インタビュー
2020.09.18
9月の特集「バッハ」

芸術を理解する必要はない。感じ、楽しむ——古楽奏法の革命家シギスヴァルト・クイケン

バロック・ヴァイオリン奏法のパイオニアであり、古楽オーケストラ「ラ・プティット・バンド」の指揮者でもあるシギスヴァルト・クイケン。彼はどのように、古楽ヴァイオリン奏法の特徴である「顎当てなし」の演奏に辿りついたのか。古楽器を用いて、何を伝えようとしているのか。そして彼の感じるバッハの魅力。ラ・プティット・バンドでの演奏にも参加するフラウト・トラヴェルソ奏者の柴田俊幸さんが迫ります。

取材・文
柴田俊幸
取材・文
柴田俊幸 フルート、フラウト・トラヴェルソ奏者

ベルギー在住のフルート奏者。ブリュッセル・フィルハーモニック、ベルギー室内管弦楽団などで研鑽を積んだ後、古楽の世界に転身。ラ・プティット・バンド、イル・フォンダメント...

photos: Malou Van den Heuvel

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皆さんはラ・プティット・バンドという団体をご存知でしょうか? 古楽復興運動のパイオニアの一人、ヴァイオリニストのシギスヴァルト・クイケンが立ち上げたベルギーの名門古楽オーケストラです。

多くの若手古楽器奏者がそこで演奏し実力をつけ、巣立っていきました。例えるならば、ラ・プティット・バンドは老舗のお寿司屋さん。多くの板前さんが憧れて弟子入りし、そこで修行を積み、将来的には自分のお店を構えるために独立する、と言ったような感じでしょうか。

ところで、シギスヴァルト・クイケンの残した功績は? 一言で答えるならば、現在、古楽のヴァイオリン奏法として一般的な「顎当てなし(チン・オフ)で演奏を始めた人」です。そんな彼へのインタビューです。

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インタビューはクイケンさんのお宅で行なわれた。柴田さんは何度かヨーロッパでラ・プティット・バンドに参加しており、2021年の来日にも同行する予定だ。

「顎当てなし」の革命——生徒たちとともに育んだ20世紀の古楽奏法

——顎当てなし(チン・オフ)で演奏し始めたきっかけを聞かせてください。

クイケン 私がチン・オフで演奏し始めたのは、私が20歳、1969年ごろだったと思います。その当時のバロック奏法というのは、なんちゃっての古楽奏法でした。バロック弓とガット弦をはっていたものの、演奏のテクニックそのものはモダンのヴァイオリン奏法と同じでした。もちろん顎当てありです。

私自身もその様式で演奏していたのですが、ある日、もう嫌になってしまいました。何かが違うと感じ始めたのです。そこで、昔の教則本や絵画などを通じて研究をしてみることにしてみました。すると驚くことに、17世期、18世期の演奏法ではチン・オフでの演奏が一般的だったことを発見したのです。この方法で演奏を試みるも、1回目は楽器を構えることもできず、2回目はグラグラしながら構えたものの音が出せず、3回目に弾くことはでき……少し希望をもちましたが、その様子は散々なものでした。

一時は「こんなの無理だ!」思いもしましたが、それでも諦めずに演奏し続けました。その時、私以外で同じことをしようとしている人はいなかったのです。周りの人はそんな私を見て「頭いかれちゃったな」と思っていたことでしょう。顎当てがないことで、いろいろな制約ができた一方で、その制約のなかで美しく響く音楽、つまり新しい「言語」を見つけたのです。事実、いろいろな意見がありましたが、結果うまくいったのです。今となっては、バロック・ヴァイオリンは顎当てなしで演奏することが当たり前になりました。

シギスヴァルト・クイケン(指揮/ヴァイオリン)オランダ・バッハ・ソサイエティ
バッハ作曲カンタータ第75番「乏しき者は食らいて飽くことえ」
クイケンさんをはじめヴァイオリニストが、現代のヴァイオリンでは顎と楽器のあいだに挟む「顎当て」を使わずに演奏している。

