インタビュー
2026.02.03
審査員が振り返る第19回ショパン国際ピアノコンクール Vol. 3

ネルソン・ゲルナーが語るショパン演奏と審査で大切なこと「音楽そのものに集中して理解を深めてほしい」

第19回ショパン国際ピアノコンクールの審査員の方々に、ファイナル開催期間中にインタビューしました。第4弾は、ネルソン・ゲルナー。ショパンの作品を通して、演奏者が音で何を伝えようとしているのかを見つめ続けてきた審査員としての視点、そして、ひとりの音楽家としての実感が交差するインタビューから、ショパン演奏の核心が浮かび上がります。

取材・文
三木鞠花
取材・文
三木鞠花 編集者・ライター

フランス文学科卒業後、大学院で19世紀フランスにおける音楽と文学の相関関係に着目して研究を進める。専門はベルリオーズ。幼い頃から楽器演奏(ヴァイオリン、ピアノ、パイプ...

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1995年のショパン国際ピアノコンクール入賞者であり、審査員としても3回目のコンクールを迎えるピアニスト、ネルソン・ゲルナー。今回のショパンコンクールを振り返りながら、審査において何を大切にしているのか、そして演奏者に求められる「語る力」について語ってくれました。

ネルソン・ゲルナー
アルゼンチン出身。1969年生まれ。1995年、第13回ショパン国際ピアノコンクールで第2位入賞。1986年にブエノスアイレスでフェレンツ・リスト国際コンクール優勝、1990年にはジュネーヴ国際音楽コンクールで優勝を果たしている。アルゼンチンでホルヘ・ガルーバ、フアン・カルロス・アラビアン、カルメン・スカルチョーネに学び、のちにジュネーヴ音楽院でマリア・ティーポに師事。
ショパン、リスト、ドビュッシーなど幅広いレパートリーで高く評価され、ショパン作品の録音はディアパゾン・ドール賞をはじめ数々の賞を受賞している。現在は国際的に演奏活動を行なう一方、ショパン国際ピアノコンクールの審査員も務めている。

ショパンコンクールに参加すること自体に大きな意味がある

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——まず最初に、今年のコンクールをどのように振り返られますか。

ゲルナー 私がこれまで生きてきた年月、そして経験してきた数多くのコンクールを振り返ってみても、今回のショパン・コンクールのレベルは非常に高かったと思います。少なくとも私にとっては、実力がきわめて拮抗している候補者同士をどう評価するか、判断するのがとても難しかったですね。

ですから、たとえ主要な賞を獲得できなかったとしても、このコンクールに参加すること自体が非常に重要だと思います。いまは配信がありますし、世界中に向けて驚くほどの訴求力があります。世界中の音楽ファンや多くのプロモーターが、その演奏を目にし、耳にする可能性がある。これは本当に価値のあることです。

私が1995年にこのショパンコンクールに参加したときには、こうした環境はまったくありませんでした。当時もポーランドでは最大の文化的行事として非常に注目されていましたし、それは今も変わりませんが、現在は候補者たちの露出が格段に増えています。そのぶんプレッシャーも大きくなっているので、マイナスな面にもなりうるかもしれませんが。

——審査員を務められるのは3回目ですね。

ゲルナー ええ、そうです。

——前回との違いは感じられますか。

ゲルナー 今回は投票システムが変更されたので、別の種類の難しさに直面しています。まず言えるのは、完璧なシステムなど存在しない、ということです。現在のシステムにも長所と短所の両方があります。

私としては、そのシステムの中で、自分が「これがショパンの真の解釈だ」と感じるものに対して、誠実であり続けようとしています。他の審査員を代表して話すことはできませんが、与えられた条件の中で、できる限り公平であろうと努めています。

コンテスタントが何を語りたいか、どれだけ深く音楽を感じているかを重視する

——審査するうえで、もっとも重要な基準は何でしょうか。

ゲルナー 私にとって一番大切なのは、演奏者が「何を語ろうとしているか」です。私は、しっかりと自分の意思をもって解釈して、強いヴィジョンを持っている人に出会いたい。

たとえそのヴィジョンが、私自身の考え方や「こうあるべきだ」という解釈と異なっていたとしても、それが説得力を持っていれば、私は喜んでそれを受け取り、理解し、新しい解釈を発見したいと思います。とても魅力的なことです。

もし自分の考えと同じでなければ評価できないのだとしたら、私は良い審査員とは言えなくなってしまいます。審査員としての私の役目は、演奏者が何を伝えようとしているのかを理解しようとすることです

今日の技術的なレベルは非常に高いので、テクニックの巧みさにはあまり感心しません。私にとって重要なのは、彼らがどれだけ深く音楽を感じているか、そしてその音楽への愛情や、そこに込められたメッセージをどれだけ伝えられるか、ということです。

——次の世代のピアニストには、ショパンを学ぶうえで何を大切にしてほしいですか。

ゲルナー 真の音楽家であるためには、自分のイメージやプロフィールではなく、日々、年々、より良い芸術家になることに集中しなければなりません。これはショパンに限らず、どんな作曲家、どんな音楽にも当てはまることです。

若い音楽家が、外面的なことではなく、音楽そのものに集中して、理解を深めていくのを見ると、とてもうれしくなります。

ロマンティシズムとクラシシズム両方をバランスよく

——もしショパンが今年のコンクールを見たら、何と言うと思いますか。

ゲルナー 幸いなことに、それはわかりません(笑)。幸いだと言うのは、音楽は、それを生み出した人間をも超えうる存在だと思うからです。ショパンはもちろん天才でしたし、後世に計り知れない普遍的な遺産を残してくれました。もし彼と数分話せることになっても、私は圧倒されてしまい、何から聞けばいいのかわからないでしょう。

だからこそ、これが私たちの仕事なのです。彼はもうこの世にはいませんが、音楽は生き続けています。ショパンの音楽を通して彼の意図を知り、表現できるのは素晴らしいことなのです。

——最後に、ショパンを演奏するうえで大切なことは何でしょうか。

ゲルナー もっとも重要なことの一つは、彼のロマンティシズムとクラシシズム、その両方の本質を捉えることだと思います。彼は古典を崇拝し、モーツァルトやバッハを愛していました。弟子たちにも、あらゆるレパートリーを学ばせていました。ロマン派でありながら、同時に古典的な気品や均衡感覚が、ショパンの音楽には存在しています。そのバランスこそが非常に重要で、そして非常に難しい。

時代によって、感傷的でサロン風なショパン像もありましたし、現在では大きなホールで聴衆受けを狙いすぎて、ショパンの親密で人の心に寄り添う雰囲気が失われる傾向もあります。音楽の本質に忠実であり続けることは、本当に難しいのです。それでも、私はそれを見つけたいと願っています。

取材・文
三木鞠花
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三木鞠花 編集者・ライター

フランス文学科卒業後、大学院で19世紀フランスにおける音楽と文学の相関関係に着目して研究を進める。専門はベルリオーズ。幼い頃から楽器演奏(ヴァイオリン、ピアノ、パイプ...

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