2023.08.27
おとぎの国のクラシック 第3話

「青ひげ」~デュカスとバルトークが描いた“扉の先”に待つもの......

飯尾洋一さんが毎回一作のおとぎ話/童話を取り上げて、それに書かれた音楽作品を紹介する連載。第3回はペローの童話集から「青ひげ」を取り上げます。多くの作曲家が音楽化していますが、転換点は原作の寓話的な結末を改変したメーテルランク版の登場。青ひげの城の、扉の先に待つものとは......?

飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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クラシック音楽界で「青ひげ」といえば、20世紀ハンガリーの作曲家バルトークによるオペラ《青ひげ公の城》がまっさきに思い出される。ほかにもデュカスのオペラ《アリアーヌと青ひげ》、オッフェンバックのオペレッタ《青ひげ》、イベールの放送用オペラ《青ひげ》といった作品があるところを見ると、「青ひげ」は作曲家たちの創作意欲を刺激する題材にちがいない。

ペロー童話「青ひげ」とは何者か?

そもそも「青ひげ」とは何者なのか。一般に青ひげというと、ひげ剃りが不十分で毛根近くのひげが肌を通して透けて見える状態を指す。「朝、きちんとひげを剃ったのに夕方になると青ひげが目立つ」といったビジネスマンの身だしなみの問題として言及されることが多い。しかし、童話における「青ひげ」とは、本当に青色のひげを生やした紳士のことだ。

シャルル・ペローの童話「青ひげ」では、男は立派な屋敷に金銀財宝を持っていたにもかかわらず「青いひげを生やしていたので、ひどく醜く、恐ろしく、どんな女や娘でもこの男の前から逃げ出さずにはいられませんでした」と記述される。富はあるが、外見は怪物。この設定は「美女と野獣」をほうふつとさせる。

アイルランドの挿絵画家ハリー・クラーク作「青ひげ」

ペローによる原作は教訓的な寓話

モテない青ひげは、なんとか隣家の娘と結婚したいと考え、隣人一家とその友人たちを別荘に一週間招いて、歓待する。ごちそうでもてなし、ダンスや宴会を楽しみ、釣りや狩りなどのレジャーに興じる。すると、娘は「この人のひげはそれほど青くないし、実はステキな紳士なんじゃないの」と思って、結婚を受け入れる。そう、話の前段までは「美女と野獣」なのだ。ここで話が終わっていれば、バルトークがオペラを書くことはなかっただろうし、ひょっとしたらディズニーがミュージカル映画にしてくれたかもしれない。

だが、青ひげは仕事で出張する際、妻に家の鍵をすべて渡し、「どこの部屋に入ってもいい。ただし、この小部屋の鍵だけは開けてはいけない、もし開けたら恐ろしいことが起きる」と警告した。

英国の漫画家W.ヒース・ロビンソンによる「青ひげ、その妻と鍵」

だったら、最初から小部屋の鍵は渡さなきゃいいじゃん! 本当は開けてほしいんじゃないの? いわゆる「押すなよ!絶対に押すなよ!」である。案の定、妻はあっさり小部屋の鍵を開け、そこに数人の先妻たちが喉を掻き切られて死んでいるのを発見する。

余計な好奇心は命取り。それがこの童話のテーマなのだが、それだけではオペラの題材にならない。

2作のオペラで描かれる「扉の先」に待つもの......

この物語に一段の深みを与えたのは、デュカスのオペラ《アリアーヌと青ひげ》の台本を書いたメーテルランクだ。メーテルランクはペローの童話に「青ひげの先妻たちは生きていた」という設定を加えている。新妻アリアーヌは先妻たちを助け出し、ここから脱出しようと促すのだが、結局、先妻たちは青ひげのもとに残ることを選び、アリアーヌだけが去る。自由よりも隷属を進んで選ぶ者もいるという展開はなかなか今日的だ。

ポール・デュカス作曲オペラ《アリアーヌと青ひげ》

ポール・デュカス
19世紀末~20世紀初頭フランスの作曲家。極めて寡作家ながら《魔法使いの弟子》、《ラ・ペリ》などの名作で知られる
モーリス・メーテルランク
ドビュッシーがオペラ化した『ペレアスとメリザンド』、児童劇『青い鳥』などで有名なベルギーの詩人、劇作家

メーテルランクの着想は、バルトークのオペラ《青ひげ公の城》の台本を書いたベラ・バラージュによってさらに発展する。

ベラ・バルトーク
ハンガリーを代表する作曲家のひとりで、ピアニスト、民族音楽研究家としても名高い。《青ひげ公の城》はバルトーク唯一のオペラ
べラ・バラージュ
ハンガリーの詩人、作家、映画理論家。バルトークには《青ひげ》のほかに、バレエ《かかし王子》の台本を提供している

《青ひげ公の城》での新妻ユディットは、青ひげとともに第一の扉、第二の扉、第三の扉……と順に扉を開く。青ひげの制止を聞かず、ユディットは最後の第七の扉を開いて、先妻3人を発見する。そこで、ユディットは逃げるのではなく、4人目の妻として先妻たちとともにあることを選ぶのだ。この結末のおかげで、《青ひげ公の城》はさまざまな解釈の余地を残す作品になっているように思う。

バルトークの《青ひげ公の城》は一幕もので上演時間も短く、演奏会形式で聴く機会も多い。オペラといっても各場が物語の筋を追うのではなく、扉ごとに一場面の構成となっているため、声楽付き交響曲のように聴くこともできる。

壮麗なクライマックスは第5の扉を開いた瞬間。ユディットは青ひげの広大な領地を目にする。だが、開放的なのはこの場面だけ。これは闇から光へ、そして光からまた闇へと戻る心の旅でもある。

バルトーク作曲オペラ《青ひげ公の城》

英国の挿絵画家アーサー・ラッカム作「青ひげ」
飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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