クイケン 1971年、デン・ハーグの音楽院で教えてみませんかとフランス・ブリュッヘン(1934-2016 オランダ出身、古楽界の草分け的指揮者、リコーダー/フルート奏者)から申し出がありました。まだ、試行錯誤しながら、チン・オフを試していた頃の話です。まだ人に教えられる状況ではないと考えていたので、3ヶ月間このオファーを断ろうかどうかと悩みました。でも、私が断ったら、他の人が教えにくることになり、そこにバロック・ヴァイオリン奏法の革命は起こらないのかな、と考えるようになりました。ひょっとしたら私は、演奏法の歴史のなかで革命をおこせるかもと考えていたのです(笑)。というわけで引き受けました。

生徒に教えることで私自身も多くを学び、生徒と一緒に演奏法が育ったのです。まず、生徒に教えるということは、彼らに説明する必要があります。他人に説明するということは、自分に説明しているのと同じです。徐々に自分の中でも思考が煮詰まっていくのがわかりました。トライ・アンド・エラーを繰り返し、ときには仮説が間違っていたこともありました。しかし、このプロセスはとても重要だったのです。とても幸せな時間でした。

楽譜から「いい音楽」を「召喚」させる手助けをする

——モダンとバロックの演奏法の音楽的、そして精神的な違いを教えてください。

クイケン あまり違いはないのではないでしょうか? すべての音楽を演奏するのに、それがバロック音楽でも現代音楽でも、もっとも必要なものは、「知的な謙虚さ」と「作品への理解力」だと思っています。それらがあると、作品の性格が自然と定まり、楽曲に内面からの命が宿ります。

エゴが一番初めに出てこないことも忘れてはいけません。もちろん、一部の音楽では、主観的なアプローチを求めるものもあります。音楽家の才能というものをもっていた方がいいに決まっています。そんな場面でも、作品をエゴで固めてしまってはいけません。作品の影にエゴが隠れているのもだめです。とにかく、楽譜から読み起こすこと、それが音楽家の役目です。

——あなたにとって、古楽器でバッハ弾くことはどのような意味をもっていますか?

私自身バッハの作品を演奏する上で、彼にできるだけ近付きたい。これが目的です。それは多分バッハの時代の音楽家たちもやっていたことでしょう。モーツァルトの時代でも同じ。そして今の古楽器奏者たちも同じことをしています。

私にとって一番大事なのは、作品と楽器のあいだに生まれる「ビビビッ」という感覚、これを古楽器という媒体を通して探し求めているのです。感覚的ですいません。

クイケン 個性は自然に出てくるものです。どれだけシンプルに、謙虚な気持ちで演奏しても、違う人が演奏すれば、結果は変わってくるのです。違いを作ろうとする必要はまったくありません。あなたの仕事は音楽を鳴らしてあげることです。もちろん個人的な意見をもつことはいいことですし、それを全否定はしません。ただ、それが最初に来る必要はないのです。一番最初にすべきことは、音楽を楽譜から読み起こすことです。音楽のコンセプトを変えるべきではありません。

古楽では、半分以上のことは楽譜には書かれていません。強弱やクレッシェンド、リタルダンドなど。そういうものは書かないのが習慣でした。必要なときはやるべきですが、ではいつ必要なのか? それは、歌詞、もしくはハーモニーが「そうしてくれ」と言っているときです。もちろん低音部から音楽はいつも動き出します。メロディなんかで判別しようとしないでください。このように音楽を作っていくと、音楽が首尾一貫するのです。音楽家は、音楽を「召喚」する手助けをするのです。「いい音楽」をです。

そして、音楽とコラボレーションすることを楽しみましょう。それが秘密です。正直なところ、私はこのアプローチでベートーヴェンやメンデルスゾーンを演奏します。ストラヴィンスキーでもそうです。

——いや、たぶん、ストラヴィンスキーも「好きー!」っていうと思います。新古典主義の音楽(20世紀前半に起こったバロック、古典派の音楽の明快さを模範とした芸術運動)は、古楽器奏法でやると面白いと思います。ミニマル・ミュージックも古楽器であれば、より透明感のある響きになりますし。このアプローチは大事ですね。

クイケン そうですね。ストラヴィンスキーなら好んでくれるはず(笑)。有名な指揮者になればなるほど、楽曲本来の価値よりも、どうしても彼らがもっている楽曲へのイメージに演奏を寄せていく傾向がある。そういうやり方は、大観衆の前だとそれがうまく行くと思います。

音の洪水に溺れず、がんばるのをやめてみる

——最近流行のオンラインの動画配信等についてどう思いますか?

