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2024.07.24
特集「ONTOMOパリ・ガイド」

芸術家が愛したパリのカフェ〜ドビュッシーとプルーストが出会った「ヴェベール」など5選

芸術家が集い、交流の場にもなっていたパリのカフェ。ドビュッシーがプルーストに出会った「ヴェベール」は残念ながら今はもうありませんが、ほかにも芸術史上重要な役割を果たしたカフェが、パリにはたくさん現存しています。コクトーやピカソ、ヘミングウェイを中心に、青柳いづみこさんが紹介します。

青柳いづみこ
青柳いづみこ ピアニスト・文筆家

安川加壽子、ピエール・バルビゼの各氏に師事。フランス国立マルセイユ音楽院首席卒業、東京藝術大学大学院博士課程修了。武満徹・矢代秋雄・八村義夫作品を集めた『残酷なやさし...

ピカソやコクトーが集ったモンパルナス近くのカフェ「ラ・ロトンド」

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ドビュッシーの大ファンだったプルースト、2人が出会ったのもカフェ

前回の記事でもご説明したように、一口にパリと言ってもカルティエや区によって高級住宅街、庶民的な地域、治安のよくないところとさまざまです。

19世紀末から20世紀初頭のパリでは、階級がはっきりしていて、カフェやサロンでも身分次第で出入りする場所が異なっていたようです。たとえばドビュッシーは、プルーストがモンテスキュー=フザンザック伯爵やレイナルド・アーンと出会ったルメール夫人のサロンに出入りすることはありませんでしたが、8区のロワイヤル通りにあったカフェ「ヴェベール」には行ったことがあるようです。

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『ドビュッシーの生涯と思想』の著者ロックスパイザーは、ここでドビュッシーとプルーストが出会ったときのエピソードを紹介しています。

16区で生まれて16区で亡くなり、高級官僚の住む8区に長く住んだプルーストは、ドビュッシーの音楽が大好きで、《ペレアスとメリザンド》が劇場で上演されると、電話線を利用した「テアトロフォン」という配信サービスで実況を聴き、ペレアス役の歌手が不調なときは自分でそのパートを歌ったといいます。大作『失われた時を求めて』の中でもこのオペラに言及しています。

プルーストが「ヴェベール」でドビュッシーに会ったのはそのずっと前、1895年ごろのことのようです。プルーストは彼を自宅に招こうとしますが、ドビュッシーはこう言って断ります。

結局のところ、私は一頭の熊にすぎません。これまでのようにたまたまお会いするに留めたほうが賢明かと存じます。

そのカフェ「ヴェベール」は、ロワイヤル通り21番地で1961年まで営業していたようですが、今は影も形もなく、プレートもありません。ちなみに、近くのマドレーヌ寺院はショパンの葬式が行なわれたことで知られています。

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