インタビュー
2019.11.07
【11/9開幕】新国立劇場《ドン・パスクワーレ》

オペラ劇場の裏側に潜入! 世界的衣裳家ロベルタ・グイーディ・ディ・バーニョに訊く舞台衣裳の秘密

華やかなオペラの世界を彩る舞台衣裳。目を見張るゴージャスなドレスや、うっとりするようなガウンを創り出す世界的な衣裳家ロベルタ・グイーディ・ディ・バーニョさんを訪ねて、岩崎由美さんが新国立劇場の舞台裏に突入! 徹底的にオペラ歌手と観客の気持ちを考え、最高のものを作り上げるロベルタさんと彼女のチームの仕事ぶりをお伝えします。

岩崎由美
岩崎由美 ジャーナリスト、フリーアナウンサー

東京生まれ。上智大学卒業後、鹿島建設を経て、伯父である参議院議員 岩崎純三事務所の研究員となりジャーナリスト活動を開始。その後、キャスター、レポーターとしてテレビ、ラ...

Photo: Ayumi KAKAMU

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ベージュのパンツスーツに身を包み、にこやかに背筋を伸ばして、さっそうと登場したのは、今回、新国立劇場で上演される《ドン・パスクワーレ》の衣裳を担当するロベルタ・グイディ・ディ・パーニョさん。

ロベルタ・グイディ・ディ・パーニョ(Roberta Guidi di Bagno)

ローマで生まれ、美術学校アカデミア・リベラ・デル・ヌドで絵画を学んだあと、プロダクションデザイナーであるピエール・ルイージ・サマリターニのアシスタントとして働く。44年間、オペラ、バレエ、映画の衣裳やセットデザインを手掛け、世界中のオペラハウスやバレエ団と仕事をし、数々の賞を受賞している。

そこにいらっしゃるだけで、気品があり、周りが明るく楽しい雰囲気に包まれます。ロベルタさんは、ローマを拠点に世界中の劇場でバレエやオペラの衣裳デザインを手掛け、数々の賞を受賞している第一人者。

新国立劇場はベルカント・オペラの代表作でドニゼッティ晩年のオペラ・ブッファの傑作《ドン・パスクワーレ》を新制作・レパートリー化するにあたり、1994年にスカラ座で初演されて以来、世界各地で上演され続けているステファノ・ヴィツィオーリの人気演出を採用しました。

ロベルタさんは、25年前にミラノ・スカラ座で初演したときに、この衣裳をデザインした方。今回、新国立劇場での上演準備のためローマから来日しました。

半分ほどは1994年当時の衣裳をそのまま引き継ぎ直すだけで着用しますが、残り半分は傷んでいたものなどを新しく作り直したそうです。特にソリストの衣裳はほとんどを新規で作り直しました。その衣裳現場に潜入させてもらいました。

イタリア気鋭の演出家ステファノ・ヴィツィオーリ演出の《ドン・パスクワーレ》。このプロダクション(演出)はスカラ座、ボローニャ、トリエステなど10あまりの劇場で上演されてきた。25年間世界中で使われてきた衣裳ということで、今回その半分はイタリアと日本で新たに製作、上演準備のためロベルタさんが来日することになった。
トリエステ歌劇場公演より Photo: Fabio Parenzan

舞台衣裳はここで生まれる! 新国立劇場の画工場に潜入

新国立劇場の画工場(舞台衣裳の仕上げや直しをしている部屋)では衣裳チーフの加藤寿子さんとアシスタントの方たち、ローマ在住の小栗菜代子さんとローマのファラーニ社のカルメラ・カルドーネさん(愛称リーナさん)が、針を持つ手を休めずに忙しそうにお仕事されています。たくさんの衣裳に囲まれて、柄を縫い付けたり、帽子に飾りをつけたり。

長い机の上に裁縫道具、糸やボタンがズラッと並ぶ画工場。

今回の登場人物は合唱54人、助演17人、そしてソリスト5人と、全部で80人余りの方たちが舞台に出ますのでその方たちの衣裳がここに勢ぞろいしています。

一人で一着しか着ない方もいますが、何着も着る場合もあるので、衣裳は全部で100着を超えるそう。

今回の舞台で使われる衣裳は総数107着。

ここに置いてあるのは、ほとんどが今回の《ドン・パスクワーレ》で使われるものです。新国立劇場で使う他の衣裳は、演目別にわかるようにして倉庫にしまってあるのだとか。そして、上演する舞台ごとに、倉庫からトラックで運び入れ、出演する歌手の体型に合わせて直したりして着用できるようにすると衣裳チーフの加藤さんが教えてくれました。

一着たりとも手を抜かず、遊び心溢れる衣裳の数々

まず見せていただいたのが、合唱団の方たちが着る衣裳。合唱団の衣裳は、加藤さんの監修のもと日本で製作しています。

ブルジョワ家庭の召使いや台所で働く人は、普通は白を着るのだそうですが、ロベルタさんは生成り風の色にしました。女性のブラウスには裏にチュール(六角形などの細かい網目で織られた布)を入れて、袖に膨らみを出しキュートな雰囲気です。

