“室内楽は会話”をブルーローズの親密な空間で体感しよう! 館長・堤剛が語る「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2019」
クラシック・リスナーの間では「通好み」なジャンルだと思われがちな室内楽(弦楽四重奏やピアノ三重奏など少人数の演奏者によるアンサンブル)。けれども、はじめての人にこそ聴いてほしい! そんな室内楽の魅力をサントリーホールの館長でチェロ奏者の堤剛氏に伺った。
音楽に関する雑誌や本の編集者・ライター。鎌倉出身。上智大学文学部新聞学科卒業。音楽之友社『レコード芸術』編集部、音楽出版社『CDジャーナル』副編集長を経て、現在は子育...
室内楽は基礎体力を養う
サントリーホールでは、毎年初夏の季節に、ブルーローズ(小ホール)で約半月にわたる室内楽の祭典「チェンバーミュージック・ガーデン」が開催されている。9回目を迎える今年も、6月1日から16日の期間中に全19公演を予定。いまやすっかりサントリーホールのひとつの顔ともなっている名物企画だが、その立ち上げには「日本に室内楽の土壌を作りたい」という堤剛氏の強い思いがあったという。
「日本にはたくさんの素晴らしい演奏家がいて、コンサートを聴きにいらっしゃるお客さまのレベルも高く、世界でも有数のクラシック大国です。けれど、室内楽という分野は、これまで欧米に比べると馴染みが薄かったのではないでしょうか。音楽学校で室内楽の授業はあっても、室内楽奏者として生計を立てていくのは難しいという状況もありました。
そういったなかで、私どもサントリーホールが日本の音楽界にどのような貢献ができるかを考えたとき、もっと室内楽に力を入れるべきではないかという結論に至ったのです。
室内楽のアンサンブルというものは、音楽のいちばんの土台になる部分です。ベルリン・フィルやウィーン・フィルといった海外の一流オーケストラの団員は、若い頃から学校でも仲間内でも日常的に室内楽を演奏し、アンサンブルというものが彼らの血となり肉となっています。
ですから、オーケストラの規模になっても、アンサンブルが巧みなわけです。そのような意味で、演奏家にとっての基礎体力を養う室内楽を日本に根づかせることが、日本の音楽界全体の底上げにつながると考えました」
アンサンブルは会話そのもの
こうした視点は、サントリーホールの館長であると同時に、日本を代表するチェリストでもある堤氏ならではと言えるだろう。1991年にサントリーホールにおいて竹澤恭子、豊嶋泰嗣らとともにフェスティバル・ソロイスツを結成、2011年までの20年にわたり国内外から多彩なゲストを招いて室内楽コンサートを開催してきた積み重ねが、このチェンバーミュージック・ガーデンにつながっていったことは想像に難くない。
「フェスティバル・ソロイスツは、サントリーホールの開館5周年を記念して結成したアンサンブルでした。たしかにチェンバーミュージック・ガーデンは、その発展形と言えるかもしれません。
私自身、チェロ奏者として活動するなかで、いかにアンサンブルが大切か身をもって感じてきました。アンサンブルの要はお互いの音を聴き合うこと。まさに会話そのものなんですね。その経験を積むことによって、ソロで演奏するときも客観的に自分の音を捉えることができたり、作品の構造を含め、いろいろなことが見えてきたりします。
また、こういうことを表現したい、こういう色彩で描きたいといったことを、ソロの場合は自分ひとりで決めていくわけですが、アンサンブルではメンバー同士でいろいろな意見を出し合い、より素晴らしいものができあがっていく。そのプロセスがとても勉強になります」
毎年の「ベートーヴェン・サイクル」でグループの聴き比べにも
毎年チェンバーミュージック・ガーデンの核となっているのが、注目のクァルテットによるベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲演奏会「ベートーヴェン・サイクル」。今年は、世界中のコンサートホールから引っ張りだこの精鋭、クス・クァルテットが来日し、全16曲を作曲年順に、5回のコンサートにわたって演奏する。「ちょっと敷居が高いかも?」と思う方も、まずは体験してみてほしいと堤氏は語る。
「ブルーローズというホールは音響も素晴らしいですし、音のバランスがとても良いので、室内楽に向いていると思います。
