インタビュー
2019.09.02
バレエダンサー・振付家・演出家 熊川哲也インタビュー

熊川哲也、音楽へのリスペクトを胸に送り出す2つの新作――『カルミナ・ブラーナ』『マダム・バタフライ』

Kバレエカンパニーを率いる熊川哲也さん。ダンサー・振付家として、意欲的な新作バレエを数多く世に送り出してきました。20周年を迎えた2019年に初演するのは、オルフの名作《カルミナ・ブラーナ》と、プッチーニのオペラ《蝶々夫人》を扱った2作品。
常に音楽へのリスペクトとともに活動をしてきたという熊川さんに、作品のコンセプトや創作過程を語っていただきました。

聞き手・文
高橋彩子
聞き手・文
高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

photo 増田慶

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多くの新作バレエを送り出した10年間

――Kバレエカンパニー20周年おめでとうございます。熊川さんにはちょうど10年前にもお話をうかがいましたが、この10年間は新作が充実していた印象です。

熊川 これだけのスピードで大型バレエの新作を生み出しているバレエ団は、日本にはKバレエカンパニーだけなのではないでしょうか。今、世界各地の公立劇場は僕の世代の芸術監督が率いていますが、皆「公費を使わずにそこまでできてすごいね」と言ってくれます。

そもそもクラシック・バレエの演目は10数作しかない。それをバレエ団それぞれの色で上演しているわけですが、やはり新しい作品もないとバレエが循環しないですよね。

――それにしても今年9月に『カルミナ・ブラーナ』、10月に『マダム・バタフライ』と、これだけタイトなスケジュールで新制作が続くことは珍しいのではないでしょうか?

熊川 そうですね。最近わかってきたのは、創作する/しないや、その時期に関しても、全部決められる立場になると、やはり自分の中に目標を立てて原動力にしないと突き進めないということ。もちろん、根底にはいつもピュアな創作意欲がありますが、大人になってくれば(笑)気持ちに波も出てくる。

今回は、我々のメインの活動であるKバレエの本公演『マダム・バタフライ』に、僕がオーチャードホールの芸術監督でありKバレエがフランチャイズのカンパニーであるBunkamuraの30周年記念事業として『カルミナ・ブラーナ』が入ったことで、『マダム・バタフライ』に対する勢いも増してきました。

――つまり、敢えて自分を追い込んでいる?

熊川 確かに、少しアスリート的要素がありますね。『カルミナ・ブラーナ』が1時間半もの、『マダム・バタフライ』が2時間もので、合計100何十曲振り付けているから、そこを乗り越える自分がカッコいいと思わないと難しいかもしれません(笑)。

ただ、アスリートは結果を出したら燃え尽きてしまう可能性があるけれど、僕らの世界には1位や優勝がないことが幸いしたと思います。今は、自分はすでに高いところへ登って、ある程度さまざまなことが見えてしまっている中で、後輩をその高みにもっていく親心と、自分自身をどうするか、という状況ですね。

――『カルミナ・ブラーナ』はカール・オルフの“世俗的カンタータ”、『マダム・バタフライ』はプッチーニのオペラと、どちらもクラシック音楽をもとにした作品になりますね。『マダム・バタフライ』の会見では「バレエは音楽がすべて」とおっしゃっていましたが。

熊川 音楽がなければバレエは成立しないと常に思っていますよ。音楽に対するリスペクトは人一倍あると自負していますし、挑戦も人一倍している。僕が作った『第九』は、バレエへの見識がなければ、お遊戯にしか見えないと思う方もいたようで、批判もたくさんいただき、非常に苦しい思いをしました。でも、ベートーヴェンでもオルフでも、彼らと対等に並ぶつもりで作ることが、リスペクトであり、良い作品につながると僕は考えているんです。

『カルミナ・ブラーナ』の悪魔的な音楽に導かれて

――では、今回の創作にあたり、《カルミナ・ブラーナ》の音楽を聴いてどんなインスピレーションが湧きましたか?

