インタビュー
2020.07.23
7月の特集「ダンス」

世界遺産のアルゼンチン・タンゴは身体で会話する世界の共通言語! クリスチャン&ナオが語る魅力

日本では戦前から人気があったという、アルゼンチン発祥のダンス「タンゴ」。哀愁を帯びたメロディや、激しいリズムが印象的な音楽に心奪われる人も少なくないのでは。この音楽とボディ・ランゲージで生み出す情熱的なダンスの魅力を、日本を中心に活躍されているタンゴダンサー、クリスチャン&ナオのおふたりにたっぷりと語っていただいた。

取材・文
山﨑隆一
取材・文
山﨑隆一 ライター

編集プロダクションで機関誌・広報誌等の企画・編集・ライティングを経てフリーに。 四十の手習いでギターを始め、5 年が経過。七十でのデビュー(?)を目指し猛特訓中。年に...

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港、酒場、移民――タンゴの根っこにあるキーワード

世界中で親しまれ、2009年にはユネスコの無形文化遺産に登録されたタンゴ。その起源はアルゼンチンやウルグアイ(ラプラタ川周辺地域)にあるとされ、ほかの南米の音楽と同様、さまざまな文化が混ざり合って生まれたものだ。ヨーロッパからやってきた白人たちがもたらしたワルツやポルカ、アフリカから労働力として連れてこられた黒人たちの伝統を受け継いだ舞曲カンドンベ、そしてガウチョと呼ばれるカウボーイ(スペイン人と先住民の混血が多かった)の歌などが混然一体となり、さらにキューバから伝わったハバネラが大きな影響を与え、その原型が出来上がった。19世紀の後半、ブエノスアイレスの港があったボカ地区の酒場では、貧しい労働者たちがその音楽に合わせて踊っていたという。娼婦を連れてきて男女のペアで、あるいは男同士でも踊っていた、なんて話もある。

 

1880年に出版された「バルトーロ」という曲がタンゴの名を冠した最初の曲だといわれている。当時の演奏に使われていた楽器は、ギター、バイオリン、フルートなど。この頃から急速な近代化を推し進めたアルゼンチンは、20世紀初頭までに300万人もの移民をヨーロッパから受け入れるのだが、そのときに持ち込まれたのがドイツで作られた楽器、バンドネオンで、以後、この楽器がタンゴの代名詞的な楽器になっていった。

 

憂いを含んだ独特のメロディや躍動的なリズム、そして港、酒場、移民というキーワードからは、「情熱」とか「哀愁」なんていう言葉を連想するが(ブラジル音楽でいう「サウダーヂ」みたいなものだろうか)、ヨーロッパに伝わったタンゴは、より洗練されてクラシック音楽的な、サロンでの社交ダンスに使われる優雅なもの(コンチネンタル・タンゴ)へと進化していった。日本にも1920年代にはコンチネンタル・タンゴが紹介されている。20世紀後半には、アストル・ピアソラが「踊る」よりも「聴く」音楽としてタンゴの地平を広げたのは周知のとおりである。

 

さて、前置きはこれぐらいにして、インタビューをお届けしよう。このたび、ダンスとしてのアルゼンチン・タンゴの魅力をお聞きしたのは、東京・南青山でタンゴサロン「ブエノス・アイレス」を主宰するクリスチャン&ナオの2人。2008年のペア結成以来、数々の選手権で優勝・入賞し、ステージでの経験も豊富なカップルだ。

アルゼンチン・タンゴに魅せられた2人

クリスチャン&ナオ(Cristian y Nao)
2008年よりペアとして本格的に活動を開始。東京都内でレッスンを行なうかたわら、国内外でさまざまなミロンガやイベントでショーを行なってきた。2011年から約2年間にわたりブエノスアイレスで活動。有名なHotel FaenaのタンゲリアRojo Tango のレギュラーダンサーとなる。コロンビア、ベネズエラでもイベントに参加。ブエノスアイレスでの世界選手権では2009年から2012年、4年連続サロン・ステージ両部門ファイナリストという快挙を成し遂げている。主な受賞歴として、2009年アルゼンチンタンゴ世界選手 権ステージ部門3位、2010年タンゴダンス世界選手権サ ロン・ステージ両部門3位、2012年メトロポリターノMILONGUEROS DEL MUNDO優勝。
精錬された踊りは好評があり、日本での知名度は高く、多くのファンがいる。2014年クリスティアンはブロードウェイ演出家GustatavoZajacによるミュージカルArgentangoに出演、元宝塚トップスターとの共演をはたす。2015年、表参道にタンゴサロン『Buenos Aires』をオープン。最近は東京を中心に活動し、コレオグラファーとしても多く作品に参加している。

