インタビュー
2019.10.11
【12/21】村治佳織ギター・リサイタル 2019

サントリーホールが村治佳織のリビングルームに!? 旅と映画の魅力を伝えるギターの音色

最近はラジオ番組の司会をしている関係で、映画を観る機会もぐっと増えたという村治佳織さん。村治さんと映画といえば、昨年リリースした映画音楽集『シネマ』も記憶に新しいところですが、12月21日には『シネマ』のレパートリーに加え、「旅」をテーマにしたとっておきの大曲も用意したリサイタルが、サントリーホールで予定されています。村治さんに聴きどころを伺いました。

取材・文
山﨑隆一
取材・文
山﨑隆一 ライター

編集プロダクションで機関誌・広報誌等の企画・編集・ライティングを経てフリーに。 四十の手習いでギターを始め、5 年が経過。七十でのデビュー(?)を目指し猛特訓中。年に...

写真:各務あゆみ ヘアメイク:山邊裕之(ルゥーダ)

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リラックスしてギターを楽しみたい

「今回のリサイタルでは、Pブロックの席もチケットが販売されるんです。後ろから観ることになるので、例えばギターのネックを握る左手の親指の動きとか、普段は見ることができない細かいところも楽しめるかもしれませんね」

今年の12月にサントリーホールで開催される「村治佳織 ギター・リサイタル “旅と映画に恋して”」。Pブロックとは、ステージの後方にある席で、例えばベートーヴェンの第九交響曲で合唱団が立つ席だといえばイメージしやすいだろうか。つまり当日は皆で村治佳織と彼女のギターを囲むかたちになるのだ。

「当日は、皆さまを私のリビングルームにご招待するような感じで、おしゃべり(MC)も交えながら、リラックスしてギターを楽しめたらいいな、と思っています」

リサイタルには「デビュー25周年を越えて」というサブ・タイトルもつけられた。昨年、25周年という節目の年に発表した映画音楽集『シネマ』は、馴染みの深い映画の数々から、「禁じられた遊び」や「ロミオとジュリエット」をはじめとする、心に残る音楽を選りすぐった珠玉の名曲集。ただ有名な曲を集めてきたのではなく、すでにアレンジされているもの以外の曲に関しては「楽曲ごとにその魅力を最大限に広げてくれる方を選んで、編曲をお願いしました」という意欲作でもある。

聴いていると、覚えのあるメロディに込められたさまざまな感情が、ギターならではの温かさ、あるいは厳しさによって研ぎ澄まされ、よりパーソナルなものとなって心の中に入ってくるようだ。聴く者一人ひとりが、スクリーンを越えてそれぞれの物語を曲の中で紡いでいける。本作はそんな映画音楽の魅力も楽しめる懐の深い作品だといえるだろう。

そして「デビュー25周年を越えて」、26年目を迎えた今年、村治佳織は決して先を急ぐことなく、自分のペースで「今の自分にできること」を考えているようだ。

「以前は、新しいアルバムができる頃には、もう次のアルバムのことを考えていたりして、あくせくしていましたね。いま、レーベルのデッカからは『次作のアイデアがあったら何でもどうぞ』と声をかけていただいていますが、『ちょっと待ってください』と(笑)。まだまだ今のアルバムに浸っていたいんです。『シネマ』からの曲もお客さまの前でもっともっと弾いていきたいですし」

「旅」をテーマとした大曲と、その間をつなぐ映画音楽

サントリーホールでのリサイタルでは、『シネマ』のレパートリーをはじめとする映画音楽はもちろん、「旅」という村治にとっての大きなテーマが掲げられた。彼女と関わりの深いスペインからはトロバの「カスティーリャ組曲」、今年が没後60年であるブラジルの作曲家ヴィラ=ロボスのギター協奏曲からカデンツァ、そしてショーロス第1番を取り上げるのに加え、「サントリーホールの大きな空間に映える雄大なスケールを持った曲を入れたい」と、15分を超える大曲が3つ、プログラムの軸に据えられた。

それらを聴くことが壮大な旅だとすると、映画音楽はその余韻を引き継いだり、また聴衆を新たな旅へとエスコートする役目だといえるだろうか。
ここで、その大曲を順を追って見てみよう。

まず最初は、2016年のアルバム『ラプソディー・ジャパン』にも収められて好評を呼んだ「コユンババ」。作者のカルロ・ドメニコーニはイタリア生まれのギタリスト/作曲家。彼がトルコを旅した印象を綴った本作では、西洋と東洋が重なる雄大な歴史と光景がそのまま音になったような、ヨーロッパとはまた違う情緒が味わえる。

続いて、イタリアの作曲家マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコによるソナタ“ボッケリーニ讃”。光と影の対比が美しい色彩感あふれる作品だが、この曲に関しては、昨年、体験した旅により、さらに理解を深めることができたという。

「昔からテデスコの作品を弾くときはイタリアのイメージを持って向き合っていたんです。自分が実際に見たイタリアの光景だったり、知識として持っているものとか。
でも、詳しい方だったら知っていると思いますけど、テデスコはユダヤ人でもあるんですね。昨年、ポーランドのアウシュヴィッツを訪れる機会があったんです。そこでの体験を経て、この曲と向き合うと、彼のユダヤ人としてのやるせない気持ちもこの曲には多分に入っているんだ、と改めて実感できたんですよね。第2楽章を覆う哀しさも腑に落ちたりとか、第4楽章の雄大さも、以前とは違う感覚をもって胸に迫ってくるようになりました。
ポーランドへの旅が、テデスコ作品と向き合うにあたって、これまでとは違うチャンネルを与えてくれたと思います」

そして、もう1曲が、ベンジャミン・ブリテンの「ダウランドによるノクターナル」だ。内省的なメロディが続いたあと、最後にダウランド「来たれ深き眠りよ」のテーマが立ちのぼるように現れる瞬間は、目の前がパッと開けるようで、何かが静かに心を揺さぶる。

「これまでもずっとこの曲を勉強してきて、このたびサントリーホールで弾かせていただけることになったときに、『ぜひ入れたい』と思ったんです。通して弾くと、一つひとつの音に深みがあって、言葉にはならないメッセージも感じる。最後の一音を弾き終わったときには、感動して涙が出てきてしまうんです。本当に奥深い魅力のある作品だと思いますし、いま、この曲を弾くことができるのは、とても幸せなことですね」

「コユンババ」ではトルコ、「カスティーリャ組曲」でスペイン、「ボッケリーニ讃」でイタリアを旅したあと、「ダウランドによるノクターナル」でイギリスへ。そしてヴィラ=ロボスの2曲でブラジルへと旅するプログラム。

自然体の旅の結果として、作曲家や楽曲への理解が深まっていく

「最初に現地に行くことの大切さを知ったのは、高校生のときに訪れたパリで、フェルナンド・ソルのお墓に行ったときです。それまで一生懸命ソルの曲に取り組んでいたけれど、そのときに『あ、私はここにいる人の作品を弾いているんだ』と初めてリアルに実感できたんですよね。ホアキン・ロドリーゴさんが存命中に時間を共有できたのも本当に貴重な体験でした。彼と握手して、肩に触れたりすることで、その場にいないと決して理解できないその存在を、じかに感じることができたのですから。彼の曲への愛着もますます強くなりました」

その場所に行って、五感を使ってさまざまなものに触れることは、作曲家や楽曲に対する理解をより深めることにつながるけれど、「最初から、旅のすべてを音楽に活かそう、なんて考えるのはちょっと違いますよね」というのが自他ともに認める“旅好き”である村治の主張。あくまで旅は自然体であるべき。現地では、人々の生活感があふれる場所に行くのが好きなのだという。

「美術館や教会はもちろんですけど、市場に行くのが大好きなんです。朝、美術館が開く前に行ったりしますよ。市場は、私にとっての非日常が、現地に暮らす人々の日常なんだと強く感じさせてくれる場所なんですよね」

音楽的に云々というのは、テデスコに関するエピソードのように、その土地の空気を存分に感じ、その結果として生まれる気づきなのだろう。

「実は、リサイタルまでの間に1回行けるかな、と思って、目下計画中なんです」

行き先としては「コユンババ」に縁のあるトルコが有力だそうだが、もし実現したら、当日は演奏はもちろんのこと、お土産話にもおおいに期待したい。

お客さまの感性の豊かさを引き出せるような演奏をしたい

さて、ギターファンにとっては、当日の使用ギターについても気になっているに違いない。フライヤーにはアントニオ・デ・トーレス(1859年)、ホセ・ルイス・ロマニリョス(1990年と2002年)、ポール・ジェイコブソン(1992年)の4本が挙げられている。

「どの曲でどのギターを、という見当はだいたいつけています。だけど、事前にサントリーホールでリハーサルをする機会があるのですが、そのときの感触で変わる可能性は十分にありますね」

十分に、というのには理由がある。『シネマ』のレコーディングでも同じことが起こったからだ。

「このときも4本のギターを使ったのですが、中でもトーレスの音の力がすごかったんですよね。新しい楽器にはないまろやかさがあって。当初の予定を大幅に変えて、アルバム18曲中10曲でトーレスを使いました。
この楽器が作られたのは19世紀で、サントリーホールほどの大きな会場で使うことは想定していないと思うんですけど、『シネマ』のこともありますから、リハーサルしてみないとわからないですね。どうなるか、楽しみにしていてください」

プログラム自体は1年前に決定し、ゆっくりと時間をかけて、それぞれの曲との関係を深めてきたという。当日はそれらの楽曲の魅力、そしてギターの音色の美しさを存分に味わいたい。

「サントリーホールのような大きな空間で、多くの皆さまに静寂を作っていただけるというのは、演奏家冥利につきます。その中で、皆さまがご自身の耳をギターの音色に集中させて、豊かな感性を引き出していただけるような演奏をしたいと思います。ぜひ、旅と映画の世界を一緒に楽しみましょう」

コンサート情報
日本ロレックスpresents
~デビュー25周年を越えて~
村治佳織ギター・リサイタル 2019
旅と映画に恋して!
日時 2019年12月21日(土)14:00開演 
会場 サントリーホール 大ホール
チケット S席5,800円/A席4,800円/B席(ステージ横)4,000円/P席(ステージ後)3,000円
曲目
C.ドメニコーニ:コユンババ
映画『禁じられた遊び』より「愛のロマンス」(村治佳織編)
F.M.トロバ:カスティーリャ組曲
E.モリコーネ:映画『ミッション』より「ガブリエルのオーボエ」
カステルヌオーヴォ=テデスコ:ソナタ 「ボッケリーニ讃」 Op.77
ブリテン:ダウランドによるノクターナル Op.70
N.ロータ:映画『ロミオとジュリエット』より「愛のテーマ」
ヴィラ=ロボス:“没後60年記念”カデンツァ ギター協奏曲 より (没後60年記念)
ヴィラ=ロボス:ショーロス第1番
坂本龍一(佐藤弘和編):映画『戦場のメリークリスマス』、他
取材・文
山﨑隆一
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山﨑隆一 ライター

編集プロダクションで機関誌・広報誌等の企画・編集・ライティングを経てフリーに。 四十の手習いでギターを始め、5 年が経過。七十でのデビュー(?)を目指し猛特訓中。年に...

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