熊川 悪魔的な曲ですよね。強迫観念に駆られる恐怖感と、深いところに引きずり落とされる感じが、あの音楽にはありました。それですぐに、女神フォルトゥーナと堕天使ルシファーが恋に落ちて生まれた少年アドルフの物語を思いついたのです。

アドルフ少年が世の中に出て触れたものはすべて、汚染されたり、水が枯れたり、あるいは触れ合う人の悪魔的な要素を引き出したりしてしまいます。友だちができず孤独を深める彼は、ほどなく自分の力に気づき、何百万もの人を殺してしまう。やがて、彼の周りに集まる人も出てきて、平和が実現しそうにもなるけれど、時すでに遅し。お母さんに殺められる運命を迎えるんです。

――アドルフという名前は、オルフの同時代人であるヒトラーに由来するのですよね? 

熊川 僕はハリウッド・スターみたいに社会的な活動を率先して行なうタイプではなく、自然に平和を願う一市民に過ぎませんが、オルフが作曲した1930年代のドイツという時代背景、そしてプロパガンダにも使われかけたというあの曲からして、自然に導かれたと思います。

実際、社会の崩壊や自然破壊、戦争、温暖化、殺人……など色々なニュースが飛び交っている今と、あの時代は変わらなかったわけで。この作品はそこから僕が発想した物語であり、社会に対するある種のメッセージでもあり、さらには人間の、どこから来てどこに行くのかという永遠のテーマが見え隠れする感じにしたいと考えています。

――踊りと、ソリストや合唱が歌う歌詞とは、どのくらいリンクするのでしょうか?

熊川 歌詞を見てそのテーマを拾って、自分の脚色としてまとめていますから、要素が入っている、という感じでしょうか。

――確かに、役名にあるヴィーナスや白鳥などは、歌詞に登場するワードだなと思いました。

熊川 その通りです。あとは、児童合唱が歌うところで天使役のダンサーが出てくるなど、声質とキャラクターはある程度リンクさせています。

――『第九』を振り付けられたときにはベートーヴェンが身近にいるような感覚を覚えたとおっしゃっていましたが、オルフはいかがですか?

熊川 創作に際しては、霊的な部分と視覚的な部分から近づくのが近道だと僕は考えています。霊的な部分というのは、音楽に入り込むこと。視覚的な部分というのが、例えば作曲家が所有していたものを持つこと。

『クレオパトラ』ではさすがに難しかったのですが、『マダム・バタフライ』では原作の著者のジョン・ルーサー・ロングのサイン入りの初版初刷の本を手に入れるところから始めました。一方、『カルミナ・ブラーナ』では、作品の時代背景に通じる人物に関する、あるものを手に入れました。かつて一回入手して手放したのですが、今回『カルミナ〜』を作ることになり再び手に入れました。やはり、歴史から学ぶことは多いですから。

――指揮のアンドレア・バッティストーニにはどのような印象を?

熊川 30代の指揮者だからパワフルですよね。舞踊は動きが速くて、普通の録音だと遅いなと感じるところも多いから、そこはプラスに働くかもしれないし、バレエの間(ま)にも歩み寄ってくれるのではないでしょうか。楽しくコラボしたいと思っています。

難産を経て見えてきた、ノンフィクションとしての『マダム・バタフライ』

――音楽を聴いてすぐに物語すべてが浮かんだという『カルミナ・ブラーナ』に対して、『マダム・バタフライ』は音楽との関わり方で苦戦されたとか。

熊川 舞踊曲がないですからね。プッチーニをやめて別の作曲家を使おうと検討したこともあるんですよ。葛飾北斎にインスパイアされるなど、ジャポニズムの影響を受けているドビュッシーの《海》も考えましたが、それでは茨の道にはならないので(笑)、やはり、しっかりプッチーニと対峙しようと。

ランチベリーの編曲版で作ろうと考えていた時期もありますが、音楽監督の井田勝大が頑張って編曲してくれたものを使うことにしました。「ある晴れた日に」は当然使いますが、それ以外の曲もうまく舞踊曲として成立しましたし、あとは祭り囃子なども混ぜています。

――オペラの物語の前日譚として、ピンカートンのアメリカ時代も描くとか。そちらにはどんな音楽を使うのでしょうか?