――まず、おふたりがタンゴを始められたきっかけを教えてください。

ナオ 私がタンゴを始めたのは20代後半の頃です。それまではフラメンコやバレエを踊っていて、タンゴのようなペアダンスの経験はありませんでした。ただ、ピアソラの音楽は大好きで、ずっと聴いていたんですね。それで、知り合いから銀座のタンゴスタジオに行ってみない? と誘われたのがきっかけです。

クリスチャン 僕がタンゴを始めたのは13歳のときかな。僕たち家族はブエノスアイレス郊外のサラテという街に住んでいたんだけど、母がお祭りに連れていってくれて、若い人や子どもたちがタンゴを踊っているのを観せてくれたんだ。それで「あなたも始めてみたら?」と勧めてくれたのがきっかけだよ。

――とても初歩的というか、素朴な質問で恐縮なのですが……、アルゼンチンの方はみんなタンゴを踊れるというわけではないのですか?

クリスチャン 確かにおじいさんとかはみんな踊っていたけれど、僕はそれを見ていただけだった。当時は恥ずかしくて、自分も踊ろうなんて思いもしなかったよ。だけど、始めたらどんどん面白くなってきて、今では誇りを持ってタンゴと向き合っている。本当に、母のおかげなんだ。質問に戻ると、アルゼンチンの人みんながタンゴを踊るというわけではなくて、むしろ踊れる人は少ないかな。

ナオ 現地では、どちらかというとサルサやクンビアという、南米のポピュラーミュージックで踊るのが好まれますね。家族で集まってのアサード(バーベキュー)や、結婚式のときにも老若男女問わず、みんなでダンスをしています。若い人たちにはヒップホップも人気です。

これらは新しい流行りの曲でも気軽に踊れますし、逆にいうとタンゴは歴史の重みがあるというか、決して楽しいだけの踊りではないので、手を出しにくいのかもしれませんね。

――おふたりがペアを組んだいきさつは?

ナオ 銀座でタンゴを習い始めて、そのうちミロンガ(タンゴのダンスパーティ)に出かけるようになったんです。特に、渋谷にはアルゼンチン人の先生がいるスタジオがあると知って、そこで行なわれるミロンガに足繁く通うようになったのですが、そのスタジオでアシスタントを務めていたのがクリスチャン。一緒に踊るうちに意気投合し、ペアを組んで現在に至る、という感じです。

2012年タンゴ世界大会決勝で踊るクリスチャン&ナオ

男性が女性を目で誘う――ミロンガのルール

――タンゴの魅力を語るうえで、ミロンガは欠かすことのできないものだと思います。今回はミロンガについて詳しくお話を伺いたいんです。

ナオ まず、音楽としてのタンゴを分類すると、1920年代、40年代などの「タンゴ黄金期」をはじめ、古典から新しいものまで、時代によって特徴があります。またリズムも「タンゴ」は4拍子、3拍子の「ワルツ」、ダンスパーティと同じ名前の「ミロンガ」は2拍子です。

ミロンガでは主に30年代から50年代の曲がかかります。東京では3~4時間かけて行なうのが一般的です。

クリスチャン ブエノスアイレスでは8時間ぐらい続けるミロンガもあるんだよ。

――音楽はどのように選ぶのですか?

ナオ ミロンガにおけるダンスタイムの単位を「タンダ」というのですが、DJが1タンダ3~4曲、同じ年代や傾向の曲を流すのが一般的ですね。古典から歴史を追うように攻めていったりとか。あとは例えば、人の出入りが少なかったら静かな曲、にぎやかになってきたらリズムの強い曲を選ぶ……DJの音楽のセンスが、会場の雰囲気を左右するといっても過言ではありません。

クリスチャン DJは重要だよね。みんなが知っている曲をかけてくれないと踊りづらいし、空気を読まずにひとりよがりの選曲ばかりしていると「今日はつまらなかったね」なんて言われてしまう。DJは誰でもチャレンジできるかわりに、かなり勉強しないと辛いね。でも、最近は日本でもいいDJが増えてきていると思うよ。

クリスチャン&ナオ セレクト! 3つのタンダ

クリスチャンさんとナオさんが3つのタンダを作ってくれました。

1つめは「リズムの王」と呼ばれたフアン・ダリエンゾ(1900−1976)。2つめはダリエンゾと並び「タンゴ新古典派の2大マエストロ」と称されたカルロス・ディ・サルリ(1903-1960)。3つめは下町風の独特のスタイルで人気を博したオスヴァルド・プグリエーセ(1905-1995)の作品を、それぞれ集めたタンダです。

これをかければおうちでもミロンガ気分!

――ダンスのパートナーはどのよう選ぶのでしょう?

