インタビュー
2018.05.19
音楽、未知との遭遇 File.02

音楽家・蓮沼執太のクラシックを再構築していくスタイル——資生堂ギャラリーの個展にて

この連載では、アート、映画、文学、演劇……これらと接点をもち、すこし意識を変えると新しい発見がある未知の音楽へ、美術ライターの島貫泰介さんが案内します。

今回は銀座の資生堂ギャラリーで個展「蓮沼執太: 〜 ing」を開催中の音楽家、蓮沼執太にインタビュー。

インタビューされた人
蓮沼執太
インタビューされた人
蓮沼執太 音楽家

1983年、東京都生まれ。音楽作品のリリース、蓮沼執太フィルを組織しての国内外でのコンサート公演のほか、映画、演劇、ダンス、音楽プロデュースなどでの制作多数。&nbs...

聞き手・文
島貫泰介
聞き手・文
島貫泰介 美術ライター/編集者

1980年生まれ。京都と東京を拠点に、美術、演劇、ポップカルチャーにかかわる執筆やインタビュー、編集を行なう。主な仕事に『美術手帖 特集:言葉の力。』(2018年3月...

写真:岩本良介

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現在、東京とニューヨークを拠点に活動する蓮沼執太。16人のメンバーで編成された彼が組織するチーム「蓮沼執太フィル」のライブは、年々チケット入手が困難になるほど高い人気を誇っている。多彩なバックボーンをもつ演奏者たちが織りなすハーモニーは、技巧的だがけっして難解ではない。その開かれた空気感が、多くの人々を惹きつけるのかもしれない。

そんな彼は、音楽家であると同時に、美術作品を発表するアーティストとしての顔ももっている。

現在、銀座の資生堂ギャラリーで個展「蓮沼執太: 〜 ing」を開催中の蓮沼に、音楽について、音楽を通して考えることについて尋ねた。

模倣するのがイヤだった

——蓮沼さん、クラシック音楽は聴きますか?

蓮沼 もちろん聴きます。でもクラシックという意味では、80年代半ばに生まれた僕からすると、ビートルズもローリング・ストーンズもオールドスクール・ヒップホップもジョン・ケージもみんな「クラシック」と呼べてしまいます。もちろんクラシカルなミュージックという意味ではないですが、まず前提として、僕のクラシック観はそういう感じです。

——自分が生まれる前から当たり前にあった音楽=クラシック。

蓮沼 そうですね。特に音楽に囲まれて育ったわけではないですけど、家ではラジオがよくかかっていて、歌謡曲とJポップと19世紀の音楽が特に区別なく耳に入ってきました。人よりは前のめりに音楽に興味を示す子どもではあったと思うので、クラシックミュージックでは、チャイコフスキーやドビュッシーやバッハが好きで、レンタルショップでCDを借りてくることもありました。

——クラシックのCDを借りてくる子どもっていうのもだいぶ早熟な印象があります(笑)。では、そのあたりから音楽家になりたい、みたいな気持ちがあった?

蓮沼 明確にはないです。でも、美大や音大に進学したいと思った時期もありました。すぐにそういう意見はやめちゃいましたけれど。

——それはまたなぜ?

蓮沼 何事も、人のやってることを模倣するのがイヤなんです。妹が習っていたエレクトーン教室に付いて行ったりして音楽を勉強するっていうことを幼少期に経験しましたが、特定の先生について、技術を最初に模倣をして習得して学ぶという教育システムは性に合いませんでした。音楽をつくること、演奏することへの興味はあったけれど、基本的には独学です。

中学生の頃から海外の音楽をよく聴くようになりました。当時はネットの情報も少ないので、音楽雑誌やフリーペーパーなどで佐々木敦さん(批評家)や畠中実さん(NTTインターコミュニケーションセンター学芸員)たちが書かれたレビューや記事を読んだり、ラジオを聴いたりしながら毎日レコード屋に通って、調べたり研究して。その末に行き着くのは民族音楽とかノイズとか現代音楽のジャンルなどでした。

その後、自然に文脈や音楽史に沿って音楽を聴くようになり、音楽が成り立っている構造にも意識的になりました。そういった読み解く楽しさがわかると、音楽そのものの良し悪しだったり好き嫌いというのも、多角的に考えられるようになりました。

そういった経験も含めて、小さな頃から現在まで、やっていることはまっすぐにつながっていると自分では思っています。

——学生時代は、バンドを組んだりもしましたか?