女声合唱の衣裳。一着たりとも同じ柄のものはない。
チュール布を入れた袖。ひと手間を加えたデザインは、普段着ても違和感がないような素敵なものばかり。

同じシーンで男性の着る服は、どの服も色は同じベージュですが、インディアンシルクだったり、コットンだったり、生地がすべて違います。クルミボタンも一着ずつ柄が違い、それぞれ可愛いらしい。後身頃もおしゃれです。重量を知りたいと持ち上げてみたら、想像したほど重くありませんでした。

男声合唱が着るベスト。生地の素材や、ボタン、裏地もそれぞれ違うデザイン。

「見た目は重そうでも着心地は軽くしています。裏をつけなかったりして工夫しているんですよ。汗をかいたり、歌うときに窮屈だったりしないように、第2の皮膚のように感じてもらうのが一番ですね。私はバレエの衣裳もたくさん手掛けていますが、バレエの衣裳って肌のようでしょ。自慢するわけではありませんが(笑)、みなさんとても喜んでくださってます」とロベルタさん。

次はドン・パスクワーレの婚礼のときの衣裳です。ソリストの衣裳は、ローマチームの担当です。この黄色の生地はロベルタさん曰く「とっても高価」

イタリアのものでシルクに細かい刺繍が施されています。この上に、薄くて軽い素材のグリーンのベルベットの上着を羽織ります。重くなるため、襟に芯は入っていませんが、ステッチを入れることでふくらみが保たれています。

ドン・パスクワーレの婚礼衣裳。「本当にこの生地だけは特別! 絶対に必要だったの」とロベルタさん。どれくらい高価なのかは「秘密」と劇場スタッフにウィンク。

若い奥さんと結婚する老人が気合をいれて、若作りのおしゃれをしているところを表現しています。衣裳で、きちんと気持ちが伝わります。シックな服が好きなロベルタさんにとっては、「普通だったらとても考えられないようなコーディネートですが、趣味の悪さが垣間見えるようにデザインをしました」と語ります。

こちらは、同じくドン・パスクワーレのガウンです。アンティ―クの刺繍風の仕上げで、ボタンの柄は東京の舞台だからと、今回の上演のために桜の花のデザインに変えたそうです。

大金持ちのドン・パスクワーレに相応しいゴージャスなガウン。
元々はユリの花だったというガウンのボタンを日本仕様にアレンジ。客席から見えなくとも、遊び心は忘れない。

これは、贅沢三昧中のノリーナの衣裳とアクセサリー。

アクセサリーは、本物の宝石ではありませんが、舞台の後ろからでも輝いて見えるようにしています。もちろん、これもロベルタさんがデザインしてイタリアの工房に発注しました。ネックレス、ティアラ、イアリング、ベルト、ブレスレット、リング、すべてお揃いです。

ドン・パスクワーレと結婚した途端に贅沢三昧を始めるノリーナが身に着けるアクセサリー。
「このアクセサリーは、50メートル先で観たときに輝くのよ!」とロベルタさん。

ピンクのドレスには、遠くから見ると刺繍しているように見える薄布を縫い付けています。何という細かい作業なんでしょう。美しい。

ノリーナのドレス。
取材中、ドレスは仕上げの真っ最中。チームの皆さんがわざわざマネキンに着せてみせてくれた。

このプロダクションの衣裳の基本は、18世紀から19世紀にかけてのフランス第一帝政期のエンパイヤ・スタイルです。シンプルなラインをもつ様式で、女性の服は丈が長く体の線に沿っているのが特徴です。

ナポレオンが皇帝就任時にレカミエ夫人に贈ったジャック=ルイ・ダヴィド作『マダム・レカミエ』(1800年)。服装や家具にエンパイヤ・スタイルが表れている。

召使い役の合唱団の人たちの衣裳も細部にまで凝り、胸元のレースと同じレースを袖口にあしらったり、同じ生成りの衣裳でも、一着一着デザインも柄も違います。どれも繊細でエレガントなものばかりで、一度でいいから着てみたい。

「イタリアチームと日本チームが協力して、一つのものを創り上げました。コラボレーションの結晶です。ぜひ舞台で観てくださいねとロベルタさんは力説されました。

観客の一人になって造り上げる衣裳たち

ロベルタさんの衣裳が使われた作品の多くは、ミラノ・スカラ座や、ローマ歌劇場、シカゴ・リリック・オペラ、イングリッシュ・ナショナル・バレエ、サンフランシスコ・バレエなど世界中の名だたる劇場でレパートリーとして上演され続けています。私たちも舞台や映像で見ているものも多いはずです。

ミラノ・スカラ座《オネーギン》ロベルタさんが師匠サマリターニとともに手掛けた演目。取材中も上演されており、ロベルタさんはロベルト・ボッレが出演したスカラ座での初日を見届けてから日本に到着したそう。

