恩田陸が語る『蜜蜂と遠雷』実写化とピアノコンクールへの想い
史上初、直木賞&本屋大賞W受賞を果たした恩田陸さんの小説『蜜蜂と遠雷』が実写映画化。原作は国際ピアノコンクールに挑戦した4人の若者の群像劇だ。文章から音が聴こえてくるような小説の原作者、恩田陸さんに映画のこと、モデルとなったピアノコンクールのことなどを語ってもらった。
ズバリ! 原作者から見た再現度は?
——完成した作品をご覧になっていかがでした?
恩田: 「よく撮りました。やってくれました!」と(笑)。しかも上映時間2時間以内におさめている。最初に監督にお目に掛かったときに、「前後編はやめてくださいね」とお願いしたんです。だってどうやっても小説全部は収まりっこないんだから。最初の脚本は3時間くらいになりそうな長さで、監督に「長いですよ!」と言ったくらい。それを2時間以内にまとめただけでもすばらしいですよ。
——劇中で使われるピアニストの演奏はチェックなさったんですか?
恩田: 撮影より先に、音を全部録ったので、その収録は全部見させていただきました。最初に本選の演奏の音をオペラシティでほぼ1日で録ったんですが、見ていておもしろかったです。それこそ《春と修羅》(劇中で開催される芳ヶ江国際ピアノコンクールの2次予選課題曲)など個別の収録も見に行ったので、人それぞれスタイルの違いがあるんだなと思いました。みなさん、すばらしいピアニストの方ばかりなので、インスパイアード・アルバムもぜひ買っていただきたいです(笑)。
——オリジナル曲の《春と修羅》を実際にピアノで聞いてみていかがでしたか?
恩田: 《春と修羅》は藤倉大さんが全員分のカデンツァ(即興演奏)まで書いてくださいました。「本当に演奏されてるよ! そうか、そうか、そういうふうに私も書いたな」と思いながら聴きました。あれはおもしろい体験でした。藤倉さんは作曲をお願いする前に『蜜蜂と遠雷』を読んでくださっていたので、本当にラッキーでしたね。
——映画の撮影現場にはいらっしゃったんですか?
恩田: 私は唯一、本選の撮影に行くことができたんです。演奏するシーンはいろんな方向から撮っていて、大変だなって思いましたね。楽屋には松岡さんが黒いドレスで立っていて、「亜夜ちゃん!」と声が出たくらいイメージ通りでした。
恩田陸的コンクールの魅力と楽しみ方
——そもそもピアノコンクールに挑む若者たちの群像劇を書こうと思ったきっかけは何だったんでしょうか?
恩田: ラファウ・ブレハッチというピアニストが浜松国際ピアノコンクールを受けて書類選考で落ちたんですね。その後、彼はパリのオーディションで受かってコンクールに参加して、スルスルっと最高位(第5回。優勝は該当者なしで第2位が最高順位)を獲ってしまったんです。そしてショパンコンクールで優勝した。その話がおもしろいなと思って、せっかく国内で開かれているコンクールだからまずは取材で聴きに行こうかとなりました。
——小説を書き終えても行きたくなる浜松国際ピアノコンクールの魅力ってどんなところでしょうか?
恩田: 去年の第10回大会に初めて招待していただいたんです。浜松はコンテスタントのレベルが高いと思います。本当に上手な人ばかりで、「こんなの選べないよ!」っていつも思うくらい。レベルが高いから聴いていておもしろいし、下世話な話ですが、そこから誰が残るか予想するのもおもしろいんです。青田買い的な楽しみもありますよね。
——中には「この人はスターだ!」と誰もが思う人もいるんでしょうか?
恩田: いますね。チョ・ソンジン(第7回優勝者)君は一次で登場したときに、「この人、優勝しちゃうかも!」と思ったのを覚えてます。
——ピアニストのスター性ってどんなところから感じますか?
やっぱり目が離せない、耳が離せないものがありますよね。一生懸命聴いてるんだけど、一瞬違うことを考えることがあって、「聴き逃しちゃった!」と思わせる人はたくさんいるんです。でも聴き逃せないって感じて、全部スッと聴いてしまったという人も中にはいます。
——『蜜蜂と遠雷』に登場する4人の中では、恩田さんの理想とするピアニストは誰なんでしょうか?
恩田: 難しい! どのタイプも好きだし、いろんなピアニストがいるということがおもしろさなので、誰が理想とは一概には決められないですね。
もしもコンクールを主宰するなら?
——先生ご自身の音楽体験についてお聞きしますが、ピアノを習っていらっしゃったそうですね。
恩田: 習ってました。スズキ・メソードが家の近くにあって、最初はヴァイオリンにするかピアノにするか決まってなかったんですが、見学に行ってピアノのほうにしたのを覚えてます。でも引っ越しが多かったので、延べ5人くらいの先生に習いました。ピアノの先生は怖かったけど、ピアノは好きでしたね。
——今も弾いていらっしゃるんですか?
恩田: 今はうちにピアノがないので弾いてないです。でも欲しいです。
——もし指が思う通りに動くならこれを聴いてみたいと思う曲はありますか?
恩田: やはりプロコフィエフのピアノ協奏曲 第3番ですね。弾けたら楽しいだろうな!
——先生がもしコンテストを主催するなら課題曲にしたい3曲を挙げていただけますか。
恩田: バッハのイタリアコンチェルトとか入れたいな。単純にすごく好きなんです。難しいし(笑)。これは1次予選かな。もう一度ピアノを買ったら、イタリアコンチェルトがいちばん弾きたい。
——では2次予選は?
恩田: エチュードですね。ラフマニノフかリストかショパン、この三者のエチュードから2曲選択。どの曲もテクニックがいるのでテクニックを見るのと、組み合わせも含めて、どの曲を選ぶかもおもしろいですよね。それでその人の趣味を見ます(笑)。
——では3次はどうしましょうか。
恩田: 3次はベートーヴェンのソナタから1曲かな。これで構築力というか、どれくらい曲を語れるか……なんかすごくおこがましいこと言ってますね(笑)。ソナタは立体的に曲を作る力というものがすごく必要だと思います。
——最後に本選をお願いします。
恩田: じゃあ全員シューマンのコンチェルトで、カデンツァは自分で作ってねってことにしましょう(笑)。シューマンのコンチェルトのみってすごいかも!
——シューマンはお好きなんですか?
恩田: コンチェルトはシューマンがいちばん好きなんです。単にすばらしい曲だから。私はピアノは好きだったけど、そんなにクラシックは聴いてこなかったんです。学生時代はずっとジャズを聴いて、それからクラシックにまた戻って来たので、そうすると、よくこんなメロディ作るなって思うんですよ。そうなるとプロコフィエフやバルトークはすごいなと思うので好きですね。
10月4日(金)全国公開
出演: 松岡茉優 松坂桃李 森崎ウィン 鈴鹿央士(新人)
監督・脚本・編集: 石川慶
Story●直木賞&本屋大賞W受賞を果たした小説『蜜蜂と遠雷』が映画化。
芳ヶ江国際ピアノコンクールに集まったピアニストたち。復活をかける元神童・亜夜。不屈の努力家・明石。信念の貴公子・マサル。そして、今は亡き“ピアノの神”が遺した異端児・風間塵。一人の異質な天才の登場により、三人の天才たちの運命が回り始める。それぞれの想いをかけ、天才たちの戦いの幕が切って落とされる。はたして、音楽の神様に愛されるのは……?
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