熊川 オペラには描かれていないピンカートンとバタフライの出会いがバレエとして絶対に必要なので、その出会った男がどんな男かという説明をするアメリカシーンを作っています。

具体的にはセーラー・ダンスというか、海兵の卒業、海の場面などを描きます。そこに、ピンカートンの婚約者となる若かりし頃のケイトも出てくる。それが1幕1場。1幕2場が、ピンカートンとバタフライが出会う遊郭です。そして2幕からオペラで描かれている物語が始まります。

音楽は当初、20世紀アメリカの作曲家アーロン・コープランドで、と考えていたのですが、ラッパ曲が多くてマーチ中心になってしまうので、ドヴォルザークにしました。彼はアメリカに住んで、そこから良い作品をたくさん生み出していますから。《新世界より》は使わないけれども、弦楽四重奏曲《アメリカ》ほか何曲か使いますよ。

――ピンカートンとバタフライの出会いの場面は、やっぱりロマンティックに?

熊川 出会いの場が遊郭なので、風俗街を歩いてる女の子に恋をした外国人みたいなものですよ。そこにロマンチシズムを見出すことができるのかどうか。長崎には2パターンの外国人がいて、一時だけの現地妻の役割を求めた、日本人からしたら不純な外国人もいた一方、最後まで愛し合った純愛もあった。

僕の作品のピンカートンが良い男なのか悪い男なのか、バタフライに気持ちがあったのかなかったのかという性格付けは、稽古場で作りながら決めていきます。でも結局、ピンカートンは何一つ捨てていないのだから、東洋版『ジゼル』のような解釈ではないでしょうか。

――バタフライとの子どもも、ケイトが連れて帰るわけですからね。

熊川 旦那の子どもを宿した女性から子どもを引き離して、その子を愛せるのか、とは思いますよね。“あなたたちにはお金がないんだから、この子は育てられないでしょう?”ということなのか、もしくはケイトにお子さんができなかったのか。これはフィクションだし、その辺りは描かれておらず不鮮明です。

でも僕はこの題材をフィクションではなく、ノンフィクションとして捉えたい。それは、ルーサー・ロングのお姉さんが住んでいた長崎の家で思ったことなんです。さらに、明治初期の写真に、アメリカ兵たちが着物を着て観光客のように肩を組んで写っていて、その横に髪を結った日本女性2人が無表情で寄り添っているのを見させていただきました。その2人の顔を見ていると、生活が苦しいという理由からかもしれないし、今の感覚では当たり前ではない状況で、当たり前のように暮らしていた現実に寂しさと哀しさを覚えたんです。そのために、嫁がいる旦那を健気に愛するのだとしたら、(ファーストキャストである)矢内(千夏)が、おきゃんな雰囲気で元気に演じるのは合っていると思います。

――ゆかりのものを取り寄せたり、実際に長崎に行ったりという作業を経て、熊川さんの中でフィクションをノンフィクションにするということが、創作においては重要なのでしょうか?

熊川 そうですね。過去に振り付けた『カルメン』はフィクションで、『クレオパトラ』だって歴史上の人物とはいえほぼフィクションだと思いますが、「この女性はこうなんだ!」と取り憑かれたように創作していたのに比べ、『マダム・バタフライ』に関しては、日本女性が着物で踊るとか、スズキという人が出てくるとか、西洋バレエをやっている自分にとっては表現しにくい要素が多くて、何度も突き落とされ、“フィクションだからイメージが湧かないのか”などと思ってしまっていた。要は自分の勉強不足によって悩んだのかもしれませんが、長崎に足を運んで本当によかったですね。

――稽古場には先日、能楽師の梅若実さんがいらしたとか。

熊川 たまたまご縁があり、来ていただきました。もちろん、僕は能の世界を拝見したこともありますが、ダンサーたちにとっては、人間国宝の方から扇子が短刀にもなるといった意味や動き、あとは、静の中の躍動感、余計なことをしないでどれだけインパクトを与えられるかといったことを教えていただいて、とても刺激になったようです。

僕自身、梅若実さんが織田信長が好んだ能『敦盛』の一節、「人間五十年〜」を謡ってくださったのには身震いしましたね。織田家に能を教えた家系の方ですから。

――実際に和の動きも取り入れるのですか?

