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2020.02.12
高橋彩子の「耳から“観る”舞台」第18回

“運命の女”をリアルな振付で描くドラマティック・バレエ――新国立劇場バレエ団『マノン』

文学史上初の“ファム・ファタル(運命の女)”と言われるマノン。男たちを魅了し、破滅させ、最後は自分も死んでしまう救いようのない少女は、たくさんの芸術家たちを刺激し、名作が生まれてきました。
そんなマノンの名作のひとつ、ケネス・マクミラン振付けのバレエ『マノン』が新国立劇場に登場! 物語、振付、出演ダンサーの見どころまで高橋彩子さんが余すことなくお伝えします。

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高橋彩子
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高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

新国立劇場バレエ『マノン』
©瀬戸秀美

画像提供: 新国立劇場

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皆さんはバレエと聞いて何を思い浮かべ、どのようなものを期待するだろうか。ロマンティックで幻想的な世界? 華やかな超絶技巧? 明るく楽しいコメディ? それとも筋のない抽象作品?

もし、演劇や映画さながらのリアルなドラマを楽しみたければ、ドラマティック・バレエをオススメしたい。その筆頭は、イギリスの振付家ケネス・マクミラン(1929-1992)の作品。

演劇の国・英国の出身だけあって、彼の舞踊言語は、登場人物たちの声が、感情が、聴こえてくるかのように雄弁なのだ。2020年2月、新国立劇場バレエ団は、彼の代表作の一つ、『マノン』を上演する。

究極の“ファム・ファタル”小説『マノン・レスコー』

マクミランの『マノン』の原作は、1731年に刊行されたアベ・プレヴォの小説『マノン・レスコー』。この小説は“私”に対する、物語の主人公デ・グリューの回想として語られる。

フランスの小説家アベ・プレヴォ(1697-1763)。本名はアントワーヌ・フランソワ・プレヴォだが、聖職者であったためアベ(僧侶)・プレヴォとして知られる。
「マノンとデ・グリュ―の出会い」。1753年に出版された『マノン・レスコー』、ユベール=フランソワ・グラヴロによる挿絵から。

17歳のデ・グリューは故郷へ帰る前日、美しい少女マノン・レスコーと出会い、駆け落ちする。だが、享楽的なマノンは資金が底をつくと、近所に住むB氏をパトロンにし、デ・グリューはマノンの告げ口により父親に連れ戻される。

悲嘆しながらも神学校で勉学に打ち込んだデ・グリューだったが、やがてマノンが現れ、2人はよりを戻す。マノンがB氏のもとから持ち出した資金を当てにして、マノンの兄レスコーも2人の家に出入りするようになる。やがて再び金がなくなると、デ・グリューはいかさま賭博で稼ぐようになるが、その財産を召使いらに持ち逃げされると、マノンはみずから、レスコーに紹介された金持ちの老人G.M.の妾になると決める。

その後、デ・グリューの懇願によりG.M.の妾になることをやめたマノンだったが、G.M.の金品を持ち逃げしようとしたことから、デ・グリューは良家の子女のための感化院に、マノンは娼婦の収容施設に入れられてしまう。感化院を抜け出したデ・グリューはマノンを施設から救い出し、再びいかさま賭博で生活資金を作るが、マノンはG.M.の息子に誘惑されてデ・グリューを裏切った上、G.M.の息子も裏切る。

このことを知ったG.M.の通報で、マノンとデ・グリューは逮捕され、マノンは植民地アメリカへ流されることに。父の力で釈放されたデ・グリューもアメリカへ赴く。

アメリカで生活し始めた2人だったが、司政官の甥がマノンに恋をしたことから、デ・グリューと決闘。倒れた甥が死んだと思い込んだデ・グリューはマノンを連れて逃げるが、その途中で彼女は死んでしまう——。

「サルペトリエールのマノン・レスコーを訪ねる」。
デ・グリューが娼婦の収容施設に入れられたマノンを救い出すシーン。サルペトリエールは、現在もパリ13区に存在する総合病院。
「マノン・レスコーの死」。

椿姫やカルメンの先輩? 芸術家も魅了するマノン

こうしてあらすじを書いていても頭を抱えたくなるくらい、無計画で愚かで、それ故に無残に堕ちていくカップルだが、マノンというファム・ファタルに翻弄されるデ・グリューの描写が見事で、読者はワクワクしながらページをめくることになる。

デュマ・フィスは、この小説を研究して『椿姫』を書いたと言われており、作中にも、アルマンがマルグリットに送った本として『マノン・レスコー』が象徴的に登場する。これを踏まえて、現代を代表する振付家ジョン・ノイマイヤーは、自身が振り付けたバレエ『椿姫』の劇中劇として『マノン・レスコー』を上演し、2組のカップルを象徴的に並べている。

