途上国で教えたいという夢からタイへ! 大学で教えながらオーケストラの多様な演奏活動にも参加
世界各国のオーケストラで活躍する日本人奏者へのインタビュー連載。オーケストラの内側から、さまざまな国の文化をのぞいてみましょう!
第13回は、タイでマヒドン大学音楽学部の教員とオーケストラのフルート奏者を務める松島寛さん。優しい人が多いというタイ生活のエピソードからKFCのタイ限定メニューまで、幅広く教えてくださいました!
東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...
ドイツ留学の経験をタイでシェアしたい
——所属されているオーケストラについて教えてください。
松島 マヒドン大学音楽学部の教員と卒業生を中心に2005年に設立されたオーケストラで、バンコク近郊の大学内にあるプリンス・マヒドン・ホールを拠点としています。
楽団員はタイ人を中心に、日本、韓国、中国、台湾、カザフスタン、ウズベキスタン、ポーランド、ギリシャ、ラトビア、イギリス、アメリカ、ベネズエラの各国出身者で構成され、何度か全体オーディションを繰り返して現在のメンバーになっています。
在校生がインターンとして演奏に参加することもあり、学びの場としても活用されています。指揮者は主に海外から招き、クラシック音楽だけでなく、映画音楽や日本のエンタメ会社と提携したゲーム音楽など、多彩なプログラムをお届けしています。温かく和やかな雰囲気の中で、音楽作りをしています。
静岡県磐田市出身。15歳よりフルートを始め、武蔵野音楽大学を卒業後、さらなる研鑽を積むため渡欧。ザルツブルグ・モーツァルテウム音楽院に在籍後、ドイツ国立カールスルーエ音楽大学にてフルート演奏および室内楽(木管五重奏)を専攻。
留学中は、ホーフ交響楽団、ミュンヘン交響楽団、ミュンヘン室内管弦楽団等で研修生およびエキストラ奏者として演奏経験を積む。
2002年8月より、タイ王国マヒドン大学音楽学部にてフルート専任講師として後進の指導にあたる。2010年からはタイ・フィルハーモニー管弦楽団フルート奏者を務める。
タイを拠点に主に東南アジア地域で演奏と教育の両面で活動。また、中国・成都市の四川音楽院やイタリア・トリエステのタルティーニ音楽院での演奏会およびマスタークラスも行なう。
——なぜこのオーケストラに入ろうと思ったのですか?
松島 私は、音楽の途上国で教えたいという夢がかなってここの大学に着任したのですが、留学先のドイツでプロのオーケストラに実習生やエキストラとして参加した経験があり、その貴重な体験をタイでシェアしたいと思ったことが、このオーケストラに参加している大きな動機の一つです。
また、教員同士で室内楽を演奏する機会もあり、同じオーケストラで演奏することが音楽的な相互理解を生みますし、さらに、教員が現役のプレーヤーであることは、学生たちにとって刺激的で学びの多い環境になると考えたからです。でも、近い将来、教え子の一人に私のポジションを引き継いでほしいと願っています。
——楽団員とのコミュニケーションは何語でされていますか?
松島 オーケストラでの公用語は英語ですが、あまりにも発音が上手すぎると聞き取るのに緊張する団員もいて(笑)、下手でも頑張って話す英語の方が好感を持ってもらえます。また、タイ語学習に意欲的な外国人団員は、タイ人の同僚とタイ語を交えて話したりしています。ごくたまに、演奏前に超短期集中練習で習得したタイ語の簡単な挨拶を披露して、聴衆のハートをがっちり掴む指揮者さんもいらっしゃいます。
——今のオーケストラでいちばん思い出に残っている演奏会や曲目を教えてください。
松島 2011年に、スイスの作曲家ファビアン・ミュラー氏の交響的スケッチ《アイガー》を演奏する機会があり、登頂がひじょうに難しい雪山の情景をここまで音で鮮明に描写できるのかと感動し、10年以上経った今でも鮮明に記憶しています。
また、2012年にスイスとタイの外交関係樹立80周年を記念したコンサートで、同氏の《シリマディ》というチェロと管弦楽のための作品を初演したのですが、この曲にはタイの伝統楽器が取り入れられており、見事な東西の楽器の融合に感銘を受けました。
ファビアン・ミュラー:《シリマディ》
松島 最近では、2022年の欧州演奏旅行で訪れたポーランド・ヴロツラフの国立音楽フォーラムでの演奏が印象に残っています。このホールは音響が素晴らしく、弦楽器だけでなく管楽器も互いに聴きやすい半円状の配置で、自分の音が同僚たちの音と混ざり合いホールに吸い込まれていく感覚は、これまでにない特別な経験でした。
©︎College of Music Mahidol University
独特なニックネームや本名を変えられることにカルチャーショック!