ナオ タンダとタンダのあいだにコルティーナという時間があって、タンゴ以外の曲がかかります。この間に踊り手はいったんフロアから外れて、次のタンダが始まるときに男性が「この曲だったら、この人と踊りたい!」という女性を誘うんです。ひとつのタンダでひとりの人と踊るのが決まりですね。

クリスチャン 女性を誘うことを「カベセオ」というんだけど、声をかけるんじゃなくて、目で合図して誘うか、頭をちょっと動かして身振りで行なうのがタンゴならではだよね。

――誘われた女性は断ることもできるのですか?

ナオ はい。ミロンガでは目で誘うのがルールなので、踊りたくなかったら目を伏せればいいんです。逆に、女性から一緒に踊りたい男性をじっと見つめて、誘わせることもありますよ(笑)。

ブエノスアイレスでのミロンガの様子。

男性がリードし、女性が応える――ミロンガの魅力は即興にあり

――女性から見て一緒に踊りたい男性とはどのような方ですか?

ナオ リズム感があるのはもちろんですけれど、それだけでなく、たくさんの曲を知っている人ですね。年齢はあまり気にしません。私もブエノスアイレスでは80歳のミロンゲーロ(ステージやショーではなく、ミロンガで踊ったり、教えたりするダンサー。女性はミロンゲーラ)と踊りましたし、有名なミロンゲーロの中には90歳の方もいらして、若い女性と一緒にデモンストレーションをされているのを見たこともあります。元気ですよね。

クリスチャン おじいさんたちは若い女性と踊るのが好きだからね(笑)。

ナオ いっぽう、おばあさんたちの中には「身体を支えてくれるから」という理由で若い男性と踊りたいという方も多いんですよ。世代を超えて一緒に楽しめるのもタンゴの大きな魅力だと思います。

――踊りは即興なんですか?

ナオ はい。ショーやステージで踊る場合には振り付けがありますが、ミロンガでは完全に即興です。そして、リードするのは男性の役目です。曲を聴いて、男性がその場でステップを作り、女性はそれに応えていく。なので、ミロンガでのダンスはよく会話に例えられますね。先ほどの話の続きになりますが、女性からすると、音楽に詳しくて、曲に合ったステップを投げかけてくれる男性と一緒に踊りたいんです。

クリスチャン そして男性は、自分の出したステップに素早く反応してくれて、合わせるのが上手い女性と踊りたい。自分が音楽に合わせて作りだす表現が、ダンスという相手とのボディ・ランゲージによって無限に膨らんでいく。そこがミロンガの面白さだと思うよ。

――再び初歩的な質問ですが、コンチネンタル・タンゴ(社交ダンスで踊られるタンゴ)とは違うんですよね?

ナオ アルゼンチン・タンゴとコンチネンタル・タンゴでは、ステップの仕方がまったく違うんです。

クリスチャン アブラッソ(男女の組み方)も違うよ。あと、コンチネンタル・タンゴは音楽もバンドネオンにこだわったりしていないよね。僕からしたら、バンドネオンが入ってないとタンゴじゃないし、踊るときにも気持ちが入らないな。

1929年のタンゴ楽団の写真。バンドネオンはドイツで発明され、アルゼンチンに持ち込まれた楽器。見た目はアコーディオンに似ているが、鍵盤がなく、蛇腹を両方から押し引きするなど、かなり違いが多い。

タンゴを覚えれば、世界中に友だちができる

――さて、読者の中にはこれからタンゴを始めてみようか、という方もいると思います。例えばおふたりのスタジオ「ブエノス・アイレス」には初心者も多いのでしょうか?

ナオ 未経験の方も多いですよ。年齢的には30~50代が中心ですね。いちばん上は80歳の方がいらっしゃいます。もちろん、ミロンガも開催していますよ。夜は割と遅めの時間帯にやるのですが、主婦の方でも参加しやすいように平日の昼間にもやっています。もっとも、現在は新型コロナウイルスの影響で、皆さんが思うような活動をできているわけではないのですが。

――改めて、タンゴを始めるとどんないいことがあるでしょう?

ナオ 世界文化遺産に登録されていることからわかるように、タンゴは世界中に愛好者がいて、どの国に行ってもミロンガが開催されています。ですから、海外旅行に行って、滞在先でミロンガに参加することもできるわけです。タンゴを覚えれば、たとえ言葉が話せなくてもミロンガを通じてタンゴで交流できる。世界中に友だちができますよ。

クリスチャン アルゼンチンでは「タンゴは心臓にいい」ってよく言われるよ。心臓が悪い人にはタンゴを勧めることが多い。あと、パーキンソン病の人にも。集中とリラックスを繰り返すのがいいのかな。健康にいいということだよね。

ナオ さっきクリスチャンも言っていたけれど、2人で組んで踊ると、本当に身体で会話をしているみたいなんです。これは、ひとりだけでは絶対に感じられないもの。もし興味があったら、ぜひミロンガに遊びに来てみてください。別に踊らなくても参加できますから。

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