ペトレンコにきく~ロイヤル・フィルと来日、オール・ロシア作品で今の時代を映し出す
ロイヤルの称号をもち「女王陛下のオーケストラ」とも称されるイギリスの名門ロイヤル・フィルが、音楽監督のヴァシリー・ペトレンコと5月に来日、全国6都市をめぐるツアーを開催します。
19歳で初来日以来、N響への客演などを通して日本のファンに親しまれてきたマエストロ。これまで共演を重ねてきた辻井伸行も全公演に出演、オール・ロシアン・プログラムに期待が高まります。
音楽監督に就任して2シーズン目、オーケストラとの関係の深まりや、今回のプログラムに込める特別な思いを伺いました。
桐朋学園大学卒業、東京芸術大学大学院修士課程修了。音楽学専攻。英国ロンドン大学留学を経て、音楽ライター、翻訳家。訳書に「オックスフォード・オペラ事典」(共訳、平凡社)...
ロイヤル・フィルの音楽監督に就任して2シーズンめの日本ツアー
――ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(以下ロイヤル・フィル)の音楽監督に就任されて2シーズン目ですが、オーケストラとの関係をどう築いてこられましたか?
ペトレンコ(以下、P) ロイヤル・フィルとはまだ日が浅いですが、パンデミック中から活動を始めていましたので、その時期にお互い関係を深めることができたと感じています。
ロイヤル・フィルは海外公演が多く、昨年は北米やヨーロッパ(ドイツ、ポーランド、イタリア他)のツアーを再開しましたし、1月には再びドイツ公演、4月にスペイン公演があり、その次が日本ツアーになります。世界各地で私たちの演奏をお届けできることはこの上ない喜びです。
今シーズンのロイヤル・フィルのテーマは人間精神を探る旅
――ロンドンでの2022/23年のシーズンのテーマは「発見の旅 Journeys of Discovery」だそうですが、そのコンセプトについてお聞かせください。
P 今シーズンのプログラムでは、人間のさまざまな精神状態を発見することがテーマです。パンデミック中に多くの人々が孤独感や寂しさを経験したからこそ、こうした人間のあらゆる精神状態を探ることはとても重要だと思います。
たとえばマーラーの「交響曲第8番」では精神的な再生のみならず世界の再生を体験し、スクリャービンの《法悦の詩》ではエクスタシーの旅、またベルリオーズの《幻想交響曲》では芸術家およびその精神の旅といった具合です。
今のところ評判は上々で、多くの観客のみなさんがホールに戻ってきてくださっていて、手応えを感じています。
世界の未来のためにオーケストラを舵取りするのが音楽監督の役目
——音楽監督として目指していることは?
P オーケストラを向上させ、さらに高みに導くことです。いかなるオーケストラでも向上はできますからね。新しい展望を開き、新しい観客を開拓し、芸術的な方向性を示すことが音楽監督の責務だと思っています。
ロイヤル・フィルは偉大な伝統のあるオーケストラですが、現在のクラシック音楽の世界における自分たちの居場所を見つけなければなりません。
周知のとおり、世界は急速に変化を遂げていて、戦争をはじめさまざまな危機にも直面していますが、その中でこの「ロイヤル・フィル号」の舵を取ることが音楽監督としての私の役割です―——私たちの未来、世界の未来のために。
19歳で初来日以来、日本をずっと身近に感じてきた
——ペトレンコさんは、近年ではロイヤル・リヴァプール・フィルやオスロ・フィルとの来日や、NHK交響楽団の客演指揮などを通して日本のファンに親しまれてきましたが、初来日はずいぶん前のことだそうですね。
P ええ、初めて日本を訪れたのは19歳のときでした。当時、レニングラード国立バレエ(現ミハイロフスキー・バレエ)の指揮者をしていましたので、毎冬日本で《白鳥の湖》や《第九》の公演を指揮していました。また、サンクトペテルブルク合唱団の指揮者として来日したこともあります。
2021年12月にはN響に客演するはずでしたが、入国制限のために行けず残念でした。5年近くも日本に行かなかったことはこれまでないと思います。
別のインタビューでも話したことがあるのですが、私自身は典型的な西洋人の外見ですが、日本では不思議と外国人である感じがしなくて、親近感を覚えるのです。たとえば他人に対する敬意やプライベートな空間の尊重、お年寄りへの敬意など、社会の仕組みや人間関係のあり方が私の感覚と近いのだと思います。
進化し続ける辻井伸行さんとの共演は大きな喜び
——辻井伸行さんとはこれまでも共演を重ねていらっしゃいます。
P 辻井さんと一緒に演奏できるのはいつも大きな喜びです。最初に共演したときは彼もまだ若かったのですが、回を重ねるたびに芸術的な成長を遂げていることを実感します。私たちは音楽に対する考え方が似ていて、舞台でもとても気が合い、良き共演者だと思っています。
チャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」もラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」も、過去に共演したことのある曲ですが、年月を経て彼がどういった新しい表現を見出してくるのかとても楽しみであり、彼の解釈を全力でサポートしたいと思います。
来日公演のロシアン・プログラムは今の時代を映し出す
——オーケストラのメインの演目は、チャイコフスキーの「交響曲第6番《悲愴》」とショスタコーヴィチの「交響曲第8番」というロシアのレパートリーを取り上げます。プログラムへの思いをお聞かせ下さい。
P 今回のプログラムはもちろん、ロシアのウクライナ侵攻の前に決まっていたものですが、図らずもきわめて今日的な意味を帯びたプログラムとなりました。
チャイコフスキーの《悲愴》は、作曲家個人の大きな悲劇として捉えることができます。それは彼が、自身の死および死後の世界について思いを巡らせながら書いた作品でありました。
一方、ショスタコーヴィチの「交響曲第8番」は第二次世界大戦中の1943年に作曲されました。それはちょうどスターリングラードの戦いでソ連軍がドイツ軍を破り、勝利ムードにあったときでした。しかし、人道主義的な作曲家であったショスタコーヴィチは、その勝利の影で失われた一人ひとりの命に心を寄せていました。したがってこの曲は戦時下の民衆の苦難や戦いを表しているのだと思います。最後は、それまでの楽章の暴力的な音楽を経て、静かで穏やかに締めくくられますが、そこにはわずかな希望の兆しがあります。その意味でもとても今の時代にふさわしい曲だと思います。
いつか日本でもオペラを振りたい
——今後のご活動について教えて下さい。
P 古巣のリヴァプールでの公演のほか、さまざまなヨーロッパのオーケストラに客演します。また7月にはバイエルン国立歌劇場で《ボリス・ゴドゥノフ》を指揮します。私自身、もともとオペラ指揮者として活動を始めましたので、もっとオペラを振りたいと思っていますが、スケジュールの調整が難しくて。
でもロイヤル・フィルとは来季、ワーグナーがロンドンで自ら指揮した長大な演奏会のプログラムを再現するコンサートもありますし、またセミ・ステージ形式の《イオランタ》も計画しています。いつか日本でもオペラを振る機会があるとよいのですが。
——それはぜひ実現してほしいです。ありがとうございました。
【福岡】
日時:5月20日(土)14:00
会場:福岡シンフォニーホール(アクロス福岡)
プログラム:A
問合せ: KBCチケットセンター092-720-8717(平日 午前10:00~午後6:00)
【大阪】
日時:5月21日(日)14:00
会場:フェスティバルホール
プログラム:B
問合せ:ABCチケットインフォメーション 06-6453-6000
【東京】
日時:5月22日(月)19:00
会場:サントリーホール
プログラム:A
問合せ:チケットスペース03-3234-9999
【群馬】
日時:5月23日(火)19:00
会場:高崎芸術劇場 大劇場
プログラム:B
問合せ:高崎芸術劇場チケットセンター027-321-3900
【東京】
日時:5月24日(水)19:00
会場:文京シビックホール 大ホール
プログラム:A
問合せ:シビックチケット03-5803-1111
【東京】
日時:5月26日(金)19:00
会場:サントリーホール
プログラム:B
問合せ:チケットスペース03-3234-9999
【愛知】
日時:5月27日(土)14:00
会場:愛知県芸術劇場 コンサートホール
プログラム:A
問合せ:クラシック名古屋052-678-5310
【埼玉】
日時:5月28日(日)14:00
会場:所沢市民文化センター ミューズ アークホール
プログラム:S
問合せ:チケットスペース03-3234-9999
【プログラム】
A グリエール:スラヴの主題による序曲、ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番、チャイコフスキー:交響曲第6番《悲愴》
B チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番、ショスタコーヴィチ:交響曲第8番
S グリエール:スラヴの主題による序曲、チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番、チャイコフスキー:交響曲第6番《悲愴》
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