アンドレ・プレヴィン追悼プレイリスト

ジャズピアノ、作曲、交響曲の指揮も! 多彩な「音楽家」アンドレ・プレヴィンの業績を聴こう

プレイリスト
2019.04.14

2019年2月28日に音楽界の巨星アンドレ・プレヴィンが亡くなりました。
彼ほど「音楽家」という職業がしっくりくる人物がいるでしょうか? ジャズピアニスト、指揮者、あらゆるジャンルの作曲家としても才能を発揮しました。

自身も作曲を行ない、プレヴィンのファンでもある小室敬幸さんが、今までプレヴィンの名前を知らなかった方も楽しめる「プレヴィン・プレイリスト」を作成。素晴らしい音楽の数々とともに、その偉業を偲んでみてはいかがでしょうか?

プレヴィンをリスペクトする音楽ライター
小室敬幸 作曲/音楽学
小室敬幸
プレヴィンをリスペクトする音楽ライター
小室敬幸 作曲/音楽学
東京音楽大学の作曲専攻を卒業後、同大学院の音楽学研究領域を修了(研究テーマは、マイルス・デイヴィス)。これまでに作曲を池辺晋一郎氏などに師事している。現在は、和洋女子...

3月1日に日付が変わった深夜未明、音楽家アンドレ・プレヴィンがこの世を去ったというニュースがSNS上を駆け巡った。享年89歳。近年こそ指揮者としての活動は引退状態にあったようだが、最期まで作曲を続けた生涯現役の音楽家であった。

アンドレ・プレヴィン(1929-2019)

画像提供:KAJIMOTO

プレヴィンの活動領域はクラシックだけに留まらず、ジャズ、映画音楽、ミュージカルなど多岐にわたるだけに、その訃報を悼む人びともまた多様だった。プレヴィンが遺してくれた数々の素晴らしい音楽を、プレイリストと共に振り返ってみよう。

ジャズミュージシャンとして

ドイツで生まれ、ヨーロッパでクラシック音楽の英才教育を受けていたプレヴィンだったが、ユダヤ系だったためナチスを逃れて1938年にアメリカのロサンジェルスへ移住。

19歳で訪れた新天地ではピアニストとして無声映画の伴奏や、指揮者としての活動もはじめていたようだが、最初に大きな注目を集めたのはジャズピアニストとしてであった。1950年代に興隆したウエスト・コースト・ジャズ(50年代にロサンジェルスを中心としたアメリカ西海岸一帯で演奏されていたジャズの総称)の流れで紹介されたことも大きかっただろう。

1952年録音の「Jeepers Creepers」では、ピアノトリオにギターが加わり、和音をかなり任せているので、プレヴィンのピアノが自由に羽ばたいていく。

1954年に録音された「40 Degrees Below」。こちらはピアノだけでなく作編曲もプレヴィン自身による楽曲で、中間あたりの響きはいま聴いても斬新だ。

映画音楽との関わり

『オーケストラの少女』という1937年の映画をご存知だろうか? 後のディズニー『ファンタジア』でも知られる指揮者ストコフスキーとフィラデルフィア管が出演し、アカデミー作曲賞を獲得している。

『オーケストラの少女』(1937)原題は『One Hundred Men and a Girl』
実在の指揮者、オーケストラが出演し、日本の音楽家たちにも影響を与えた。

実はこの映画の音楽監督を務めたのがチャールズ・プレヴィン(1888-1973)——アンドレ・プレヴィンにとっては父の従兄弟にあたる人物だった。

プレヴィンがアメリカに移り住んだ頃には、チャールズはまだMGM(映画・テレビの制作会社)で活躍しており、その影響もあったのだろう。映画音楽の世界にも進出していく。なかでもアカデミー作品賞を獲った名画『マイ・フェア・レディ』(1964)に携わったことが有名だが、こちらは既存のミュージカル作品がもとになっているため、プレヴィンの作曲ではないことに注意が必要だ(プレヴィンも本作でアカデミー賞を獲っているが、それは脚色 adaptation に対してである)。

一方、名優バート・ランカスターがアカデミー主演男優賞を獲った『エルマー・ガントリー/魅せられた男』(1960)では作曲と指揮を手がけ、受賞こそ逃したもののアカデミー作曲賞にノミネートされている。

