チェリスト中木健二の新境地。熱狂するチェロの音色に浸る
前作『J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲』から8年、チェリスト中木健二さんの新譜『ラ・フォリア~狂気のチェロ』が発売された。異なる種類の“フォリア(狂気)”を含んだ4曲の作品を収録したこのアルバムを通して、音楽で繋がることの素晴らしさを伝えたいと言う。熱い想いでこのアルバムを作成したという中木さんに話を聞いた。
国立音楽大学演奏学科鍵盤楽器専修(ピアノ)卒業、同大学大学院修士課程器楽専攻(伴奏)修了を経て、同大学院博士後期課程音楽学領域単位取得。在学中、カールスルーエ音楽大学...
中木健二は東京藝術大学を経てフランスとスイスで研鑽を積んだチェリスト。フランス国立ボルドー・アキテーヌ管弦楽団首席奏者を4年間務め、ソリストとしてはもちろん、室内楽奏者としても活躍している。現在は東京藝術大学准教授として後進の指導にもあたる。意欲的なプログラムによる公演コンサートやディスクリリースを行なってきたが、話題を呼んだバッハの『無伴奏チェロ組曲』に続く新譜は『ラ・フォリア~狂気のチェロ』という印象的なタイトルだ。
CDを通して音楽にのめりこんでいくような感覚を伝えたい
——紳士的な立ち振る舞いで、美しい歌心にあふれた演奏の中木さんからまさか“狂気”という言葉がでてくるとは思いませんでした。
中木健二(以下、中木) “狂気”というテーマから曲を選んだというよりは、マラン・マレの《スペインのフォリア》、ガスパール・カサドの「無伴奏チェロ組曲」にジェルジュ・リゲティの「無伴奏チェロソナタ」、そして黛敏郎の《BUNRAKU》という組み合わせで録音をしたいという想いがありました。国や作曲家という枠を超えて、音楽の内側にある、何か共通するものを見出して届けたかったのです。
——それが“狂気”だったのですね。
中木 狂気はフランス語ではla folie。狂気のほかに、熱狂という意味もあります。アルバムに収録した曲からは、のめりこんでいくような感覚を感じ、それを伝えたいと思って演奏しています。
とくにコロナ禍に、生の演奏に触れること、誰かと一緒に熱狂し、のめりこめるような機会が減ってしまいました。そこで、「このCDを聴いたら演奏会に出かけたい!」と思っていただけるようなものをつくりたくなったのです。
愛知県岡崎市出身。3歳でチェロを始める。名古屋市立菊里高等学校、東京藝術大学を経て2003年渡仏、パリ国立高等音楽院チェロ科でP.ミュレールに師事し、07年にプルミエ・プリ(一等賞)および審査員特別賞をもって卒業。
さらに09年スイス・ベルン芸術大学ソリスト・ディプロマコースを首席で卒業。また、04年より6年間イタリアのキジアーナ音楽院夏期マスタークラスでA.メネセスのクラスを受講し、最優秀ディプロマを取得。
2005年第5回ルトスワフスキ国際チェロ・コンクール第1位受賞。同年、第16回FLAME音楽コンクール(フランス)優勝。
08年第1回Note et Bien国際フランス音楽コンクールでグランプリならびにドビュッシー特別賞、ブーレーズ特別賞を受賞するなど、受賞多数。
2010年より14年までフランス国立ボルドー・アキテーヌ管弦楽団首席奏者を務めると共に、リサイタル、オーケストラとの共演、音楽祭出演など幅広い演奏活動を行う。
帰国後はソリストとして活躍するほか、14年にアンサンブル「天下統一」(ヴァイオリン:長原幸太、ヴィオラ:鈴木康浩)を結成し定期的に演奏活動を行うなど、室内楽にも情熱を注いでいる。これまで共演したアーティストにはS.アッカルド、B.ジュランナ、A.メネセス、A.チュマチェンコ、C.イヴァルディ、E.ル・サージュが含まれる。
キングレコードよりCD「美しき夕暮れ」および「J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲全曲」(「レコード芸術」誌・特選盤)をリリース。
紀尾井ホール室内管弦楽団メンバー。東京藝術大学音楽学部准教授。
第11回名古屋音楽ペンクラブ賞受賞。
使用楽器はNPO法人イエロー・エンジェルより貸与されている1700年製ヨーゼフ・グァルネリ。
Thomastik Infeld社契約アーティスト。
チェロの新たな可能性を感じる《スペインのフォリア》
——確かにCDをお聴きすると心を掴まれましたし、それぞれの曲が自然とつながっていく感覚がありました。
中木 マレの作品は主題が31の変奏で驚くほどさまざまなキャラクターに変化していきますし、リゲティやカサドの作品では、力強い舞曲のステップが感じられます。そして《BUNRAKU》は人形浄瑠璃のおもわず圧倒されてしまうような世界観を凝縮しています。この曲はヨーロッパでも演奏したのですが、人形浄瑠璃を知らない方でも何か強く日本的なものを感じられるようで、とても人気がありました。
——マレの《スペインのフォリア》は中木さんご自身が編曲されていますね。
中木 もともとはヴィオラ・ダ・ガンバのための楽曲ですが、さまざまな楽器で演奏されることをマレ自身が許容しています。チェロのために編曲した楽譜を出版されている方もいるのですが、せっかくなので自分で書いてみようと、1年半くらいかけて編曲していきました。チェロの新たな可能性を感じていただけたらうれしいですね。
——チェロの可能性というと、《BUNRAKU》も「チェロってこんな音色や響きも出せるのか!」と驚かされます。
中木 日本の伝統楽器の音色も聞こえてきますし、日本人らしいメンタリティやたたずまいなどが感じられる楽曲ですよね。日本的なものをまったく知らない海外の方ですらそれを感じられるというのがまたすごいと思います。
今回のアルバム収録曲は、チェロを愛する人にとっては新しい音の世界に出会うきっかけになり、チェロを初めて聴く人にとっては曲に込められた情熱を予備知識なしに楽しめる内容になっている。とりわけ中木の色彩豊かな音色、語りかけてくるような旋律の歌いまわしによって、多くの人にとって強い印象を残すものになるだろう。
【収録内容】 マラン・マレ:スペインのフォリア(ヴィオール曲集 第2巻より)主題と31の変奏(中木健二 編) ガスパール・カサド:無伴奏チェロ組曲 ジェルジュ・リゲティ:無伴奏チェロソナタ 黛敏郎:BUNRAKU 無伴奏チェロのための 中木健二 チェロ
関連する記事
-
現代音楽界のレジェンド、I.アルディッティにきく 作曲家との50年を振り返るプロ...
-
芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会で音楽の現代(いま)を体感!
-
石川九楊の「書」を「音楽」として楽しむ〜上野の森美術館「石川九楊大全」
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly