プレイリスト
2024.03.08
おとぎの国のクラシック 第9話

「乙女戦争」〜スメタナ《わが祖国》第3曲「シャールカ」伝説の女傑はなぜ男たちと戦ったのか

飯尾洋一さんが毎回一作のおとぎ話/童話を取り上げて、それに書かれた音楽作品を紹介する連載。第9回は良く知られた曲の題材となった、あまり知られていないお話。2024年に生誕200年を迎えたスメタナの連作交響詩《わが祖国》第3曲目「シャールカ」を取り上げます。チェコ人なら皆が知っているという伝説の女傑シャールカ、そして「乙女戦争」とは?

飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

19世紀チェコの画家ヨーゼフ・マタウザー作『乙女戦争』

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曲名は知っていても、内容は......? スメタナ《わが祖国》の中の名作「シャールカ」

おとぎ話や伝説を題材にした名曲のなかには、曲は知られているけれど、物語が日本ではあまり知られていない例がいくつもある。

スメタナの連作交響詩《わが祖国》はその好例だろう。この作品では作曲者の祖国チェコの伝説と自然が音で紡がれている。

第1曲「ヴィシェフラド」の冒頭では、ハープ2台が吟遊詩人の竪琴のようにかき鳴らされる。これは「むかし、むかし、あるところに……」といった前口上の表現。

全曲中、いちばん有名な第2曲「モルダウ」(ヴルタヴァ)は自然の描写。

しかし、今回注目したいのは第3曲の「シャールカ」だ。

ここで題材になっているのはチェコの古い物語「乙女戦争」。シャールカとは伝説の女傑の名前であり、女たちと男たちの戦いが描かれる。戦いというのは喧嘩などではなく、本物の戦争のことだ。スメタナの「シャールカ」は「モルダウ」と同様、きわめて描写的に書かれている。曲は荒々しく開始され、女戦士たちの気性の激しさを予告する。女たちは真剣なのだ。やがて、対照的にのんびりした調子の行進曲が聞こえてくる。これは男たちの軍を表現している。軍を率いるのは、勇敢な戦士ツチラト。ツチラトはこれまでにもっとも多くの女たちを殺してきた。しょせん女は弱い。そんな慢心が曲調に滲み出ている。

だが、シャールカは狡猾だった。仲間たちに自分の体を木に縛り付けさせておいて、待ち伏せをする。そして、通りかかったツチラトに「女たちの悪事に加担することを拒んだために捕まってしまった。どうか父のもとに帰してください」と懇願する。クラリネットがしなやかで優美な曲想で、シャールカの美しさを表現する。ツチラトを示すチェロがこれに応答し、情熱的な愛の音楽が奏でられる。ツチラトはシャールカの縄をほどき、宴になる。

ご機嫌な宴の音楽でひとしきり盛り上がったところで、ファゴットが酔った男たちのいびきを模倣する。兵士たちがいい気分で眠り出したところで、シャールカが角笛のホルンを一吹きする。終結部では、隠れていた女戦士たちがあらわれて男たちを皆殺しにする。

現在のチェコに生まれた画家ヴェンツェスラフ・チェルニー作『ツチラトとシャールカ』(1936)

物語を念頭において聴くことで、格段に楽しみの増すタイプの楽曲だ。「バカな男たち、ざまぁ」という作曲者のイジワルな声が聞こえてきそう……。

なぜ乙女たちは男たちと戦争をしていた? チェコ人なら学校で習う伝説

ただ、この曲を聴いてよくわからないのは、なぜ女と男が戦争をしているのかという前史と、その後、どうなったかという結末だろう。そこを教えてくれるのが、アロイス・イラーセク著「チェコの伝説と歴史」(浦井康男訳/北海道大学出版会)。「乙女戦争」(本書の訳では「娘たちの戦い」)をはじめとする伝説が収められており、訳者によれば「チェコ人は皆、小中学校の頃にこれらの物語を読む」という。

前史はこうだ。かつて、魔法を操る偉大な予言者クロクがチェコを治めていた。クロクが世を去ると、人々はその娘のリブシェを統治者に選んだ。リブシェは聡明で公正な予言者だったが、ある裁判で負けた男の怒りを買う。その男は、指導者が女であるから裁きを誤るのだ、いったい女が男を支配してる土地などほかにあるだろうかと激しく非難した。するとリブシェは「私は女であるから鉄の鞭であなたたちを裁かない。しかしあなたたちには男の厳しい指導者がふさわしいでしょう」と語り、人々に新たな指導者となる男を連れてくるように命じ、その男を夫として迎えると宣言した。リブシェは未来を透視し、どこにその男がいるかを教えた。

ヨーゼフ・マタウザー作『プラハの栄光を予言するリプシェ王妃』

こうして選ばれたのがプシェミスルという立派な男だ。プシェミスルとリブシェが国を統治するようになった。しかし、リブシェが世を去ったところから、チェコの地に苦難が訪れるようになった。リブシェの侍女たちはそれまで尊敬を払われていたのに、リブシェがいなくなって、男たちから嘲笑されるようになる。そして「乙女戦争」が始まった。女たちは激しい怒りを燃やし、城を建てて、国中に呼びかけた。国を支配するのは女たちだけであり、男は女に仕えて畑を耕していればいいのだ、と。女たちはたとえ兄弟や父が相手であっても容赦しないと決意し、油断していた男たちを次々と殺した。シャールカのエピソードはそのひとつである。

スメタナが音で描いた先の、凄惨な結末

スメタナの交響詩はシャールカの勝利で終わり、乙女戦争の結末までは描かれていない。その先は凄惨だ。復讐心に燃える男たちと怒り狂う女たちの大軍がぶつかり合う。だが正面から戦ったことで、女たちの軍勢は総崩れとなる。女たちは武器を捨てて、血縁の男に命乞いをするが、男たちはひとりの女も許さずに殺した。こうして男が世を統べることになったというのだ。

なんとも強烈な話である。男が勝とうが女が勝とうが、相手を滅ぼしてしまえば、自分たちも一代で滅ぶしかないわけだが、そんな大前提がまったく顧みられていないところに、この物語の含蓄があるのかもしれない。

プラハ国民劇場の建設にも携わった画家アドルフ・リープシャー作『乙女戦争からの情景』は、最後の戦いの場面を描いている
飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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