ヴァイオリニスト/デザイナー花井悠希が演奏家目線でつくりだすファッションの世界
2019年9月24日(火)まで伊勢丹新宿本店で開催中の「Girl’s Celebration vol.3 ~Orchestra Fantasia~」。ファッションブランド〈PANORMO〉のデザイナーにしてヴァイオリニストの花井悠希さん。
異端にも見える彼女の活動の原点はとてもナチュラル。ずばり「演奏会でも、プライベートでも素敵に着れる洋服を作りたい」。たくさんのステージ衣装が必要な演奏家ならではの視点を盛り込んで展開する〈PANORMO〉の想いをたっぷりと語っていただきました。
東京音楽大学の作曲専攻を卒業後、同大学院の音楽学研究領域を修了(研究テーマは、マイルス・デイヴィス)。これまでに作曲を池辺晋一郎氏などに師事している。現在は、和洋女子...
名ヴァイオリニストにして名教師でもある大谷康子を師匠にもつ花井悠希。学生時代には「森ガール系ヴァイオリニスト」としてデビューし、人気テレビ番組『堂本兄弟』にもレギュラー出演。その後はUK(英国)ロックをクラシカルに演奏するユニット「1966カルテット」のメンバーとなり、ビートルズやクイーン、そして(UKではないが)マイケル・ジャクソンと果敢に新しい表現に挑み続けるヴァイオリニストだ。
こんな紹介をすると、「クラシックくずれの演奏家か」とすぐに興味を失う方もいるだろう。しかしながら、さにあらず。レパートリーはクラシック全般からロック、さらには、さだまさしまで(!?)と幅広いのだが、どんな音楽を演奏してもその原曲を強くリスペクトする精神を感じさせてくれるし、彼女の美質である“感情が直接伝わってくるような深い音色”を通して、その音楽の素晴らしさがすっと心に入ってくる……そんな稀有な音楽家なのだ。
近年は、雑誌『Hanako』のWEB版で「パン」への愛を綴る連載をしていたり、自身のファッションブランドを立ち上げたりと、活動は音楽だけに留まらない。そんな花井のブランド「PANORMO(パノルモ)」はこの度、2020年の春夏(SS)コレクション「Cadenza(カデンツァ)」として、長年業界内で話題になりながらも、大きな声では語りづらかった「女性演奏家のカラードレス問題」に一石を投じるようなデザインを発表。一部で大きな反響を呼んでいる。今回はデザイナーとして花井悠希に話をうかがった。
きっかけは「演奏会でしっくりくる」ドレスをつくること
――もともと中高生の頃からファッションがお好きで、大学生時代には読者モデルとかもされていたとうかがいましたが、今回のように「コンサートにおける衣装」を意識するようになったのは、何かきっかけがあったんでしょうか?
花井: 私はデビューしたときに「森ガール系」として世に出たんですね。だから、デビューリサイタルでも前半は森ガール系のゆるふわワンピースで、後半はいわゆるクラシックの演奏会でよく着られるようなカラードレスを着たんです。衣装替えをすると、お客様はダイレクトに「わ~っ!」と反応してくださる(笑)。衣装の重要性を肌で感じましたね。
ところが、そのときは何も違和感はなかったんですけれど、そのうちいろいろな場所で演奏させていただくと、カラードレスが合わないなと思う会場もあったりしたんです。例えば、ああいう可愛くてボリュームのある衣装は、大ホールではとっても映えますけれど、アットホームなサロンコンサートでは何か違うなと思ったり。
ドレスって安くない買い物だし、一度買ったらずっと持ってるものじゃないですか。その上、コンサートによっては衣装の色を指定されることもある。
――リハーサル終わりに、女性の共演者同士で相談して衣装の色を揃えたり、反対に被らないようにしている場面をときどき見かけますね。
花井: 例えば「じゃあ、今回は黄色系で!」となったものの、心のなかでは「黄色のドレスってどんなの持ってたっけ?……あ、10年前のあれしかないや……」なんてこともあるわけですよ。家で久々に引っ張り出してきたお姫様っぽいAラインのドレスに対して、20代前半の頃は素直に可愛いと思って着れていたのに「はて? これを今の私が着ていいのか?」と感じることも増えて。
だから、演奏のときに着ていて“エレガント”に見えるけれど、“お姫様っぽい” “可愛い”が強すぎない衣装がもっとあったらいいのになと思ったんです。今回それを一番意識しながらつくりましたね。
――多分、今までも同じような違和感をもった演奏家って世界中にいたと思うんですよ。例えばピアニストのエレーヌ・グリモーは、長らくパンツスタイルの衣装をメインにしていますよね。それが本人の音楽やキャラクターにぴったりとはまっているので、凄く印象に残っています。
花井: わかります、わかります。エレガントで格好良いですよね。
――もうひとり、方向性は真逆ですがクラシック系の女性演奏家として衣装が世界中で話題を呼び起こしているのがピアニストのユジャ・ワンですよね。露出多めの衣装で知られていますが、お母様がダンサーだった影響でああいうデザインがお好きなのだそうです。
花井: そうなんですね。私もインスタをフォローしててユジャさんの衣装をよく見るんですけれど、彼女の露出って全然男性ウケを狙っていなくて、格好良くて勇ましさを感じるんです。そして「あれがユジャ・ワンだ!」って感じがすごいじゃないですか(笑)。ステージに出てきた瞬間に「これ!これ!」って思わせてくれますものね。
花井: 名前を聞いてイメージしただけで、もう衣装まで見えているのってすごいことだと思うんです。ヴァイオリニストで言えば、パトリツィア・コパチンスカヤとか、イザベル・ファウストとか、みんなそれぞれ衣装まで見えてきますよね。
そうした衣装の重要性を考える上で気付きが多かったのが、私が大学でヴァイオリンを習っていた大谷康子先生なんです。先生は、舞台に登場した瞬間に「わ~!大谷先生だっ!」ってお客さまを釘付けにしてしまうんです。先生をご存知の方には皆さま納得していただけると思うんですけれど(笑)。それってすごく大事なことだと思うんです。出てきただけでその人の存在感やオーラが伝えられていて、皆が「ヴァイオリニスト大谷康子」に期待するものに応えていらっしゃいますよね。ヴァイオリンだけでなく、衣装のあり方について先生からも学ぶことが多かった。
――私もときどき大谷さんをお見かけすることがあるのですが、ステージ衣装だけでなく私服でも「大谷康子」を自然体で体現されていますね。
花井: そうなんです! ファンの方もそれを求めているわけじゃないですか。歌舞伎役者さんや落語家さんに和服を着ていてほしいと思ったりするのにも近いと思うんですけれど、クラシックの音楽家に対しても、おそらく品がある雰囲気とか、皆さまイメージを持たれていますよね。だから、ステージ衣装と普段の私服が繋がるような衣装をつくりたいとも思うようになったんです。
悩まずに綺麗なものを着たい! を実現
――女性の演奏家の皆さまが普段どのような悩みを抱えているのか、何を考えなきゃいけないのかがよく分かりました。でも一方で「制服があると、私服を考えなくて良いから楽」みたいな発想もありますよね。ときどき、女性が男性に「男はステージ衣装でそんなに悩まくていいから羨ましい」なんて不満の声を耳にすることもありますし、ファッションにそれほど入れ込みがない演奏家にとっての悩みもあるかと思うのです。
花井: それってステージ衣装だけじゃなくて、普段からの問題でもあるんですよ。私服でも悩みたくないし、外したくもない。そうすると個性を出すのも難しい……そんな話は周りでもよく聞きます。だから、“オン”になるフォーマルな場では(上下セットになった)セットアップで着れて、普段の“オフ”には上下別々でも着回しやすいラインナップにしたんです。
セットアップだと悩まないじゃないですか、それだけを着れば成立するわけですから。でも同時に上下どちらかだけでも華があるので、シンプルなものを合わせて普段遣いしても「綺麗なお洋服だね」って言ってもらえるように意識しました。1枚着ればっていうのはすごく簡単じゃないですか。重ねないと素敵に見えないのは、大変ですからね。
――ほかには、デザインをする上でどんなことを意識されたのでしょう?
花井: ヴァイオリニストにとって、お洋服の装飾が左側についていると弾きづらかったり、そもそも楽器が肩に乗らなかったりするわけですよ。でもお洋服の基礎としては、アシンメトリーなデザインにするときは左側に装飾を付けることが多いそうなんです。そして楽器からでる音の響きの方向性の問題でステージ上では、右から見られることが多いんですよ。しかもヴァイオリンだけじゃなく、ピアノなんかでもそうですよね。
だから今回はドレープやフリルといった装飾を、全部右側に持ってきています。あとは、歩き姿が美しく見えるようなヒラヒラが後ろに付いていたり、弾いているときの揺れが美しく見えるような生地を使ったりだとか、そういう細部に徹底的にこだわって作っているんです。演奏会で着やすいように黒が多めというのもポイントですね。
――現場目線が徹底されたことで、どれもこれも素敵な仕上がりなのですが、花井さん自身にとって今回のイチオシは?