音楽ファンには、1894年にマスネが《マノン》のタイトルで、1893年にプッチーニが《マノン・レスコー》のタイトルで作曲したオペラが有名だろう。

ちなみに、ファム・ファタル的なヒロインを描いたオペラのうち、この2作および《カルメン》《椿姫》の原作のいずれもが、ヒロインに翻弄された男性から「私」が話を聞くという体裁を取り、女性がラストで落命する点で共通するのが興味深い。これらの小説の中で最初に書かれたのが、アベ・プレヴォの『マノン・レスコー』である。

ケネス・マクミランの『マノン』に見る、振付家の成熟

さて、ケネス・マクミランがこの題材をバレエ化したのは、1974年のことだ。

遡ること9年の1965年、すでに多くの振付家がバレエ化していた『ロミオとジュリエット』を、自身最初の全幕バレエとして手がけて、決定版との名声を得たマクミラン。その特長は、バレエの動きを基盤としつつ、日常的な仕草も多く取り入れ、様式よりもリアルな感情表現として動き全体を組み立てた点にある。

新国立劇場バレエ『マノン』~いかさま賭博のシーン。 
©瀬戸秀美

そんなリアルさを一層推し進めたのが、『マノン』である。大筋は原作通りだが、マノンのトラブルの相手は主にムッシューG.M.に絞られ、司令官の甥はマノンをレイプした看守に変わって実際にデ・グリューに殺されるなど、シンプルかつドラマティックに。

新国立劇場バレエ『マノン』~マノンとムッシューG.M.。
©瀬戸秀美

マノンとデ・グリューが往年のハリウッド映画のようにロマンティックに官能的に愛を交わす“寝室のパ・ド・ドゥ”、妖艶な衣裳のマノンが蠱惑的(こわくてき)に踊ったり、大勢の男たちに次々とリフトされ受け渡されたりする娼館のシーン、看守によるレイプシーン、瀕死のマノンとデ・グリューの鬼気迫る“沼地のパ・ド・ドゥ”など、生々しい要素も入った大人の作品に仕上がっている。

新国立劇場バレエ『マノン』。レスコー、ムッシューG.M.とマノン。
©瀬戸秀美

若者の初々しい恋を描いた物語と、30代という振付家の若さとが重なる『ロミオとジュリエット』に対し、主人公たちの年齢設定はさほど変わらないもののダークな世界観をもつ『マノン』には、40代になった振付家の成熟がうかがえる。当然、踊り手にも成熟が求められるわけだ。高難度の技が次々と繰り出され、死を前に虚飾を取り払ったヒロインのむき出しの魂を表す“沼地のパ・ド・ドゥ”は、その最たるものと言えるだろう。

新国立劇場バレエ『マノン』より「沼地のパ・ド・ドゥ」
©瀬戸秀美

それだけに03年、新国立劇場バレエ団が日本で初めてこの作品を上演した際の感慨はひとしおだった。この初演時にマノンを踊った日本人は酒井はな、ただ一人。マクミランのミューズと呼ばれたアレッサンドラ・フェリ、パリ・オペラ座のエトワールのクレールマリ・オスタとのトリプルキャストだった。デ・グリューはすべて、海外からのゲストが踊っている。

あれから歳月が過ぎ、今月の公演では、マノンに米沢唯と小野絢子、デ・グリューに英国ロイヤル・バレエのワディム・ムンタギロフと福岡雄大と井澤駿と、多くを団員が占めるキャスティングとなっている。再演を重ねる新国立劇場バレエ団の成長・成熟を随所で感じる公演となるだろう。

今回ゲストとしてデ・グリューを踊る英国ロイヤル・バレエ団のワディム・ムンタギロフ。写真は新国立劇場『眠れる森の美女』出演時。
©鹿摩隆司

なお、このバレエではマスネの、オペラ《マノン》以外のさまざまな楽曲が編曲されて使われている。

例えば、マノンとデ・グリューが運命の出会いを果たす最初のパ・ド・ドゥは《エレジー》(その後も随所に流れる)、“寝室のパ・ド・ドゥ”前半はオペラ『サンドリヨン』の「サンドリヨンの眠り」、後半は歌曲《愛の詩》3番「あなたの青い目を開けて」、“沼地のパ・ド・ドゥ”はオラトリオ《聖処女》より「聖母被昇天」といった具合に。これが作品に実にマッチしていて、その場面のために作られた音楽に思えてくるから不思議だ。

ぜひ、これらの音楽と、バレエの身体が語る言葉に、耳を傾けたい。

公演情報
新国立劇場バレエ『マノン』

公演日時・キャスト(マノン役/デ・グリュ―役)

2月22日(土)14:00(米沢唯/ワディム・ムンタギロフ)

23日(日)14:00(米沢唯/ワディム・ムンタギロフ)

26日(水)19:00(小野絢子/福岡雄大)

29日(土)・3月1日(日)に予定されていた2公演は新型コロナウィルス感染症の拡大リスク低減の観点から中止になりました。

会場: 新国立劇場 オペラパレス

音楽: ジュール・マスネ
振付: ケネス・マクミラン
編曲・指揮: マーティン・イェーツ
管弦楽: 東京交響楽団

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高橋彩子
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高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

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