熊川 多少はすり足のシーンがあるし、ゆったりとS字を描くような動きも入れますが、それだけではバレエになりませんからね。でも、2拍子の世界に生きていたバタフライがピンカートンにワルツを教わって初めて3拍子で踊る可愛いシーンなどがありますよ。

――難産の甲斐があって軌道に乗ってきたようですね。

熊川 今回はギアが上がっていくのにとても時間がかかり、アクセルスタートが全然切れませんでした。しかも、たまにバックギアに入れていましたからね(笑)。ですが、これまでは全部一人で創作していたのが『カルミナ・ブラーナ』では渡辺レイ、『マダム・バタフライ』では宮尾俊太郎がアシスタントで入ってくれていますから、僕が沈んでいてもいろいろと提案してくれて「いいね。よし、行こう」とまた盛り上がることができています。

――渡辺さんはヨーロッパで活躍されていた方、宮尾さんはKバレエでキャリアを積んでこられた方です。任せられる人材が揃ってきたということでしょうか。

熊川 組織というものは、しかるべき年齢の人間がそれなりのポジションで責任を負っていくものですからね。カンパニー内で育ってきた人間にこだわっているわけではなく、外にもっと優秀な人材がいれば登用します。長年いるかどうかではなく、実力次第です。

――気が早いですが、10年後の30周年に向けて、Kバレエと熊川さんの展望をお聞かせください。

熊川 バレエは生活に必要ないもの。音楽も同じかもしれませんが、音楽はスピーカーも発達していて、自分の空間で楽しむ趣味の世界ができてますよね。でもバレエは劇場に来なくては、楽しむことができない。

だからこそ、とにかく作品を作ってカンパニーのアイデンティティを確立し、お客さんを開拓し育てていかなければなりません。僕個人は……ゆっくりしたい気持ちも持っていますが、そうはいかない現実があります(笑)。もちろん、創作を続けていくと思いますよ。

公演情報
Bunkamura30周年記念 フランチャイズ特別企画 K-BALLET COMPANY / 東京フィルハーモニー交響楽団 熊川版 新作『カルミナ・ブラーナ』世界初演
日時:  2019年9月4日(水)19:00 開演  9月5日(木) 19:00 開演

会場: オーチャードホール 

構成・演出・振付: 熊川哲也

出演:

指揮:アンドレア・バッティストーニ
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団 

アドルフ:関野海斗
女神フォルトゥーナ:中村祥子
太陽:高橋裕哉(4日)/宮尾俊太郎(5日)
ヴィーナス:矢内千夏
ダビデ:堀内將平
サタン:遅沢佑介
白鳥:成田紗弥
神父:伊坂文月(4日)/石橋奨也(5日)
ほかKバレエ カンパニー

熊川哲也Kバレエ カンパニー Autumn2019 『マダム・バタフライ』

公演日程・会場:

2019年9月27日(金)~29日(日)
東京都 Bunkamura オーチャードホール

2019年10月10日(木)~14日(月・祝)
東京都 東京文化会館 大ホール

 

演出・振付・台本: 熊川哲也
舞台美術デザイン: ダニエル・オストリング
衣裳デザイン: 前田文子
照明デザイン: 足立恒

 

出演:
マダム・バタフライ: 矢内千夏/成田紗弥/中村祥子
ピンカートン: 堀内將平/山本雅也/宮尾俊太郎
スズキ:荒井祐子/前田真由子/山田蘭
花魁:中村祥子/山田蘭/杉山桃子
ボンゾウ:遅沢佑介/杉野慧
シャープレス:スチュアート・キャシディ

聞き手・文
高橋彩子
聞き手・文
高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

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