フラメンコダンサー、イスラエル・ガルバンが自身のAIと共演する
ダンサーが自身のステップを学習したAIと競演する――そんな試みが、今まさに山口情報芸術センターで行なわれている。スペインを代表するフラメンコのダンサー、イスラエル・ガルバンの驚異のステップを、AIはどこまで学習し得るのか。
2019年2月2日(土)、3日(日)の2日間に渡って開催される公演「Israel & イスラエル」に先んじて、その制作現場を取材。イスラエル・ガルバン氏と、AIと機械学習を担当する徳井直生さんにお話を伺った。
1980年生まれ。京都と東京を拠点に、美術、演劇、ポップカルチャーにかかわる執筆やインタビュー、編集を行なう。主な仕事に『美術手帖 特集:言葉の力。』(2018年3月...
イスラエル・ガルバン×YCAMが生む「もう1人のガルバン」
「フラメンコダンサーの俺が、自分のAIと一緒に踊ったら⁉」……なんてまるでラノベのタイトルみたいな試みが、山口県で実現しつつある。
スペインを代表するフラメンコダンサーであるイスラエル・ガルバンと、先端技術による新たな芸術表現の研究開発を行う山口情報芸術センター[YCAM]が共同制作中の『Israel &イスラエル』は、ガルバンの動きをモーションキャプチャーなどで記録・解析し、それをAI(人工知能)でつくられた「もう一人のガルバン」が再構成。そしてガルバン本人とAIが共演するという、なんとも奇妙な新作だ。
11月某日。来年2月の上演に向けて、アーティストによる長期滞在制作が行なわれているという話を聞いて、私は山口に向かった。
神業をAIに学習させる
YCAMのスタジオAでは、ガルバンが自身の「サパテアード(かかとやつま先などを使ってリズムを刻むフラメンコのテクニック)」を機械に記録させるための実演の真っ最中だった。7分間1セットのパフォーマンスを何度も繰り返し、そこで記録されたステップをAIに学習させる(機械学習)のが、今日の主要な目的だという。
サパテアードといえば、彼の卓抜したテクニックの象徴として知られるものだ。機械のような精密さで床を高速でキックしたかと思えば、突然リズムを変えたり、ズズッとすり足でスクラッチしたりして生じる変幻自在のグルーヴは、世界中のフラメンコファンを魅了し続けている。
そんな「神業」を正確に記録すべく、YCAMの研究開発チーム「YCAM InterLab(ワイカム・インターラボ)」の面々は、ガルバン愛用の練習靴に、振動を感知するピエゾセンサー、足の付け根、つま先、かかとにかかる重心を感知する圧力センサーを仕込んだのだという。
ギターによる伴奏も歌唱もなく、「ピッピッピッ」というタイミングを計るためのクリック音だけを頼りに踊り始めるガルバン。スポーツ選手が呼吸を整えるようにゆったりと始まったパフォーマンスは、次第に熱を帯び、下半身のサパテアードに上半身の腕の動きが加わっていく。完成された舞台作品では見られない彼の運動と時間の変化に、その場にいる全員が心地よい緊張に包まれる。15分間×2セット。続いて、7分間×2セット。贅沢な時間は、あっという間に過ぎ去っていった。
「機械やコンピュータは内省的なんだ」
休憩を挟んで、ガルバンに直接話を聞くことになった。
――2年前にYCAMからAIとの共演依頼を受けて、正直驚いたのでは?
ガルバン 話を聞いて受けた第一印象は……箱のイメージ。目の前にある箱を私自身が開けて、まだ出会ったことのない新しい動き、新しい身体を発見できる。そんな予感があった。
――あなたはこれまでにも、自分の動きや音を別のものに変換するような作品を発表してきました。その興味はどこから来ていますか?
