特集「クラ活」

同じ曲でも指揮者とオケでこんなに音楽が違うの!?——初めての聴き比べプレイリスト オーケストラ編 3選

プレイリスト
2020.01.16

ひとつの名曲を、異なる演奏家による録音やコンサートで聴くことで、その作品のさまざまな面が見えてくるはず。
クラシックならではの楽しみ方「聴き比べプレイリスト」のラストを飾るのはオーケストラ作品! ベートーヴェン、ショスタコーヴィチ、バッハの超名作をクレンペラー、クライバー、バーンスタインら名指揮者の録音で聴き比べてみましょう。

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1700年頃作者不詳ロンバルドスクールの油絵。
増田良介 音楽評論家
増田良介
増田良介 音楽評論家
ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...

オーケストラ曲の場合、指揮者が違えばもちろん演奏は変わるし、同じ指揮者でもオーケストラが違えば変わる。そして同じ指揮者と同じオーケストラでも、1日違えば全然違う演奏になることもある。要するにひとつとして同じ演奏はないということになる。

「だからいろいろ買って聴きくらべてるんだ」と、同じ曲のCDを何十枚も買い集めるような面倒くさいマニア(たとえば私)は、「なんで?」と問われたときにこう答える。

だが、認めるべきところは認めておきたいのだが、たとえばベートーヴェンの《田園》のような曲で、誰かの演奏を聴いて指揮者を当てろとか言われたらそれはたぶん無理だし、演奏者の名前を知ったうえで聴いても、全然特徴ないなあという演奏もある。ある曲のCDを100枚持っていたとして、おまえは100枚それぞれの特徴を把握しているのかと言われると、ぐうの音も出ない。

でも、それはワインとかコーヒーでもそうじゃないだろうか。飲み比べても違いがよくわからないようなこともあるかと思えば、これが同じ飲み物かというほど違うこともある。そして時には、人生が変わるような宝に出会うこともある。

数十人の演奏者が熱意をもってひとつになって、指揮者の卓抜なアイディアを実現し、よく知っているはずの名曲が、はじめて聴くような新鮮さで聴こえてくる、その快感を一度知ってしまうと、聴き比べはやめられなくなるのだ。

さて、聴き比べの面白さをお伝えするには、やはりわかりやすい実例を聴いていただくのが一番。ここでは、クラシック音楽の中でも屈指の名曲3曲でそれぞれ2種類、誰が聴いても違いのわかる、そしてどちらも魅力的な演奏を選んでみた。

ベートーヴェン:交響曲第5番《運命》~第1楽章

ドイツの巨匠、威厳ある「ウンジャッジャッジャッジャーーーン」

オットー・クレンペラー指揮 ニュー・フィルハーモニア

天才指揮者のカッコいい「ンザザザザーン」

カルロス・クライバー指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

誰でも知っているベートーヴェンの《運命》だが、速さが全然違う。

20世紀のドイツ系指揮者を代表するオットー・クレンペラー(1885-1973)は、ウンジャッジャッジャッジャーーーン。同じくドイツ系で、20世紀後半に聴衆を魅了し、天才と謳われたカルロス・クライバー(1930-2004)は、ンザザザザーンだ。これだけ速さが違えば、聴いて受ける印象もだいぶ変わる。速いクライバーはドラマティックでかっこいい。だが、遅いクレンペラーの威厳ある演奏もこれまたいい。この曲の良さを引きだしているということでは甲乙付けがたい。

「あれ、でもどれぐらいの速さでとか、楽譜にちゃんと書いてないの?」ごもっとも。確かにベートーヴェンは楽譜にメトロノームの数字を書いてくれている。その数字に近いのはクライバーのほうだ。だが、乱暴な言い方をすると、昔から「きっとベートーヴェンのメトロノームが壊れていたのだ」とか理由を付けて、あんまり数字通りやらなくてもいいことになっている。いろいろな意見があると思うが、個人的には、楽しいから、それでいいのではないかと思う。

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番~第4楽章

快速で始まり快速に終わる

レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団

重々しく始まり重々しく終わる

ロストロポーヴィチ指揮 ワシントン・ナショナル交響楽団

20世紀ロシア最大の作曲家ドミトリ・ショスタコーヴィチの交響曲第5番は、いわくつきの名曲だ。当初は社会主義革命の勝利を描いた曲だなどと言われて、日本では《革命》なるあだ名まで付いていたのだが、作曲者の死後、秘密の回想録というのが出て、実はあれは無理に喜んでる音楽だったんだということになる。ところが、今度はその回想録が捏造だったことがわかって、またわけのわからないことになっている。だが、わからなくても感動できるのが音楽のいいところだ。

アメリカ出身の作曲家・指揮者・ピアニストであるレナード・バーンスタイン(1918-1990)と、旧ソ連アゼルバイジャン生まれのチェリスト・指揮者のムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(1927-2007)。この2人は友人同士で、どちらもショスタコーヴィチに高く評価されていた名演奏家だ。

ところが、同じ曲を指揮したふたりの演奏、特に第4楽章は全然違っている。快速で始まり、途中いろいろあって、また快速で終わるバーンスタイン重々しく始まり、途中いろいろあって、また息も絶え絶えの遅いテンポで終わるロストロポーヴィチはまさに対照的だ。どちらも間違いというわけでなくて、これがどちらもありというのが聴き比べの面白さだろう。

バッハ:管弦楽組曲第3番~エア(G線上のアリア)

20世紀の帝王カラヤンがしっとりとしたサウンドで演奏

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

研究成果を反映させた楽器、少人数ですっきりと演奏

フライブルク・バロック・オーケストラ

クラシック音楽というのは何百年も前から続いている音楽だ。古い時代のことになると、やっぱり不明なことも多くなる。たとえばバッハの活躍した18世紀前半、人々が実際に音楽をどのように演奏していたのかということは、不明な部分も多い。

しかし、作曲家の思い描いていた音が聴いてみたいのは人情というもの。いろいろな人が一所懸命研究して、どうやら現代の演奏とはだいぶ違うやり方で演奏していたらしいということがわかってきた。となると、やっぱりその成果を生かして演奏したほうがいいということになる。そして、このムーヴメントは次第に大きなものとなり、現在クラシック音楽演奏のスタイルを大きく変えつつある。

ただ、じゃあ昔の演奏は間違いだからもう捨てるべきなのかというと、そう単純なものでもない。古い演奏も、それはそれで人々を感動させてきたものだし、その感動がウソというわけではない。ということで、新旧両スタイルを、いわゆる「G線上のアリア」を含むこの曲で聴きくらべてみよう。

「帝王」と渾名された、20世紀でもっと著名な指揮者のひとりヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)の演奏は、大人数のオーケストラで、弦楽器にたっぷりとヴィブラートをかけて、しっとりと歌わせる

一方、現在の主流となっているスタイルで演奏するのは、1987年創立の古楽器団体、フライブルク・バロック・オーケストラ(指揮者なしでの演奏)。小人数できびきびとしたテンポで進んでいく、すっきりとした演奏だ。

どちらを美しいと思うかは好きずきだが、考えてみれば、何百年も前に書かれた音楽の演奏方法が、今になってどんどん変化しているということ自体、相当におもしろい現象ではないだろうか。

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