3月の特集「お花見」

春と花は突然やってくる! フランスのお花見事情と歌曲

プレイリスト
2019.03.10

日本人にとって春の花といえば「4月の桜」ですが、フランスではちょっと事情が違うようです。フランスでも桜は4月ころに咲きますが、本格的な春を感じて花々が芽吹くのは5月のこと。

メゾ・ソプラノ歌手として数々の「花」を歌ってきた小阪亜矢子さんがおすすめ「花歌曲」を紹介してくれました。5月、ヨーロッパの春を先取りして、耳で楽しむお花見はいかがですか?

小阪亜矢子 声楽家・翻訳家
小阪亜矢子
小阪亜矢子 声楽家・翻訳家
東京藝術大学声楽科卒業。尚美ディプロマ及び仏ヴィル・ダヴレー音楽院声楽科修了。声楽を伊原直子、中村浩子、F.ドゥジアックの各氏に師事。第35回フランス音楽コンクール第...

春は突然やってきて花は一面を埋め尽くす

3月だ。日本の春はいつの間にか来ているなあ、と毎年思う。

花もいつの間にか咲いていて「こんこんこな雪ふるあさに/梅がいちりんさきました(三好達治)」などということもある。

一方、ヨーロッパにおいては、春も花も唐突にやってくる。

筆者がフランスで迎えた初めての春は衝撃的だった。そもそも冬が辛くて長い。基本的にあちらでは新学期が秋に始まるので、学校に合わせて渡仏すると、着いたその日から毎日寒くなる。暴力的に日が短くなり、嫌がらせのように天気が悪くなり、人々が欝々としていく。それでもクリスマスがあるのでどうにかやり過ごして、とはいえ外で遊ぶ気にもなれないから勉強して……という長い冬の試練を受ける。

そんな日々が3月の途中まで続く。昨日と同じように外に出たある日、とつぜん芝生が一面ピンク色の花で埋め尽くされている。

控えめに言って「何事か?」と思うのだが、その光景を誰かに見せる間もない。ピンクの花は一週間ほどで消え失せ、気づけば同じ場所が一面のスミレになっていた。これがフランスの春か、と唖然とした。

そんな状況なので、いつの時代もフランスでは春になると人は恋人(あるいは候補)を誘い出して花を見に行くようだ。

ガブリエル・フォーレ(1845-1924)の「五月」では「花いっぱいの五月が僕らを呼ぶから」と恋人を誘い出す。

また、エクトル・ベルリオーズ(1803-1869)の歌曲集「夏の夜」の1曲目「ヴィラネル(田舎唄)」でも、「新しい季節がやってきたら、二人きりですずらんを摘みに行こう」と誘う。

フォーレ:「五月」

ベルリオーズ:歌曲集《夏の夜》~「ヴィラネル」

シャルル=アンドレ・ヴァン・ルー作『女庭師姿のポンパドゥール侯爵夫人》(1754-1755)籠のなかには春の花々が。

リラとバラ

さて筆者が初めてのフランスの春に面食らっていると、今度は桜が咲き、リラ(ライラック)が咲いた。これが4月ごろだったと思う。まだバラは咲かない。それで初めて漠然と「春」のくくりに入れていた「リラの季節」と「バラの季節」が違う時期だということに気づいた。リラの開花はだいたい4月から5月で、バラは5月の終わりから夏にかけて咲くのが一般的だ。

ショーソン「リラの季節」

エルネスト・ショーソン(1855-1899)の歌曲「リラの季節」では「リラの季節もバラの季節も、今年はやってこない」と歌われる。それはつまり(例によって)「愛しい君がいないから」なのだが、日本の感覚で言えば「桜も咲かなければ菖蒲も咲かない」といったところだろうか。なかなか手痛い失恋だったようだ。

バラを歌った歌曲は多い。先ほどのベルリオーズの「夏の夜」の2曲目は「ばらの精」だ。舞踏会で少女が持ち帰ったバラが一人称で「君が摘んだせいで僕は死んでしまった、そうでなければ夜ごと君の元に踊りにきたのに」と語る。

ベルリオーズ:歌曲集《夏の夜》~「ばらの精」

同名のバレエ作品もあって題材は同じだが、曲はウェーバーの「舞踏への勧誘」が使われている。

ウェーバー(ベルリオーズ編曲):「舞踏への勧誘」

 

《夏の夜》の歌詞に使われたテオフィル・ゴーティエの詩の一節『わたしは薔薇の精、昨晩の舞踏会にあなたが連れていってくれた』をもとに、ミハイル・フォーキンが振付けをした《バラの精》は、伝説のロシア人ダンサー・ヴァーツラフ・ニジンスキーの主演で初演。大変な人気を得た。
《バラの精》1911年4月19日初演時のポスター

「ばらの精」では、バラが男性に擬人化されているが、どちらかというとバラは女性を表したり比べたりすることの方が多い。

フォーレの「ばら」ではまさに高嶺の花といった様子の、豪奢なバラの描写が繰り広げられる。

また同じくフォーレの「イスファハンのばら」ではタイトルの通りペルシャのイメージで、バラもジャスミンもレイラという女性の美しさには敵わないと歌われる(ちなみに、レイラに恋する主人公はやはり振られたようだ)。

フォーレ:「ばら」

フォーレ:「イスファハンのばら」

エドゥアール・マネ作『花瓶のリラ』(1882)
ピエール=ジョゼフ・ルドゥテ作『ロサ・ケンティフォリア』(1824)

圧倒的な耳馴染み? 花を散りばめた二重唱

さて、バラが咲く頃になるとジャスミンやハスも咲くのだが、初夏や夏の花は「イスファハンのばら」と同じく南国や東国への憧れが投影されることが多い。

そうした中で有名なのが、CMなどでもおなじみのレオ・ドリーブ(1836-1891)のオペラ《ラクメ》花の二重唱だ。インドの王女ラクメとその女中マリカが、異国へ行ったラクメの父親を心配しつつ花を愛でる場面で、話の筋とはあまり関係がない。しかし、ジャスミン、バラ、ハスが次々と豪華な音型に散りばめられ、まさに歌のフラワー・アーチだ。単独で演奏されることも多い。

ドリーブ:歌劇《ラクメ》より「花の二重唱」

筆者はフランス帰りのメゾ・ソプラノという立場上、この二重唱をずいぶん歌ってきた。しかし、耳馴染みが良すぎるのか、どこで何と組み合わせても、ほかのプログラムを忘れられてしまうのが難点である。本記事でも、ぜひソロ歌曲と併せて楽しんでいただければ嬉しい。

エッフェル塔と桜(シャン・ド・マルス公園にて撮影)
©T.Yasutomi
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