ガルバン 私はフラメンコダンサーだが、同時にパーカッショニストのようなアーティストでもあると自認している。だからこれまでにも、床面を鉄、木、土にすることを試したり、マイクを通して周波数を変えるなどの実験をしてきた。それらは「ミュージシャン」としての自分の別の一面を開くことでもあるんだ。
――先ほどの実験では、振動や圧力だけでなく音も記録していると聞きました。YCAMでの滞在制作で、音についてはどんな発見が?
ガルバン 今年の1月に続き、今回は2度目の滞在だけれど、いまは作品にかたちを与えるプロセス。言い換えれば、脚本から作品をつくるプロセスに入っている。それは、テクノロジーを橋渡しにした音的な要素の探求でもあるだろう。
意外かもしれないが、テクノロジーには繊細な感性が求められる。通常のフラメンコが、音、ギター、踊りとストレートな要素でできているのに対して、機械やコンピュータはどこか内省的なんだ。その印象は、この作品の雰囲気を決定づけてもいる。観客は普段の上演よりももっと近い距離で私のフラメンコを体験する……まるでフラメンコの中に自分がいるような体験をすることになるだろう。つまり私のステップが観客を取り囲むんだ。それは「内的な経験」のフラメンコとも言えるかな。
――「内的」というのは、あなたがしばしば言及するフラメンコのスピリチュアル性と関係していますか?
ガルバン あなたが言うスピリチュアリティとは、私個人がフラメンコを踊るなかで発見する神秘的な感覚のことだね。テクノロジーはそれと少し違って、音的な要素で観客を取り囲むことで「内的な経験」をつくるんだ。踊っている私を見ることが、同時に内側からフラメンコを感じる機会にもなるだろう。そのためにさまざまな要素を舞台上に用意するつもりなので楽しみにしてほしい。
そして、もう一つ大きな挑戦として「私が複数いること」を今回は実現したいと思っている。
――タイトルの『Israel &イスラエル』は、それを体現していますね。
ガルバン 今回の制作の特徴として、一人きりでスタジオで踊る時間がいつもよりとても長い。例えばサパテアードの音を自分で聴いて、さらにそれをレコーディングしているんだけど、その意味では、自分をずっと観察している体験とも言えるだろうか。そして、その後にAIを使って、自由な身体表現を行うプロセスへと向かう。これまでも私は、さまざまなオブジェと一緒に踊ることをテーマにしてきた。しかし、今回は魂のあるオブジェと踊っている感じがしている。
「フラメンコを生成するAIを作るのではなく、ガルバンの分身を作ること」
ガルバンへのインタビューは抽象的で謎めいた回答の多い内容だったが、いまだ生まれぬ新作を理解するための要素が散りばめられている。例えば、彼が大きな挑戦と言った「私が複数いること」について。
今回のプロジェクトでテクニカルディレクターを務めるYCAM InterLabの中上淳二は、ガルバンが「自分じゃないものになりたい」と語ったことが印象に残ったという。
中上 イスラエルのリクエストに沿って、着ぐるみや芋虫のようなCGモデルを用意して、彼の動きをそこに重ねてみると想像以上に喜んでいました。プロジェクトはまだ途中なので、作品の完成型が見えてくるのは上演直前だと思いますが、そういった視覚的な要素も多く組み込まれていくことになると思います。そのために、サパテアードのステップの情報だけでなく彼の身振りも映像で記録しています。
実際に採用されるかは不明だが、今回のテストでは全身毛むくじゃらのCGモデルがガルバンの動きを再現する映像も見ることができた。ガルバンがイメージを伝え、InterLabスタッフがそれを実体化し、それに対してガルバンがコメントを返す……そんなキャッチボールから作品は生まれていくのだ。
もう1人、今回の作品の核となるAIとその機械学習を担当するエンジニアの声も紹介しておきたい。アルゴリズムを用いるデザインやプロジェクトで知られるQosmo(コズモ)を率いる徳井直生だ。
