特集「クラ活」

名作3作品をそれぞれ2人のピアニストで聴く!――初めての聴き比べ ピアノ編

記事
2020.01.01

クラシック音楽の醍醐味のひとつ、それは「聴き比べ」。ひとつの名曲を、異なる演奏家による録音やコンサートで聴くことで、その作品のさまざまな面が見えてきて、もっと好きになれるはず。
ピアノ曲編では、モーツァルト、ショパン、ベートーヴェンの名曲を例に、クラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さんがお気に入りの録音と、聴き比べの注目ポイントを教えてくれました。

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フィリップ・ライナグル作『非常に音楽的な犬の肖像』
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター
飯田有抄
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター
1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

ピアノの聴き比べ 楽しみ方のポイント

ピアノ演奏を聴き比べる楽しみは、どんなところにあるでしょうか。

ピアノという楽器は、誰でも「ド」の鍵盤を弾けば「ド」の音が鳴ります。弦楽器や管楽器は、弾く人の指の位置や、息の吹き込み方で、音の高さは無段階的に変えることができますが、ピアノにそれはできません。見方を変えれば、ピアニストは「音程を作る」という作業を免除されているわけですが、微細な音程変化で表現する、ということには向かないのです。

また、弦楽器や管楽器は、一度音を鳴らしたあとも、その音をじわじわ大きくすることができますが、ピアノは一度鳴らしたら、それきり。あとから音を大きくすることはできず、減衰するのみです。その中で音楽的な膨らみをどう表現するかは、演奏者のさまざまな工夫次第(次の音の強さやタイミングなど)となるわけです。

大きな図体(!)をしていながら、実は制約もある楽器、ピアノ。しかし最大の魅力は、たった一人で複数の音を鳴らし、3声、4声と重ねたり、豪華に和音を鳴らすことができるところ。オーケストラ並みの迫力を出すことも可能です。

ピアノ演奏の聴き比べをする上での大きなポイントの一つは、実はそこにあると思います。つまり、奏者が複数の音のバランスをどんなふうに取りながら、音楽を立体的に作っているのか。和音一つをとっても、ジャーンと全部の音を同じように鳴らすだけでなく、実は音量にデコボコと差をつけて立体感を出したり、密かにタイミングをずらしていたり。たった一人でどれだけ「複数の人が演奏しているかのように聴こえるか」。私はいつもそんなところに注目して演奏を聴いています。

はじめての聴き比べにオススメの3曲

聴き比べにあたって、モーツァルト、ショパン、ベートーヴェンのまったく曲想の異なる3作品を選んでみました。

まずはモーツァルト。これからクラ活を始める方にとっては、「きらきら星変奏曲」や「トルコ行進曲」など、愛称のついたピアノ曲は取っ付きやすいかと思いますが、作品番号しかないK.333の変ロ長調のソナタも、私は心の中で「さん・さん・さん」と呼んでいて、覚えてほしい曲のひとつ。とても美しく、親しみやすいメロディが魅力です。

モーツァルト:ピアノソナタ 第13番 変ロ長調 K.333

惜しまれつつ引退したポルトガルの名ピアニスト

マリア・ジョアン・ピリス

惜しまれつつも、2019年に現役のコンサートピアニストとしての活動を引退したピリス。後進の指導にも愛情たっぷりで熱心な彼女の演奏は、いつでも音楽の喜びにあふれています。モーツァルトが茶目っ気たっぷりにつぎつぎと仕掛けてくるお遊びに、清々しく応えていきます。コロコロと変わる音色と推進力に心奪われます。

ピリオド楽器を知り尽くした演奏から伝わるメッセージ

平井千絵

平井千絵のモーツァルトの演奏は、おしゃべりな作曲家との時間を楽しんでいるかのよう。モーツァルト時代のフォルテピアノ(モーツァルトの時代にウィーンで楽器制作をしていたヴァルターのレプリカ)を長年愛用する彼女は、楽器のひとつひとつの音の立ち上がり、音域ごとのユニークな個性を知り尽くし、モーツァルトが伝えるメッセージを生き生きと響かせます。元気一杯でやんちゃなソナタも聴きものですが、K.333はとってもエレガント。紅茶でもいただきながら聴きたい一曲です。

ショパン:ポロネーズ第6番 変イ長調 op.53「英雄ポロネーズ」

ポーランド魂の強い情念は他の追随を許さない!

ヤノシュ・オレイニチャク

2020年10月はポーランドのワルシャワで、ショパン国際ピアノコンクールが行なわれます。権威あるこのコンクールで審査員を務めるピアニストの一人、ポーランド出身のヤノシュ・オレイニチャクは「これぞ生粋のポーランドのリズム!」と言いたくなるような、なんとも言えない絶妙な間合いに満ちたショパンを聴かせます。

ショパンの音楽の甘美なところだけでなく、凛々しいヒロイズムや、エグいと言ってもいい強い情念を浮き彫りにする表現力は、他のピアニストに聴き出すことのできないショパン像を描き出してくれます。この演奏は、ショパンが愛したフランス・パリのピアノメーカー、エラール(1849年製)を用いたもので、ポーランドの国立ショパン研究所レーベルからリリースされています。

泣く子も黙る名手が繰り出す「華麗な裏切り」

ウラディミール・ホロヴィッツ

はい、泣く子も黙る(?)、ロシア出身のピアニスト、ウラディミール・ホロヴィッツ()は20世紀の巨匠です。ホロヴィッツのピアノは、いつ聴いても華麗なる裏切りでいっぱい。よく知っているはずの名曲でも、彼の演奏で聴くと「そうくるか!」と思うこと多し。

この「英雄ポロネーズ」の序奏も、「え、そんなに軽やかに!?」と驚きます。そうかと思えば急にエレガントになったり、べらぼうに勇壮になったり。中間部の左手のオクターブ連打が恐ろしいスピードで邁進。これだけ変化に富んでいながら、すべてに説得力がある。真似は絶対できないけど真似したくなる、そんなキケンなピアニスト。

ベートーヴェン:ピアノソナタ 第23番 へ短調 op. 57 「熱情」第1楽章

ベートーヴェンの世界に引きずりこむパッション

セルゲイ・エデルマン

セルゲイ・エデルマンの「熱情」は、冒頭を聴いて「わりとオーソドックスな感じかな?」などと思うのもつかの間、強烈に深みのある強音や、緊張感あふれる沈黙(休符)により、ぐいぐいベートーヴェン先生の苛烈な音楽世界へと引きずり込んでくれます

ベートーヴェン時代にピアノ製作は発展し、弱音から強音までの変化の幅が大きく出せるようになりました。その性能を嬉々として使いこなし、感情の振れ幅を極端に表したベートーヴェンのパッションを、まさにエデルマンは伝えてくれているように感じます。

知的な解釈がくせになる?「ウィーン三羽烏」のひとり

パウル・バドゥラ=スコダ

惜しくも2019年9月に91才で亡くなられた、パウル・バドゥラ=スコダ(1927-2019)。フリードリヒ・グルダ、イョルク・デムスとともに「ウィーン三羽鳥」と呼ばれた巨匠は、数多くの名演を残しています。

この「熱情」の録音は、学術的な気品にあふれ、無駄な濁りの一切ないスッキリとした迫力に満ち、何度も繰り返し聴きたくなる演奏です。

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