クイケン たくさん技術があるみたいで、すごいね。コロナ禍にはぴったりだと思います。ただ、自分にとっては少しゲームのような感じに見えます。ですのであんまり興味はありません。そこにはリアリティがないから。もちろん、慈善事業とかいいもののために使われるのでしたら、是非やってみたいです。ただ、早く、日常の生活にもどって、普通の演奏会ができるようになって欲しいです。

——クラシック音楽以外、特にポップミュージックなど聴いたりはしませんか?

クイケン もちろん古楽も、今のポップスのように当時の人々に愛されたのかもしれませんが……私にとって、最近のポップスはとくに歌詞がひどい。ハーモニーも原始的なので、好きと言うことはできません(笑)。

実は正直なところ、普段から音楽全般、クラシック音楽も聴いたりはしません。もし聴くことがあっても、BGMとしては絶対に聴きません。レストランなどで「いい音楽」がかかっていたら、心地いいのですが、最近はブンブンブンって感じの音楽ばかりで……「無音」が一番です。

現代は音、ノイズに溢れています。音の洪水。我々の心に悪影響を与えていると思います。なぜかというと自分の心に耳を傾けることを忘れてしまうからです。より大きく、より多く、より速く、より派手に……なんだかソ連のスローガンのようです。

われわれ現代人はそれに抵抗するべきです。がんばるのをやめてみましょう。音に溺れないように、無視してみましょう。もちろん、いつもは難しいですが。

ラ・プティット・バンドのヴィオラ奏者、マネージメントも行なう奥さまのマルレーン・ティアーズとともに。

「Just feel it」理解を超えたところにある芸術を受けいれて、感じる

——バッハの中で一番好きな曲はなんですか? 馬鹿な質問かもしれませんが。

クイケン えーと、世の中には「馬鹿な質問」なんてありません。あるのは「馬鹿な回答」だけ(笑)。答えは…..わからないな。「マタイ受難曲」はやはり特別です。でも、「ヨハネ受難曲」も捨てがたい。ヨハネのなかのアリアを聴いていると、「なんだこれは」という音楽で、別世界に連れていかれる感覚がたびたびあります。

「ヨハネ受難曲」シギスヴァルト・クイケン指揮 ラ・プティット・バンド

クイケン あと『音楽の捧げ物』はやはりいいですね。トラヴェルソ奏者だから、あなたもわかるでしょう。あとはヴァイオリンとチェロの無伴奏作品とか……。

『音楽の捧げ物』から「6声のリチェルカーレ」弟のバルトルト(フラウト・トラヴェルソ)、兄のヴィーラント(ヴィオラ・ダ・ガンバ)、ロベール・コーネン(チェンバロ)とともに。

クイケン バッハというのは、我々の想像を超えたところで生きていました。テレマンやヘンデルと同じ音楽言語で作曲しているのに、バッハだけはまったく違います。シェイクスピアは英語で書かれていますが、今日の英語のネイティブ・スピーカーでもあのように美しい文章は書けません。それと同じです。孤高の存在。

あぁ! モーツァルトを忘れてました。この2人は直接会ったことはないけれど、同じ神の言語をあやつってます。私としては、ただただ彼らを受け入れることしかできません。我々の理解を超えたものだからです。

インタビュー場所を庭に移し、ワインも入って、話がはずむ。

——芸術を理解するってなんなんでしょうか?

クイケン 芸術を叙述することはできます、芸術を分析することはできます、そして芸術に親しむことはできます。でも理解することってできるんでしょうか? そうなると、その質問は間違っているわけです。理解なんかしなくていいのです。「Just feel it」そして、芸術を楽しむことです。

もしも理解することができなかったとしても、芸術に関わりましょう。長い人生、理解できないこともたくさんありますが、だからといって生きることをやめません。ミステリーの中を楽しんで生きるのです。

来日情報
新・福岡古楽音楽祭 2020 特別編

日時: 2021年1月26日(火)18:30

会場: 福岡シンフォニーホール

曲目: J.S.バッハ作曲「マタイ受難曲」

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取材・文
柴田俊幸
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柴田俊幸 フルート、フラウト・トラヴェルソ奏者

ベルギー在住のフルート奏者。ブリュッセル・フィルハーモニック、ベルギー室内管弦楽団などで研鑽を積んだ後、古楽の世界に転身。ラ・プティット・バンド、イル・フォンダメント...

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