——お国柄を感じたエピソードや日本とは違うなぁと感じる点を教えてください。
松島 まず、タイはLGBTに対してとても寛容です。私が来タイした20年前から普通にそういう方々を見かけていましたし、最近では同性婚が法律で認められたんですよ。この点は、日本と比べて進んでいると感じます。
それから、タイ人は子どもが大好き。電車内ではお年寄りだけでなく、子どもにも席を譲るんです。息子が小さかった頃、家族で入ったレストランの店員さんに「赤ちゃん抱っこしててあげるから、あなたたちゆっくり食べなさい」と言われたときはありがたかったのですが、「見て! この子日本人なのよー」って自分の子のように周囲に見せびらかしてるので、落ち着いて食事できませんでしたね。
それからタイは仏教国なので、早朝には「タンブン」といってお布施をするのが日常です。ちなみにバスや電車にはお坊さん優先席もあるんです。座席にイラストがついていますので、みなさんが旅行に来られてもすぐわかると思います。
——これまでにいちばんカルチャーショックを受けたことはなんですか?
松島 屋台街で、麵やご飯ものに交じって昆虫が並んでいる光景を初めて見たときは、自分の目を疑いました。素揚げして塩をまぶしてあるようですが、どうしても食べる勇気は出ません。
それから、タイではふだん本名ではなく、メイさん(5月)、プロイさん(宝石)、ノックさん(鳥)などユニークなニックネームで呼び合います。来タイ当初、ノックさんを「鳥さん」と呼んでる気分になって笑いをこらえたのを覚えています(勝手に日本語に訳すなって話ですが)。
さらに驚いたのは、タイ人が本名を変更できること。「最近運勢が悪い気がする」といった理由で簡単に変えてしまうんです。諸々の手続きが面倒じゃないのかと心配になりますが、日本ではまずありえない話ですよね。
優しい人や美味しい食べ物、治安の良さで居心地の良いタイ生活
——「この国に来てよかった!」と感じるのはどんなときですか?
松島 毎日そう思っていますし、タイに来て後悔したことはありません。タイは社会全体にどこかゆるやかな雰囲気があり、優しい人が多く、例えばリハーサル後に徒歩で帰宅しようとすると必ず誰かが車に乗っていかないか声をかけてくれて、心が温かくなります。
時間にルーズという面もありますが、リハーサルは時間通りに始まりますし、人間関係においても、あまり気を使う必要がないのが楽です。食事会や飲み会に参加しなくても疎まれることはありませんし、逆にあまり無理に誘わないところも心地よいです。
タイ料理はとてもおいしく(辛くないものもありますよ)、日本食レストランも多く、スーパーでも日本の食材が売られていて、おそらくタイは日本人が居心地よく感じる外国No.1ではないでしょうか。生活面でも治安をあまり心配する必要がなく、普通に過ごしていれば安心です。
——おすすめのローカルフードがあれば教えてください。
松島 トムヤムクンに始まり、ソムタム、パッタイなど、その美味しさで世界の人々を虜にするタイ料理の魅力については、いくら文字数をいただいても書き尽くせませんが、私がおすすめしたいのが「カオソーイ」というカレーヌードルです。
ココナッツミルクベースのスープにカリカリに揚げた麺がトッピングされていて、濃厚でスパイシーな味わいが特徴の北部料理です。豚、牛、鶏肉、シーフード入りなどバリエーション豊かで、日本人の口にも合うと思います。
それから、タイの鶏肉は日本への輸出量が世界2位というだけあり、本当においしい!「ガイヤーン(焼き鳥)」や「ガイトート(フライドチキン)」は地域ごとに味が違い、食べ比べも楽しいです。ちなみに、タイのKFCのWingz Zabbという手羽元のピリ辛揚げは、日本にはない塩辛さとコクが売りのメニューなので、辛い物好きな方はぜひお試しください。
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly