インタビュー
2022.02.09
デビュー25周年を迎えて

ピアニスト仲道祐子の「原点」——幼少期からの音楽との向き合い方を振り返って

2022年でデビュー25周年を迎える、ピアニスト仲道祐子さん。姉・郁代さんを追うようにピアニストへの道を歩み、ドイツ留学などを経て、現在は大阪と東京を往復しながら後進の指導も行なっています。
インタビューでお会いすると、自身「のんびりした性格」と話す祐子さんは、可憐で大らかな雰囲気をまとっていました。「原点」としての幼少期の思い出や、この25年の音楽活動、記念リサイタルの演奏作品への思いなどを伺っています。

取材・文
飯田有抄
取材・文
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

写真:各務あゆみ

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アンサンブルや異分野とのコラボレーションなど、刺激に満ちた25年

——1996年5月紀尾井ホールでのデビューリサイタルから25周年を迎えられました。この25年を振り返って、もっとも印象深かったことは何ですか?

仲道  私はソロだけでなく、アンサンブルが大好きなので、25年を通じてさまざまな楽器とのアンサンブルを積み重ねてこれたのは大きいですね。ミュンヘンの大学に留学していたころは、それまであまり経験のなかった管楽器の方たちと共演する機会をいただき、その呼吸感がもたらす音楽のあり方に、大きな刺激を受けました。

帰国して日本で活動をするようになってからは、長谷川陽子さん(チェロ)、小林美恵さん(ヴァイオリン)、矢部達哉さん(ヴァイオリン)といった弦楽器奏者や歌手の方々と共演する機会をたくさんいただきました。ピアノだけで音楽を捉えていては気づくことのできない、フレーズ感や音楽の構造的な内容は、そうした方々との共演によって、深めていくことができました。

——アンサンブルが本当にお好きでいらっしゃるんですね。

仲道 大好きですね。当然そうした経験は、ソロの演奏に生きてくるわけです。何気なく低音で弾いていた「伴奏」が、具体的な弦楽器の奏法をイメージできるようになって、音色の幅を増やすことにつなげられたと思います。

また、共演者の方々と過ごす時間も好きですね。みなさんがリハから本番まで、どのようなプロセスを辿っていくのか、本番にはどのような姿勢で臨むのかを拝見してきましたし、普段の会話もとても楽しい。この25年プロとしてやってきたなかで、そうした日々を積み重ねてこれたことは幸せです。

仲道祐子(なかみち・ゆうこ)
桐朋女子高等学校音楽科卒業後渡独、クラウス・シルデ氏に師事。ミュンヘン国立音楽大学、同大学院ピアノ科および室内楽科を卒業。1996年より日本各地でのリサイタル、オーケストラとの共演、室内楽の分野でも活躍。音楽教育の普及に深い関心を示し、子どもを対象とする企画や、ピアノの歴史300年をたどるコンサート、朗読とのコラボレーションなど多彩な演奏活動に力を注ぐ。CDはビクターエンタテインメントとオクタヴィア・レコードよりリリース。田中カレン作曲のこどものためのピアノ小品集「愛は風にのって」(オクタヴィア・レコード)はレコード芸術特選盤に選ばれた。
大阪芸術大学演奏学科教授。広島日野自動車株式会社主催「ひのっ子ピアノコンクール」審査委員長。エッセイ「すなどけい」を公明新聞に好評連載中。

——演奏のみならず、平和について考えさせられる朗読劇に参加されたり、教育活動にも取り組んでこられましたね。

仲道 常にさまざまなことに興味があって、いろんな方向を向いているんですけれど、出会いやタイミングが合ったおかげですね。

朗読劇は、もう15年以上になりますが、劇団東演が毎年のように終戦記念日の時期に上演する『月光の夏』に、ピアニスト役として出演しています。太平洋戦争末期に、特攻隊員が最後にピアノを弾きたいと、学校に来てベートーヴェンのピアノ・ソナタ《月光》を演奏するお話です。一人は帰還し、その後のドラマも描いています。劇の中で、《月光》の3つの楽章が挿入されていきます。4人の俳優さんと共演するのですが、彼らが私の演奏を聴いている間にも、すごくオーラで伝えてくれるものがあり、そうした他分野の芸術からも刺激をいただいています。

劇団東演の朗読劇『月光の夏』PV(2018年)

自分のコピーにならないよう、個性を生かすレッスンを

——後進の指導では、長年取り組まれているのが、静岡でのアドバイザーのお仕事とのことですね。

仲道 こちらも15年以上になりますが、日本ピアノ調律師協会 静岡支部が浜松で主催する「未来のピアニストの演奏を応援するコンサート」があります。私は、演奏に対して個別にアドバイスをしています。10年ほど前に出演した少年少女が、今やプロとして活動するようにもなりました。年月の積み重ねを感じます。

——大阪芸術大学の教授としても、学部と院の学生さんを指導されていらっしゃいます。

仲道 学生に指導するのは、とても面白い仕事です。10人いれば10人まったく個性が違います。コンサートに向かって、まっすぐ進んでいく学生もいれば、ずっと逡巡しながら最後に爆発的に力を発揮する学生もいます。

私のコピーになるのは嫌なので、その子の個性を生かしつつ、どうしたらさらに良くなるか、一生懸命考えながらレッスンしているんですが、言語化して説明するのは大変ですね。弾いて聴かせることもしますが、「ここはもっとバーっと!」みたいに言っても伝わりませんから。だいぶ日本語が磨かれました(笑)。

そうしたレッスンは、巡り巡って、やはり自分のピアノに生きてくるというか、自分の演奏もどうしたらもっと良くなるか、考えることにつながってくるので楽しいです。

幼少期の思い出——姉・郁代さんとともに

——さて、今回の記念リサイタルのテーマは「原点回帰」とのことですが、仲道さんとピアノとの出会い、始められたきっかけについて教えてください。

仲道 物心ついた頃から、何の疑いもなく弾き始めていましたね。というのも、私には姉・仲道郁代がいますから、「お姉さんがやっているから、自分もやるものだ」と思っていました。

感謝しているのは、姉は当初オルガンからスタートしたのに対し、私は初めからアップライトピアノに触れられて、楽器の面では恵まれた環境で育ったことですね。やがて家に2台のグランドピアノが入り、それぞれ練習していました。でも、片方の部屋は防音・エアコン付き、もう片方はなし。私は朝が弱いのですが、姉は早起きで、いつも場所取りで負けるんです……(笑)。学生の頃「あなたはあんまり練習しないわね」ってよく姉に言われましたが、当時、姉は1日10時間練習していたんです。私は8時間。

——8時間! すごいと思います。

仲道 ですよねぇ。自分でもよく頑張っていたかなと思います。それでも練習大好きな姉に言わせると「なんでさらわないの?」と(笑)。

お互いにずいぶん性格も違いますし、傾向や好みも違うのですが、子どものころはいつも先を行く姉の演奏を聴きながら、自分もいずれあのくらい練習して、ああいう曲を弾けるようになっていたらいいな、って思っていましたね。

デュオで共演することもある郁代さんとともに。

原点は“ドイツもの”、そして明るく前向きになれる曲を

——さて、3月25日の記念リサイタル「原点回帰」も来月に迫ってまいりました。演奏される曲目は、どのような思いで選ばれたのですか?

仲道 「原点回帰」してみようと思い立ち、西洋音楽の体系の中でも、私自身が根本的に落ち着くところを考えたときに、やはり“ドイツもの”となりました。

ドイツ語圏であるミュンヘンで勉強したということもあり、ドイツ語的なフレーズ、節回しのような音楽構造をもった作品を選びました。その意味で、ベートーヴェンもメンデルスゾーンもはずせません。リストは、もちろんハンガリーの要素もありますが、音楽構造としてはドイツ的だと感じています。