蓮沼 バンドは組んだことはないです。基本的になんでも一人でやるのが好きなんでしょうね。けっきょく制作って、ひとりの人生、自分の行動の糧になる部分が大きいからやってるところもあります。というのも、毎日欠かさずレコード屋や書店などに通うことは好奇心や探究心が核にあるにせよ、何かしら必然性があるからだと思っていますから。その正体を説明するのは難しくても、漠然とした「好き」の向こうに何かがあると感じていました。僕にとってはアートへの関心も同じです。

蓮沼執太フィル——音楽のルールを検証し直す

——硬い言葉ですけど、ある意味で求道的に音楽とかかわってきた蓮沼さんが、バンド編成のチームを経て、10数人編成のフィルを主宰しているのはけっこう不思議です。

蓮沼 スケジュール調整も意思疎通もとても大変ですよ(笑)。でも、その音楽以前のコミュニケーションの大変さ、ということがとても大切です。もちろん「達成感があるからやってます」なんて言うとすごく当たり障りのない表現ですが、でも根底にあるのは自分やアンサンブルが常に変化することに、新しさやフロンティアがあると自分は思ってるんじゃないでしょうか。

——新しさ?

蓮沼 アンサンブルでの音楽は、あらかじめ楽器編成が決まっていて、そのために作曲するものが多いですよね。個々のオーケストラの構造が生む固有の「音色」や「響き」みたいな概念はあるにせよ、何をおいても、まずは「楽器ありき」で作曲されていきます。その理由を深く紐解いていくと、作曲された当時の社会体制やその場所の歴史背景にも広がっていく。

そう考えると、現代には現代に適した編成や構造があるはずなのかな、と考えます。なので「蓮沼執太フィル」と名乗ってはいても、伝統的なオーケストラと僕がやっていることはまったく違うものになる。

——その違いとは?

蓮沼 僕のスタイルは、流動性や変化をポジティブにとらえることです。一方、ピラミッドのように集団のヒエラルキーががっちり決まっている西洋のオーケストラは、合理的で鋼のように硬く完璧です。だからこそ多くの聴衆に伝わる音楽の回路が構築されています。そのシステムの有効性は高いけれど、いまの日本、いまの社会を反映しているものかというと、正直そう思えないことが多いです。

そこで蓮沼執太フィルでは、日本という場所で起こっているいろんな音楽のスタイル、それらの音楽を演奏している人が集い、自分が作曲した音楽をやりましょう、というアンサンブルをつくってきました。

さまざまな音楽のバックボーンをもっている人が集まった蓮沼執太フィル

——たしかに、かなり多彩な顔ぶれですよね。ラップの環ROYさん、サックスだけでなくDJもする大谷能生さんもメンバーにいます。しかも曲によって担当楽器を交換したり。

蓮沼 さまざまなタイプの演奏家が集う、ということは、譜面を読めない人もいれば、音楽教育を受けた人、バンド上がりの人、ジャズのコンテクストの人もいます。バラバラでもあるけれど、そのすべてが音楽と呼ばれているものなんです。

「音楽のルールって何? 絶対的なインストラクションってどれなのだろう?」という大きな問いがまず存在していて、そのトップにあるロゴス(言葉・論理)から検証して、直していきたいんです。「すでにこういうシステムがあるから」という理由だけで強引に演奏家たちを当てはめて遂行される音楽は、それこそ労働と同じような活動になってしまう。

もちろん、合理的なシステムから生まれた「美しさ」も、僕個人としても好みます。そこからたくさんのことを学んできました。でも、そういう実践を自分はやろうと思わない、という意味です。このアプローチは今回の個展にも通じています。

2018年7月、セカンド・アルバム『アントロポセン』発売決定。編成は、男女混成ヴォーカル、ラップ、ピアノ、ユーフォニアム、フリューゲルホルン、サックス、フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ、マリンバ、スティールパン、グロッケンシュピール、シンセサイザー、ギター、ベース、ドラムスなど

レファレンスした新作は今日に有効か

——では、今回の資生堂ギャラリーでの個展「蓮沼執太: 〜 ing」について伺います。今回、特にやろうとしたことはありますか?