そして、プレヴィンの業績として忘れてならないのが、エーリッヒ・コルンゴルト(1897-1957)再評価への尽力だ。オーケストラの華麗なサウンドを駆使した、ハリウッドの映画音楽にとっての父コルンゴルトの映画音楽を再録音。さらには後年手がけられた交響曲でも決定盤といえる名演を遺してくれている。

エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(1897-1957)は現在のチェコに生まれ、オーストリアで活躍したのちアメリカに亡命した作曲家。マーラーやリヒャルト・シュトラウスを受け継いだ、壮大なハリウッド映画音楽の大家としても名声を得た。

クラシックのピアニストとして

アメリカでもクラシックの研鑽をやめることはなかったプレヴィン。作曲をカステル・ヌオーヴォ=テデスコ(ジョン・ウィリアムズも同門!)に習い、室内楽では巨匠ヴァイオリニストのヨゼフ・シゲティとピアノで共演。指揮は《春の祭典》を初演したフランス人の大指揮者ピエール・モントゥーに師事している。ジャズや映画の仕事で忙しくしながらも、1960年代初頭にはクラシックのピアニストとしても評価を確立したというのだから恐ろしい。

ピアニストとしての彼が得意だったレパートリーといえば、なにをさておきまずはモーツァルトを挙げないわけにはいかない。晩年まで、オーケストラを弾き振りした協奏曲の名演を度々聴かせてくれたが、室内楽での親密な対話も絶品だ。

クラシックが活動の主体になったあとも、ジャズミュージシャンとしての能力を隠すことなく、十全に発揮したのがプレヴィンらしいところ。なかでもソプラノ歌手のシルヴィア・マクネアーと共演したアルバムでは、クラシックらしいブリリアントな美音を活かしながらも、決して野暮ったくならない理想的な音楽を味わえる。

指揮者として

指揮者としてのオフィシャルなデビューは1962年と決して早くなかったが、破竹の勢いで1968年にはロンドン響の首席指揮者に就任。これ以後は徐々に、クラシックに軸足を置いた活動になっていく。

指揮者プレヴィンの中心レパートリーはロシア音楽といっても過言ではないほど、レコーディングが数多く残されている(ロシア系の血筋だったことも関係しているのだろう)。

ラフマニノフ:交響曲第2番~第3楽章アダージォ

なかでも、作曲者自身でさえ省略して演奏していたラフマニノフの交響曲第2番の全曲版を普及させるなど、作品自体の魅力を語らせるのが上手い指揮者だった。

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調~第3楽章

室内楽や歌の伴奏が得意だっただけあり、協奏曲でも素晴らしいバランス感覚を聴かせてくれる。当時の妻であったヴァイオリニスト、アンネ=ゾフィー・ムターの邪魔をせずに、ウィーンフィルを完全にドライヴさせる手腕は圧巻だ。

クラシックの作曲家として

プレヴィンはジャズや映画関係ではない作品を1960年代から手がけているのだが、もしひとつだけ選ぶなら、シンフォニック・ジャズの傑作《ハニー・アンド・ルー》(1992)をとりたい。大歌手キャスリーン・バトルの名唱が忘れ難く、演奏レパートリーとして是非とも定着してほしい名曲だ。

もっとクラシカルな作品でのプレヴィンの代表作となると、オペラ《欲望という名の電車》(1998)になるだろう。アメリカを代表する戯曲を題材にして、ルネ・フレミングを筆頭に当代きってのオペラ歌手が集結した今作は、まさに作曲家プレヴィンの勝負作。

第3幕で歌われる「魔法の方が好き」は、主人公ブランチが現実を受け入れられなくなっていく様が幻想的な美しさによって表現された名アリアである。

生前、プレヴィンとも交友のあったレナード・バーンスタインは没後、作品の演奏機会が徐々に増えることで、指揮者としてだけでなく作曲家としての評価も右肩上がりといって良いだろう。

では、プレヴィンの場合は?——それは我々、聴き手次第。彼が遺してくれた演奏だけでなく、作品も聴き続けられるかどうかで、作曲家プレヴィンの運命は変わっていくのだから。

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