インタビュー
2025.11.04
「オーケストラが語るショパンコンクール」vol. 1

ワルシャワ・フィルはピアノ協奏曲をどう演奏した? コンマスがショパンコンクールを振り返る

ショパン国際ピアノコンクールのファイナルステージでは、コンテスタントがピアノ協奏曲を披露します。それまでのソロ演奏から一転、舞台にはワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団が登場。舞台をともにするオーケストラのメンバーに、ステージ上から見たコンクールの姿を伺いました。第1回はコンサートマスターを務めるクシシュトフ・ボンコフスキさんです。
*10月23日の第2回入賞者コンサート前にインタビューさせていただきました。

三木鞠花
三木鞠花 編集者・ライター

フランス文学科卒業後、大学院で19世紀フランスにおける音楽と文学の相関関係に着目して研究を進める。専門はベルリオーズ。幼い頃から楽器演奏(ヴァイオリン、ピアノ、パイプ...

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今年はまさかのアクシデントが!?

——まず、リハーサルも含めて、このコンクールの中で一番印象に残った瞬間を教えてください。

ボンコフスキ うーん……今回は、実は最初から運が悪かったんです。開会コンサートの日に、ヴァイオリンを壊してしまって。

——えっ!?

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ボンコフスキ 椅子から落ちたんです(笑)。椅子から落ちて、ヴァイオリンが完全に壊れてしまいました。これが一番印象的な出来事ですね(笑)。でも、ロッカーにもう1台ヴァイオリンがあったので、5分で取りに行って、別のヴァイオリンで演奏を続けました。

壊れたヴァイオリンは今修理中です。修理すれば、また弾けるようになるみたいです。

——私も趣味でヴァイオリンを弾くので、その悲しさはよくわかります。

ボンコフスキ ヴァイオリンが壊れる音ったらないよ。あの音を聞いた瞬間、僕の心臓まで壊れるような気がしました。

大変な話をとっても明るく話してくれるボンコフスキさん

——想像しただけでつらいです……。

ボンコフスキ いまでは笑って話せますけど、あのときは本当にショックでした。

——気持ちを切り替えるのにどのくらいかかりました?

ボンコフスキ 1日です。

——早いですね!

ボンコフスキ まあね。壊れたのは楽器だけ。足も手も無事だったので、「まあいいか」と(笑)。

——リハーサル中の出来事だったんですか?

ボンコフスキ そうです。隣の人の楽譜をのぞこうとしてバランスを崩して、転んでしまって。いま思えば笑い話ですけど。

注意深く耳を傾けてコンテスタントを支える

——では気を取り直して……コンクールでの演奏は何回目ですか?

ボンコフスキ 5回目です。最初は2005年、そのあと2010年、2015年、2021年、そして今回2025年。これで5回目。たぶん最後ですね。もう年ですし、そろそろ引退かな。

——振り返って特に印象に残っていることはありますか?

ボンコフスキ ヴァイオリンを壊したのは一度きり(笑)。印象的な出来事というよりは、全体的にいつもハードワークですね。

同じ協奏曲を何度も弾くので、フレッシュさと集中力を保つのが難しい。10回も演奏すれば、さすがに疲れます。だからオーケストラではローテーションを組んで、全員がすべての回を演奏することがないようにしています。指揮者のボレイコさんだけは全部振りますけどね(笑)。

ファイナル2日目にコンサートマスターを務めたボンコフスキさん
©Krzysztof Szlezak

——コンクールでピアニストと一緒に演奏するのはどうですか?

ボンコフスキ 本当に刺激的で面白いです。どのピアニストもすばらしいアーティストですから。ショパンコンクールというのは一種のお祭りのようなもので、特別な雰囲気があります。それに、ピアニストごとに演奏がまったく違う。とても興味深い体験です。

——コンサートマスターとしては、ピアニストと指揮者の間でどんなことを意識していますか?

ボンコフスキ もし指揮者との間で問題があれば、助けるのも私の役目です。生演奏ですから、何が起こるかわかりません。びっくりするようなことが起きたりもする。だからとにかく注意深く耳を傾けて、ピアニストを支えることを意識しています。

ショパンはピアニストのための作曲家ですから、私たちオーケストラは「支える側」。音を出しすぎないことも大切です。

——その温かい雰囲気がオーケストラからも伝わってきます。

ボンコフスキ ありがとうございます。

——ピアニストが緊張しているのを感じることはありますか?

ボンコフスキ ええ、感じますね。3週間にわたる演奏でみんな疲れていますし、プレッシャーも大きい。でも大きな失敗は見たことがありません。彼らは本当に準備ができていて、いつも立派な演奏をします。

リハーサルでは「幸運を祈ります」と声をかけたり、細かい箇所を一緒に確認したりします。とてもフレンドリーで良い雰囲気だと思います。

コンテスタントのキャラに応じて序奏を演奏

——演奏しながら「この人が優勝するかも」と思ったことはありますか?

ボンコフスキ ええ、10年前にチョ・ソンジンさんと演奏したときですね。そう感じました。

今回はファイナルの1日だけ弾いて、残りの2日はもう一人のコンサートマスターが担当しましたが、YouTubeで見ながら「この小さな中国のプリンセスが勝つかも」と思ったりもしました(笑)。でもコンクールでは本当に、何が起こるかわかりませんから。最後に演奏した日本の桑原さんも本当に素晴らしかったです。

——協奏曲の冒頭、オーケストラによる序奏ではどのようなお気持ちで演奏されていますか?

ボンコフスキ あそこはオーケストラにとって大事な“ソロ”の部分です。ピアニストが安心して音楽に入っていけるように、良い導入を作ることを意識しています。

ピアニストのキャラクターはリハーサルでつかめています。たとえば落ち着いたテンポを望むピアニストなら、私たちのイントロも少し穏やかに。常に寄り添う姿勢を心がけています。

——最後の音を弾き終えた瞬間、何を思いますか?

ボンコフスキ 「やっと終わった、よかった!」ですね(笑)。もちろんうまくいって、ピアニストも満足しているときは最高です。「やりきった」という安堵感があります。

最後の音で拍手が盛り上げてくれるといい感じですよね。オペラみたいで。

——日本では今フライングブラボーが話題になっているんです。

ボンコフスキ 国によって違いますよね。2年前に中国で演奏したときは、終わる前から歓声が上がっていました。とても感情的で、びっくりしました。韓国もすごく情熱的です。

日本はもっと整然としている印象です。それも日本らしくていいですね(笑)。

——コンサートマスターとして、もっとも大切にしていることは?

ボンコフスキ 責任感ですね。オーケストラで何か問題があれば、すぐ助ける。テンポがずれたら耳で合わせる。演奏前にはスコアを整えて、弦楽器全員のボウイングをそろえることもあります。私がまとめて書くと、全体がそろって気持ちいいんです。

——ありがとうございました! ヴァイオリンの修理、いつ頃戻ってきそうですか?

ボンコフスキ 1か月後くらいかな。職人さんが中を開けて修復してくれています。

——早く戻るといいですね。

ボンコフスキ ほんとに。私の相棒ですから。

三木鞠花
三木鞠花 編集者・ライター

フランス文学科卒業後、大学院で19世紀フランスにおける音楽と文学の相関関係に着目して研究を進める。専門はベルリオーズ。幼い頃から楽器演奏(ヴァイオリン、ピアノ、パイプ...

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