蓮沼 今年の2月から4月にかけて、ニューヨークのアートスペースPioneer Worksで「Compositions」という個展を行ないました。それは、国際芸術センター青森・ACACでの2015年に行なった個展から始まった「特定の空間に、どのように聴覚・視覚的なものを配置(コンポジション)していくか」というコンセプトのひとまずの最終版でもあり、国籍も年齢や性別もばらばらな人たちによる協働や会場に訪れた人々の交わりによって産まれる作品を制作しました。

そういった流れは汲むものの、資生堂ではさらに新しいことに挑戦したいと思いました。

——これまでは、空間そのもので一つの作品を成すようなインスタレーションがメインでしたが、今回は各作品がほぼ独立して展示されていますね。

「蓮沼執太: 〜 ing」資生堂ギャラリーでの展示風景 撮影:加藤健
「蓮沼執太: 〜 ing」資生堂ギャラリーでの展示風景 撮影:加藤健
「蓮沼執太: 〜 ing」資生堂ギャラリーでの展示風景 撮影:加藤健
「蓮沼執太: 〜 ing」資生堂ギャラリーでの展示風景 撮影:加藤健

蓮沼 話が広がりすぎてしまうかもしれないんですけど、展示のプランを考えるうえで最初にあったのが、僕が活動をしてきたこの10年くらいの時間、世界がいっこうによい方向に向かってない、ってことでした。

つまり、どの国も場所も人々が生きづらくなっていて、しかもそれに対して何もできないでいる。そういったことに対する問題意識や既存にある信じていることを疑う姿勢。今回はそういった事柄を直接的に作品に入れなければと思いました。

そこで考えたのが、自分自身がこれまでに影響を受けてきた作品を見直すこと。それらをレファレンス(参照)して新作をつくり、その思想が今日の状況に対して、今の自分に対して、どれほど有効かを検証する作業をしようと思ったんです。

——例えば、床に楽器の部品が敷き詰められた新作は、何を参照していますか?

資生堂ギャラリーの個展で床に敷き詰められたのは、楽器にならなかったパーツ。踏みながら歩くと、金属の音が鳴る

蓮沼 あれは、トリシャ・ブラウン(20世紀後半を代表するコンテンポラリーダンスの振付家)の、谷のようなかたちの構造物の底に鍋がいくつも置いてあって、それを踏みながら歩くことがコレオグラフ(振付)になるという作品です。

参照した振付家トリシャ・ブラウンの作品資料に、蓮沼の考えを書き留めている

——音楽やサウンドアートだけではなくて、広く音が関係しているものから参照しているんですね。鍋ではなく、廃棄品の楽器のパーツを使うことで、どのような発見がありましたか?

金管楽器のピストンやベルなど、演奏する人なら見覚えのあるパーツの廃材が敷き詰められている
廃材とはいえ、楽器らしき形あるものを踏むという行為をともなうアートに、その意味を考えさせられる

蓮沼 その答えはすぐに出すのではなく、会期中にじっくりと慎重に展覧会が終わるまでゆっくり考えたいと思っています。

《Re-model》という音楽的なものを分解して再構築するシリーズがあるのですが、そこでは楽器の有効性やオーケストラの利便性、西洋の音楽を自分なりの方法で組み立て直す・見直す、ということをやっています。ある種、フィルのアプローチをアートの領域で行なうようなものなのですが、楽器にならなかった廃材、つまり音楽的なものをつくり出すことができなかったものが、人の歩み・存在によって音になる、ということをここではやっているように感じます。

それは、人間に対するものだけでなく、楽器やものとの関係性を丁寧に見直す行為でもあって、五感のあらゆる感覚でそれをとらえることが大事。

道は一方通行ではないし、一本だけじゃない

——以前、志人さん(ラッパー。2000年代以降、「降神」というヒップホップクルーとしても活動している)に取材したことがあって、彼はいま山の仕事をしながら音楽活動を続けているのですが、山中に残る小さな道を通ることで何十年も前にそれをつくった人の存在や、道での行為を読み取ることができると言っていました。蓮沼さんがしていることは、数十年前のトリシャ・ブラウンの足取りを追うことでもあるかもしれませんね。

蓮沼 昔であれば、僕らは未来を想像して行動することができたと思うんです。でも、少なくともいまの僕は未来を想像することができない。2020年のオリンピックという目先の行事にだけ捉われていて現実的な問題と向き合わず、先送りをし続けている状況。未来を想像できない、という現実的な問題は、原発や地球温暖化といったことですが、とにかく未来ではなく「いま」に向き合わなければならないのが、この時代だと考えています。必ず未来がやってくる、という20世紀的な発想を考え直さなければいけない。そこで必要になるのは、過去を見直すこと。何十年も前のことを想像したり感じたりしながら、山道を歩くことも同じでしょう。

今回の展示で、段ボールの内部から音が聴こえる作品もつくっていますが、これは同じ段ボールを僕が叩いた音なんです。

なんとなく「よい音だな」なんて思いながらつくっているんですけど、ヴァイオリンのようにピッチが取れていて、リズムもはっきりした西洋的な型に当てはまらないもの、段ボールの音を「美しい」と感じる人間の思考っていったい何処から生まれたのでしょう? おそらくそこには、近代以降の社会や歴史が密接に関係しているはずです。しかし、その正体は言葉では言い表せないものであるらしく、「もやっ」としている。

何気なく置かれた段ボールからは、段ボールの音が聴こえてくる

——美的感覚の根拠が曖昧で。

蓮沼 ロゴス中心の考え方から解放された視点に、本来日本人は特に敏感だったはずなんですけど、この現代においてそれらの感覚を復活させるのは難しいことだと思います。でも、そういった固定概念などを解きほぐすキッカケにつながればいいと思って作品をつくっているのだと思います。

——例えば、近代前後に生まれた進歩が、とても効率のよい山登りの方法を探ることだったとすると、いま蓮沼さんがやらないといけないと感じているのは、その山からの降り方。それもなるべく創造的で、これまでの人類がやれなかった降り方の方法を探ることかもしれません。山の山頂からワイヤーを使って別の山に渡っちゃう、というのもひとつの方法かもしれないですが(笑)。

蓮沼 降りた先に何が残るかは不思議ですけどね(笑)。その例えはそうだと思います。道は一方通行ではないし、一本だけじゃない。そうでないと「生きていけない」と感じます。

すこし無理やりにクラシックに結びつけると、音楽の聴き方っていろいろな方法がある思うんです。単に「美しい」「悲しい」ってだけではなくて、その作品が生まれた背景を知ることで、違った音楽の聴き方ができる。すると、音の響きも変わっていくこともある。たぶん僕が言いたいのはみんなが聴いている同じ音楽に対しても「自分だけの聴き方がもてれば、それは自分だけの新しい音楽が生まれる」ってことだと思います。

イベント情報
個展「蓮沼執太: ~ ing」

会期: 2018年4月6日(金)~6月3日(日)

平日 11:00~19:00/日曜・祝日 11:00~18:00/月曜休(月曜日が祝日にあたる場合も休館)

料金: 入場無料

協力: 株式会社中川ケミカル、株式会社ヤマハミュージックマニュファクチュアリング、WHITELIGHT

 

主催: 株式会社 資生堂

会場: 資生堂ギャラリー

東京都中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビル地下1階  Tel. 03-3572-3901

イベント情報
蓮沼執太フルフィル公演 『フルフォニー』

現在の16人編成の「蓮沼フィル」に10人の新メンバーを加えた、「蓮沼執太フルフィル」によるラージ・スケール・シンフォニー公演。

日時:  2018年8月18日(土)16:00開場/17:00開演

会場: すみだトリフォニーホール 東京都墨田区錦糸1-2-3

料金:  SS席 6,000円/S席 5,000円/A席 4,000円/B席 2,000円

<SS席 オフィシャル先行販売実施中!>
期間: 5月12日(土)13:00〜5月27日(日)24:00

主催:  J-WAVE/蓮沼執太/VINYLSOYUZ

企画制作: 蓮沼執太/VINYLSOYUZ

協力・問い合わせ: ホットスタッフ・プロモーション Tel.03-5720-9999(平日12:00~18:00) http://www.red-hot.ne.jp
※プレイガイド先行販売 5月30日予定/一般発売 6月9日予定

インタビューされた人
蓮沼執太
インタビューされた人
蓮沼執太 音楽家

1983年、東京都生まれ。音楽作品のリリース、蓮沼執太フィルを組織しての国内外でのコンサート公演のほか、映画、演劇、ダンス、音楽プロデュースなどでの制作多数。&nbs...

聞き手・文
島貫泰介
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島貫泰介 美術ライター/編集者

1980年生まれ。京都と東京を拠点に、美術、演劇、ポップカルチャーにかかわる執筆やインタビュー、編集を行なう。主な仕事に『美術手帖 特集:言葉の力。』(2018年3月...

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