徳井 イスラエルのステップのデータを収集するのが今回のメインミッションですが、苦戦中です(苦笑)。彼のサパテアードのスピードがとにかく速すぎて、細かいデータを取りきれない。そこで専用の靴を制作したのですが、プロトタイプは衝撃で見事に壊れてしまいました! 現在はさらにバージョンアップさせた靴を使っていて、目下の課題は、イスラエルらしさをいかにAIに教え込むか。学習のために一般的なフラメンコのステップも教えるのですが、それだけではダメ。彼のステップは、やはり彼だけが持つステップだからです。
フラメンコを生成するAIをつくるのではなく、ガルバンの分身をつくること。そして、そのAIがガルバン本人を驚かせ、インスピレーションを与えること。それが今回の目的なのだと徳井は言う。
アーティストとしても活動する徳井は、『AI DJ PRIJECT – A dialogue between Ai and a human』というプロジェクトから、「AIDJ vs HumanDJ」というライブ・コンサートのイベントを行なっている(詳しくはこちらの記事で)。それは、人間のDJとAIのDJが交互に音楽を選曲し、DJバトルをするというもの。これにも機械学習を利用したそうだが、今回の感触はまったく異なるという。
徳井 僕の分身であるAIが、僕の予想もしなかった選曲をするなど発見の多いプロジェクトでしたが、『AI DJ』は人とAIが交互にコミュニケーションする仕組み。でも今回は、もっと繊細な時間のなかでサパテアードのステップを解析し、素早くパフォーマンスさせる必要があります。
AIにおける音楽生成は、4/4拍子といったグリッド単位を基本に考えるのですが、フラメンコでは「コンパス」と呼ばれる12拍で1セットのリズムを使うそうです。そのなかで3拍子、4拍子が自由自在に変化する。それがフラメンコ固有のグルーヴを生む。リズミカルでありながらグルーヴも消えないようにするバランスを探るために、日々格闘しています。
AIの協働――イスラエル・ガルバンの同時代性
AIというと、プログラムによって動く機械仕掛けの理知的な存在をイメージしがちだが、徳井によると「AIには身体性が必要」なのだそうだ。ダンスや演劇における踊り手や俳優の固有の身体性が、作品に複雑な奥行きを生み出すことを多くの観客は体感的に理解し、それゆえに劇場に足を運ぶわけだが、ともに身体性を必要とするフラメンコとAIの協働は、けっして遠いコミュニケーションではないのかもしれない。それは芸術が現代に存在する意味、つまり「同時代性」とも関わることだろう。最後に、あらためてガルバンのインタビューに戻ろう。
――あなたは自分の同時代性をどのようにとらえていますか?
ガルバン 私はフラメンコダンサーであって、その様式にもとづいて、さまざまな変革を踊りのなかで探求してきた。だから、けっして停止した存在ではなく、ウィルスのようにコンスタントに変化する性質を持っていると思う。
それを踏まえて自分の同時代性が何かと言うならば……それは身体の自由さ、音の自由さ。そのなかに根付いている伝統的なルーツは、家族と同じようなもので取り除けない。フラメンコこそ、自分の家族なんだ。
――だとすると、今回はまた新しい家族ができつつあるのでは?
ガルバン YCAMのチーム、それ自体がファミリー的だよ! まさに新しい絆をつくっているところ。そしてAIの存在もファミリーだ。私はAIを自分の双子だと思ってい「ベティ」と呼んでいる……セビージャ(セビリア)の大好きなサッカーチームの名前だよ(笑)。
Israel & イスラエル(Teaser) from YCAM on Vimeo.
日時: 2019年2月2日(土) 19:00開演/3日(日)15:00開演
会場: 山口情報芸術センター スタジオA
料金:
【前売】一般3000円/any会員2500円/特別割引2500円/25歳以下1500円
【当日】一律4000円
全席指定
関連する記事
-
【Q&A】令和ファゴット界のパイオニア・保崎佑さん~日本初!ダブルリード奏者で博...
-
ネットによる名誉棄損と デジタル時代の「表現の自由」
-
礒絵里子が挑むブラームスとドヴォルザーク〜ソロから五重奏まで室内楽の魅力を堪能
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly