「シェエラザード」〜リムスキー=コルサコフとラヴェルが描き出すアラビアン・ナイトの世界
飯尾洋一さんが毎回一作のおとぎ話/童話を取り上げて、それに書かれた音楽作品を紹介する連載。第4回はイスラム世界の説話を集めた「千夜一夜」。シンドバッド、アリババ、アラジン......1001の物語を語る主人公「シェエラザード」の名の下に書かれたリムスキー=コルサコフとラヴェルの名作をご紹介します。
音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...
クラシック音楽の世界で「シェエラザード」といえば、まずはリムスキー=コルサコフによる交響組曲、次いでラヴェルの歌曲集が知られている。
シェエラザードとはイスラム説話集「千一夜物語」(アラビアンナイト)の語り手のこと。「千一夜物語」には「船乗りシンドバットの冒険」や「アラジンと魔法のランプ」などなど、おびただしい数の物語が含まれているが、これらはみなシェエラザードが夜伽で王に話した物語だ。
「千一夜物語」は、外枠にシェエラザードと王の話があり、「物語のなかの物語」としてシンドバットやアラジンなどが登場するという構造になっている。原作では、「物語のなかの物語」のなかでさらに別の物語が始まって「物語のなかの物語のなかの物語」になるという、ややこしい入れ子構造まで出てくることがある。
外枠の物語はこうだ。シャフリアール王は妃が奴隷たちと不貞を働いていることを知る。傷心の王は女性不信に陥り、妃と奴隷たちを処刑する。そして毎夜、生娘を呼び、一晩過ごしては翌朝に首をはねるという恐るべき暴君に成り果てる。やがて大臣の娘シェエラザードが自ら進んで王のもとへ赴く。夜、シェエラザードは王に不思議な物語を聞かせる。「今日はここまで」と話を終えるシェエラザードに、続きを聞きたい王は処刑を思い留まる。そんな日々が千一夜続いた末に、ついに王の傷心は癒えて、シェエラザードを妻に娶る。
リムスキー=コルサコフが原作の構造を巧みに音楽化した交響組曲
リムスキー=コルサコフの交響組曲《シェエラザード》は、物語の入れ子構造を巧みに音楽に織りこんでいる。
第1楽章「海とシンドバッドの船」の冒頭は、まず荒々しいシャフリアール王の主題で開始される。すぐに独奏ヴァイオリンが可憐なシェエラザードの主題を奏でる。主部に入ると波打つ海と前進する船がシンドバッドの冒険を表す。ときに物語に聞き入る姿をあらわすかのようにシャフリアール王の主題が絡み、独奏ヴァイオリンによるシェエラザードも姿を見せる。外側の物語と内側の物語が巧みに描き分けられており、リムスキー=コルサコフの筆は冴えわたっている。
第4楽章「バグダッドの祭り、海、船は青銅の騎士のある岩で難破、終曲」のおしまいも秀逸だ。力強いクライマックスの後で、シェエラザードの主題が返ってくる。高音を引き伸ばすシェエラザードに、低弦によるシャフリアール王の主題がやさしく重なり合って、ふたりが結ばれる結末を示唆する。
リムスキー=コルサコフ:交響組曲《シェエラザード》〜アラン・アルティノグリュ(指揮)hr交響楽団
ラヴェルが描いたのは幻想の? ざっくりした?「アジア」
一方、ラヴェルの《シェエラザード》は管弦楽伴奏によるソプラノのための歌曲集だ。「アジア」「魔法の笛」「つれない人」の3曲からなる。こちらはトリスタン・クリングゾールの詩に曲をつけたもので、「千一夜物語」の物語構造を反映した作品ではない。
「アジア」では東洋幻想が色彩感豊かに描かれているが、一般的な日本人の感覚としては「千一夜物語」をアジアの物語と呼ぶことに違和感があるかもしれない。だが、歌詞に「私は見たい、ペルシャ人、インド人、中国人を」といった一節があるように、ヨーロッパから見れば東の国々はみんなアジア。「千一夜物語」の古い挿絵などには中国風の絵が載っていたりする。
このヨーロッパのアジア観はサッカーファンなら腑に落ちると思う。今でもサッカーの世界では、イラクもサウジアラビアも中国も日本もみんな同じ「アジア」にくくられている。ワールドカップ予選でもアジア・チャンピオンズリーグでも、中東から東アジアまでぜんぶ「アジア」。
異国趣味あふれるラヴェルの《シェエラザード》を聴くとき、これはどこか遠くの世界を歌った曲でもあり、近くの世界を歌った曲でもあるという、複雑な感覚にとらわれずにはいられない。
ラヴェル:《シェエラザード》〜エマニュエル・クリヴィヌ(指揮)カリーヌ・デエ(ソプラノ)フランス国立管弦楽団
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