今は世の中がコロナの影響で沈み込んでいる部分もありますので、あまり深刻な曲というよりは、明るく前向きになれる作品というのも、一つのテーマとして考えました。その意味で、ベートーヴェンのソナタは第21番の《ワルトシュタイン》を選びました。明るくパワーのある作品ですね。

——田中カレンさんの素敵な曲集『愛は風に乗って〜三善晃先生の思い出に〜』からも演奏されます。仲道さんはCDにも収録された作品集ですね。

仲道 田中カレンさんも私も、桐朋学園(カレンさんは大学、仲道さんは高校)で学びましたが、当時、三善晃先生は学長でいらっしゃいました。式典などで知的で洒落た言葉選びの、素晴らしいスピーチをなさっていた三善先生は、どの学生からも憧れの存在でした。

『愛は風に乗って』は、田中カレンさんと三善先生との素敵な思い出や、先生への憧れと尊敬が表現された素敵な曲集です。当時の桐朋の空気感を思い起こしながら演奏したいなと思っています。

カレンさんはアメリカにお住まいですが、レコーディングのときには帰国してくださって、曲に込めた思いや、作曲時の裏話のようなことも話てくださって面白かったですね。思い出話からは、「作曲の先生とそのお弟子さん」の関係性が、「ピアノの先生と生徒」のそれとはぜんぜん違っていて(当時、ピアノの先生ってすごく怖かったですから!)、羨ましくなりましたね。

音色や響き、ペダルの使用にも大変にこだわりのある作品です。音数は少なく、小さなお子さんでも弾けるようにはなっていますが、内容はとても大人向けだと思います。お酒の曲もありますしね(笑)。1曲1曲が宝物のようです。

仲道祐子『田中カレン:愛は風に乗って〜三善晃先生の思い出に〜』

田中カレン 作曲『こどものためのピアノ小品集 愛は風にのって』(音楽之友社/2017年)
国内外で活躍中の田中カレンが全曲書きおろしたオリジナルピアノ曲集。2013年に逝去した作曲の師である三善晃への愛情と思い出を音に綴る、珠玉の21曲。「春」「夏」「秋」「冬」と四季を通してよみがえる記憶を、透明感のある美しいメロディと響きが鮮やかに彩る。演奏者や聴衆にも、各々の思い出と重ね合わせてほしいという願いがこめられている。難易度は中級程度。

——節目の年の今、未来に向けてどのような展望をお持ちですか? 

仲道 コロナ禍で、5ヶ月ほどコンサートを開けない時期がありました。そのときに気づいたのですが、私は決して「コンサートがあるから」そのためにピアノを弾くのではなく、生活があって、いろいろな興味もあり、その中にピアノを弾く行為があるのだな、と実感したのです。演奏のために演奏するのではなく、すべてが演奏に結びついてくるんだな、と。

本も好きですし、歌舞伎や絵画の展覧会、映画を観にいくことも大好きです。そうした経験のすべてをひっくるめて、自然と演奏に生きてくるような、そうした音楽を目指していきたいなと思ってます。人間としての魅力を磨くインプットを増やしながら、演奏を続けていきたいです。

公演情報
仲道祐子 ピアノ・リサイタル デビュー25周年記念 原点回帰

日時: 2022年3月25日(金)19:00開演

会場: Hakuju Hall(東京)

曲目: 

  • メンデルスゾーン: ロンド・カプリッチョーソ Op. 14 U 67 ホ長調
  • メンデルスゾーン: 厳格な変奏曲 Op. 54 U 156
  • リスト: 3つの演奏会用練習曲 「ため息」 S. 144 / 3 R. 5 変ニ長調
  • リスト: バラード 第2番 S. 171 R. 16 ロ短調
  • 田中カレン: こどものためのピアノ小品集 「愛は風にのって」~ 三善晃先生の思い出に ~ より
    <ラム酒の樽><淋しい料理人><黒のタートルネック>
    <笛吹きと縄文土器><クリスマスの思い出><愛は風にのって>
  • シューマン=リスト:「献呈」S566 / R253
  • ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」Op. 53 ハ長調

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飯田有抄
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飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

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