しかも、チェンバーミュージック・ガーデンのときは、舞台を真ん中に、お客さまがそのまわりを囲むような形にしていますから、演奏家の息遣いまで感じられるような、インティメイト(親密)な空間になっています。室内楽は会話だと先ほども申し上げましたが、特別にありがたいものを聴くというよりも、生活の一部として受け止めていただければよいのではないでしょうか」
「ベートーヴェンの全曲演奏会は、毎年違うクァルテットが演奏しますが、グループによって演奏する順番も異なりますし、作り上げられる音楽もさまざまです。それぞれの特徴を比較しながら、室内楽の奥深さを感じていただけたら嬉しいですね」
クス・クァルテットによる最後の回では、現代の作曲家ブルーノ・マントヴァーニによる新曲、弦楽四重奏曲第6番《ベートヴェニアーナ》が世界初演されるとのことで、そちらも楽しみ。
さらに、この公演のために日本音楽財団が所有している世界最高峰の楽器、ストラディヴァリウスの4挺セット「パガニーニ・クァルテット」が貸し出されるというニュースも入ってきて、大きな話題となりそうだ。
動画:クス・クァルテットの演奏によるベートーヴェンの弦楽四重奏曲 第9番 作品59-3
室内楽アカデミーのフェロー=仲間と作り上げる
サントリーホールでは、室内楽のコンサートを開催するだけでなく、堤氏がディレクターを務める「室内楽アカデミー」を通して、若手演奏家の育成にも取り組んでいる。
第5期を迎える現在は、弦楽四重奏の5団体、ピアノ三重奏の2団体の26名が所属し、月2回のワークショップで元東京クヮルテットの原田幸一郎、池田菊衛、磯村和英をはじめ世界的な演奏家の指導を受けている。
「室内楽アカデミーでは、受講生という言葉を使わずフェロー(仲間)と呼んでいます。先生と生徒という形ではなく、仲間として一緒になにかを作り上げていくのが室内楽の基本ですから、指導する側にも学ぶことがあるでしょう。
近年ではその成果が少しずつ出てきたのか、昨年のミュンヘン国際音楽コンクールのピアノ三重奏部門において、室内楽アカデミーの第3期生で結成された葵トリオが、日本人団体史上初の第1位を受賞しました。チェンバーミュージック・ガーデンでも、目玉となる海外の有名なクァルテットの公演だけでなく、室内楽アカデミーのフェローが出演する公演にも多くのお客さまがいらしてくださるようになり、手応えを感じています」
クラシック・シーン全体を見渡しても、国内外ともに若手アンサンブルの活躍が目覚ましい昨今。いちはやくお気に入りのアンサンブルを見つけて、彼らの成長を応援しながら継続的に聴いていくのも、ひとつの楽しみ方かもしれない。
今年のチェンバーミュージック・ガーデンでも、「ENJOY! 室内楽アカデミー・フェロー演奏会」のほか、オープニングを飾る「堤剛プロデュース 2019」などでも、フェローたちの演奏を聴くことができる。
「私がプロデュースするオープニング公演は毎年違った企画を立てているのですが、今年は“みんなで一緒に弾く”というコンセプトで、フェローによる弦楽合奏で協奏曲などを演奏することにしました。
ヴィヴァルディの《2つのチェロのための協奏曲》では、フェローのひとりである築地杏里さんと私がソロを担当します。ハイドンのチェロ協奏曲第1番では、私が弾き振り(演奏しながら指揮すること)をして音楽を引っ張っていこうと思っています。チャイコフスキーの《弦楽のためのセレナード》は、フェローが一緒に演奏したら一体どんな音がするんだろう? と私自身、今から胸をわくわくさせています」
色とりどりの花のように
チェンバーミュージック・ガーデンでは、ほかにもサントリーホールが所蔵する1867年製のエラール・ピアノによるコンサート「エラールの午后」や、平日13時からの60分間のコンサート「プレシャス 1 pm」、平日19時30分からの「ディスカバリーナイト」、アジアで活躍するアーティストたちのここでしか聴けない共演による「アジアンサンブル@TOKYO」など、多彩なコンサートが日夜開催される。
「ガーデンという言葉の通り、色とりどりの花があちこちに咲いているように、さまざまな作品を、さまざまなアンサンブルの演奏でお楽しみいただければと思っています。最近では週末などに電車に乗っていましても、きっとクァルテットをやっているんだろうなと思しき楽器を持った若い人たちの姿を、以前よりもよく見かけるようになりました。そうやって少しずつでも、日本に室内楽の文化が根づいていくことを願っています」
注目公演をピックアップ!
