増えてきています。
優秀な人材をどのように確保するか
――では、事務局に必要なマンパワーから年間経費を割り出すことは?
桑原 次第にそうなってきた、という現状でしょうか。これまでは、決められた予算で賄わなければならないという時代もありました。ですから、人を多く雇用すれば1人の単価が下がるし、単価が下がれば辞められてしまうし、というところで皆さんが悩んで来られたと思います。
――オーケストラの経営戦略を立てる人たちを、現状ではどのように雇用できているのでしょうか。
桑原 多くの楽団では楽団員同様、事務局員も基本的に終身雇用になっています。しかし財政的に厳しい現在は、能力の高い人を確保したい、またその能力に見合う支払いを特別なものにしたいとなると、いまは特別契約社員のような扱いにするしかないというところが日本にはあります。
終身雇用制を長く続けてきた日本で、若い後輩が先輩より給料が良いという状況にまだあまり慣れていない社会です。しかし、日本全体が変わってきている今、オーケストラ界も変わらざるをえなくなると思います。
――実際に、そういう現象も起きていますか?
桑原 具体的な金額などは知りませんが、そういう待遇で迎えたのでは、と思われるケースはあります。
いまの若者には保守的な層もいる反面、さまざまな形でステップアップしていこうという層も出てきていますから、楽団員がよりランクの高いオーケストラを目指して動くように、事務局員にも小規模なオーケストラから出発してスキルを磨き、大規模なオーケストラに移るということが起きてくると思います。
国際的な競争に勝つために~オーケストラ事務局に求められる条件
桑原 良い事務局の条件には色々な要素があると思いますが、うまくいっている事務局は、トップのリーダーシップが素晴らしいことと、楽団内の風通しが良く、コミュニケーションがよく取れているように感じます。「私はその話を聞いていない」というような発言があまりなく、縦割りの組織にもなっていない、というように。
そして、他の団体に追いつき追い越せと思っているオーケストラは、フレキシブルで生き生きしていないと、競争にはなかなか勝てないと思います。
パリ管弦楽団が20代のクラウス・マケラを音楽監督に迎えるような果敢な決断をしていますが、例えば1度しか来ていない指揮者でも楽団員が望めば、それを瞬時に判断し対応して動ける組織でないと。
また、オーケストラ事務局のトップの男女比率も、欧米社会のそれに追いついていません。一般の会社で、実力はもちろんのこと、会社の顔となって広告塔としても輝く女性トップがいるように、そういう人がオーケストラにも出てくると変わってくるのでしょう。逆に音響や照明、ステージスタッフなど、現場のスタッフには女性が増えています。
お給料のあり方、トップの男女比率、楽団間の移動などに動きが出てくると、日本のオーケストラ事務局もより活性化し、変化していくのではないでしょうか。これから先、5~10年ぐらいすると、その動きも速くなるのではと思っています。
――貴重なお話をありがとうございました。
1990年に、日本の18の交響楽団の役員が理事に就任する「日本オーケストラ連盟」が発足。以後、プロ・オーケストラの運営に関する調査研究、交響楽に係る人材育成、国際交流など、公益性の高い事業を進めてきた。その実績が認められて1995年、文部科学省(文化庁)より社団法人日本オーケストラ連盟の設立が許可され、2012年には公益社団法人へ移行。2000年からは「現代日本オーケストラ名曲の夕べ」を毎年開催し、2002年より文化庁からの委嘱でアジア太平洋地域からオーケストラを招く「アジア オーケストラ ウィーク」の制作にあたるなど、クラシック音楽の現代社会における重要性を確信し、その向上・発展のため活発な活動を続けている。現在、日本のプロフェッショナル・オーケストラ38団体が加盟。
日本オーケストラ連盟ホームページ
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