ロベルタさんはどのようにして衣裳を製作していくのでしょうか。その工程を、改めて伺ってみました。

「まずは、音楽を聴きます。オペラでもバレエでもそれが最初です。次に演出家や振付家と話をします。そしてベッドに横になって目をつぶり、舞台をイメージします。緞帳があいて、観客の一人として、どういうものを観たいかを思い浮かべます」

観客の目になって観るというところが、ポイントのようです。

「次に生地を選びます。イメージの中でどういう素材を使うか、色などを頭の中で考えます。そして結果として出てきたものを実現化していくという作業に入ります。

最初にデザインがあるわけではなく、まずは素材を見たり触ったりしてからデザインを始めます。照明を反射するとどう見えるかといったことが重要です。フラットではなく動きのあるものにしたいんです。自分が観客だったら退屈なのは嫌ですものね。素材を手にしてインスピレーションで色を決めます。」

衣裳というのは、舞台上のキャラクターや役割、その時の立場や印象を表現するものですから、素材や色は重要なファクターです。

「今回の《ドン・パスクワーレ》の衣裳は25年前に作り、それが成功をおさめて世界中で公演され、DVDにもなりました。その同じプロダクション、私のデザインが再現されるなんて、こんなに嬉しいことはありません。これが今でも通用する衣裳だということを確信できました」

はじめての日本。イタリア×日本チームで最高の仕事を!

そして「自分のデザインを前面に押し出そうとは思っていない」とも言うのです。

「作品のキャラクターで衣裳を考えますが、歌手の方たちもプロとして役になりきろうとしますし、どうしたら衣裳が似合うようになるかもご存知です。役割を自覚していらっしゃるので、衣裳に自分を合わせてくれます。私にとって演出家やソリストたちが満足してくれて、うまく歌って表現してくれることが何より大切。そのためには、着る人が、普段の自分の服を着る感覚で着られて、着心地もよくなくてはなりません。ですから素材は、軽くて、苦にならないものを選ぶように心掛けています」と、衣裳づくりの真髄を明かしてくれました。

また、たくさんのオファーの中からどのように作品を選び出すのでしょうか。

「傲慢かもしれませんが(笑)、私が魅力的だと思えるかどうかで選びます。劇場だったり、国だったり……。今回はオファーをいただいて、初めての来日ですが、ずっと来たかったこの国で、良い仕事ができることを感謝しています」とニッコリ。

そもそも、この舞台衣裳の世界に入ることになったきっかけは、演出家でデザイナーのピエール・ルイージ・サマリターニさんのアシスタントをしたことからで、まったくの偶然だったとか。その出会いがあって、大きな劇場で経験を積むことができたのが今につながっていると語ります。

ピエール・ルイージ・サマリターニ(1942-1994)。世界的な演出家、舞台美術・衣裳家。
©Maria del Pilar Munoz Fontaine
From the Samaritani Archive

「新制作のたびに生まれ変わったような新鮮な気持ちになります。ゼロからすべてをつくりだす新しい挑戦をして、いつもフレッシュで、だから、とっても幸せ」

凛(りん)として、でも温かい。エネルギーに満ち溢れていて、包み込むような優しさをもつ、とてもチャーミングなロベルタさんは、細やかな心配りでスタッフたちも写真撮影に巻き込みました。

舞台衣裳をじっくりと観るためにも、これからは私、絶対にオペラグラスを忘れないようにしないとな。

共に準備した衣裳を囲んで、ロベルタさん、リーナさん、加藤さん、小栗さん(左より)。
公演情報
新国立劇場《ドン・パスクワーレ》
公演日時:

2019年11月9日(土)14:00 
11月11日(月)19:00
11月13日(水)14:00(託児サービス利用可)
11月16日(土)14:00(託児サービス利用可)
11月17日(日)14:00 

会場: 新国立劇場オペラパレス

料金:S席27,500円 A席22,000円 B席15,400円 C席8,800円 D席5,500円

S席が5000円/11.000円になるu25/u39優待メンバーズは各公演前日まで受付。

指揮:コッラード・ロヴァーリス
演出:ステファノ・ヴィツィオーリ
美術:スザンナ・ロッシ・ヨスト
衣裳:ロベルタ・グイディ・ディ・バーニョ
照明:フランコ・マッリ
演出助手:ロレンツォ・ネンチーニ

出演:
ロベルト・スカンディウッツィ(ドン・パスクワーレ)
ビアジオ・ピッツーティ(マラテスタ)
マキシム・ミロノフ(エルネスト)
ハスミック・トロシャン(ノリーナ)
千葉裕一(公証人)

東京フィルハーモニー交響楽団
新国立劇場合唱団

岩崎由美
岩崎由美 ジャーナリスト、フリーアナウンサー

東京生まれ。上智大学卒業後、鹿島建設を経て、伯父である参議院議員 岩崎純三事務所の研究員となりジャーナリスト活動を開始。その後、キャスター、レポーターとしてテレビ、ラ...

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