ディスカバリーナイト Ⅰ
会社勤めの人に嬉しい平日19時30分からの「ディスカバリーナイト」は、音楽家があたためてきたとっておきの企画を、トークも交えてお披露目するシリーズ。第1夜はテノールのジョン・健・ヌッツォがシューベルトの《美しき水車屋の娘》をはじめ瑞々しい歌を聴かせてくれる。
ディスカバリーナイト Ⅱ
第2夜は、NHK交響楽団首席トランペット奏者の菊本和昭と、同団打楽器奏者の竹島悟史を軸に繰り広げられるコンサート。ダイナミックな技と繊細なアンサンブルの妙を堪能できることだろう。
アジアンサンブル@TOKYO
世界の舞台で目覚ましい活躍を見せるアジアの演奏家たちによるコンサート。今年は、ともに1986年生まれのハン・スジン(韓国生まれのヴァイオリニスト)と宮田大(チェリスト)に、パヴェル・コレスニコフ(シベリア生まれのピアニスト)が加わった一夜限りの豪華共演となる。
アンサンブル・ラロ 結成15周年のピアノ四重奏
コンスタントに活動を続けているピアノ四重奏団は珍しい。なかでもアンサンブル・ラロはウィーン・フィルのチェリスト、ベルンハルト・直樹・ヘーデンボルクらヨーロッパで活躍する若い世代からなる気鋭のグループ。ラトヴィアの作曲家ヴァスクスのピアノ四重奏曲も聴きもの。
会期: 6月1日(土)〜16日(日)
会場: サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
~サントリー芸術財団50周年記念~
堤剛がディレクターを務める室内楽アカデミーによるコンサート。今年は弦楽合奏に取り組み、堤剛とフェローの築地杏里による2本のチェロが掛け合うヴィヴァルディなど3曲をプログラム。指揮者なしの緊密なアンサンブルに期待!
弦楽四重奏曲全16曲を作曲年順に演奏し、最終回には、ベートーヴェン作品の断片が繰り広げられるユーモラスな委嘱作品、マントヴァーニの「ベートヴェニアーナ」も披露される。
コンサートホールで生の演奏に触れる機会の少ない特別支援学校の子どもたちのための招待のみの公演。ヴァイオリンの渡辺玲子さんの企画で、間近に室内楽を感じてもらえるコンサートに。
平日昼間13時から60分のコンサート。和やかなトークもあるので、くつろぎの時間に。お得なペア券で、家族や友人と体験を共有してみては?
仕事帰りの場合でも間に合いやすい、平日19時30分からのコンサート。音楽家が温めてきた企画やトークから、新しい発見があるかもしれない。
サントリーホールが所蔵する1867年製のピアノ、エラールによるコンサート。今回は「第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール」優勝者、トマシュ・リッテルを迎えてのソロや協奏曲(室内楽編成)のプログラム。
アジアのアーティストたちのハブの役割を果たせればと立ち上がったプログラム。1986年生まれの韓国のヴァイオリニスト、ハン・スジンと、チェロの宮田大に、シベリア生まれのピアニスト、コレスニコフという初顔合わせのピアノ三重奏。
ウィーン・フィルのチェリスト、ヘーデンボルク・直樹をはじめ、国籍はバラバラだけれど音楽的に共通のルーツをもち、ヨーロッパで活躍する若い音楽家によるグループ。
チェンバーミュージック・ガーデンに登場したアーティストが大集合。珍しい編成の作品がこの日限りの音楽家の組み合わせで聴けるチャンス!
問い合わせ:
インターネットの場合、公演カレンダーの各公演タイトルをクリックして詳細ページから購入。
電話の場合、サントリーホールチケットセンター Tel. 0570-55-0017
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