花井: 今回のコレクションは、テーマを「Cadenza(カデンツァ)」(※オーケストラとソロが渡り合う協奏曲において、ソロがひとりで自由に演奏する部分)にしているので、その自由さを、楽譜をもとにしたデザインで表現しています。パッと見はわからないと思いますけれど、実はシベリウスのヴァイオリン協奏曲なんです(笑)。「♪ソーラレー……(歌う)」。
――本当だ! 冒頭だけじゃなく、よく見るとオーケストラや、カデンツァの部分の音符も書かれていますね。このぐらい意匠化されていると、子どもっぽくならなくて素敵です。
花井: 私も「音符だ!」「ピアノだ!」って買いたくなるタイプなんですけれど、そのものズバリ過ぎても恥ずかしくなってしまったり。それをファッションの要素とうまく重ね合わせようと取り組んでいました。
自身のヴァイオリンの名前を冠したブランドへの想い
――さて、ここで今一度スタート地点に戻って、ブランド名「PANORMO(パノルモ)」についてお聴きしたいと思います。花井さんが演奏しているヴァイオリンの製作者の名前を名付けたそうですね。
花井: はい、そうなんです。この楽器は、高校生ぐらいからずっと使っていて、変えたことも変えようと思ったこともなくて。たぶん、楽器を変えたら「私の音」になれる自信がないぐらい、楽器に助けられているところがあるなと思っているんです。私は(弦のなかで一番低い)「ヴァイオリンのG(ゲー)線が好き」ってよく言っているんですけれど、それはこの楽器と出会ってからなんです。ほかのヴァイオリンよりも一回り大きくて、普通のヴァイオリンケースに入らないことがあるんですよ(笑)。
――なるほど、少しヴィオラに近いわけですね。
花井: だからか低音が豊かで、高音も音が苦しくないんです、とてもふくよかで。自分が好きなのはそういう音色なんだって気づかせてくれたのが、この「PANORMO」という楽器だったんです。人からも「音色がすごく特徴的だね」って言われることが多いんですけれど、それはこの楽器と一緒につくってきました。そういう意味で楽器もお洋服も“出会い”だと思うんです。
――その出会いを通して、自分自身を知ったり、気付いたりすることがあるわけですものね。
花井: ファッションも一番身体に触れていて、自分というものを一緒に表現してもらう存在だから、それは私にとっての楽器と近い。「PANORMO」と名付けたのは自然なことでした。
――先ほども印象的な衣装の演奏家の名前があがりましたけれど、今年7月に新日本フィルに客演したベアトリーチェ・ヴェネツィという1990年生まれのイタリア人女性指揮者の方は、ドレスで指揮されたりするんですよ。これまで指揮者というと女性でも男性に近い衣装が多かったのですが、今後はこういう変化も増えていくのかなと。
花井: そういう兆しをどことなく感じています。若い世代だけじゃなくて、いろいろなところで少しずつ変えたいというか、定番以外でもいいんじゃないのっていうムーブメントが起こってくるような気がしているんです。そういう時期に、こういうコレクションを発表できたのは嬉しいですね。
プロだけでなく、アマチュアの方も発表会やアマオケの本番などで着ていただけるといいなと思いますし、演奏をされない方でもオペラとかコンサートで着飾りたいときに着ていただけたらなと思っています。サイズについても3サイズ展開していますし、お直しも対応できますので、色んな方に着てもらえると嬉しいですね。
〈PANORMO〉の2019FWコレクション「Orchestra Fantasia」の販売会、2020SS「Cadenza」の受注販売会
日程: 2019年9月18日(水) ~ 2019年9月24日(火)
場所: 伊勢丹新宿店 本館2階 イーストパーク
参加ブランド:
PANORMO
orgablanca
Aveniretoile
BLUE LABEL CRESTBRIDGE
JILLSTUART
LANVIN en Bleu
コンサート:
〈PANORMO〉のデザイナーでありヴァイオリニストの花井悠希が所属する「1966Quartet」による秋のスペシャルクラシックコンサートを開催。
9月20日(金)フライデーナイトコンサート18:00開演
9月21日(土)お昼のコンサート 14:00開演/夕暮れのコンサート 16:00開演
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