読みもの
2022.04.27
神話と音楽Who's Who 第11回

オルフェオとエウリディーチェ——竪琴の名手とその妻の悲恋が数々の作品の題材に

作曲家が題材にしている古代ギリシャやローマ神話の神々を、キャラクターやストーリー、音楽作品から深掘りする連載。
第11回は、オルフェオとエウリディーチェ! オルフェオが竪琴を奏でるとどんな動物もうっとり。音楽の才能に溢れた重要人物で、グルックやオッフェンバックをはじめ、多くの作曲家が題材に選んでいます。

ナビゲーター
飯尾洋一
ナビゲーター
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

ジャン=バティスト・カミーユ・コロー《ユリディースを冥界から導くオルフェ》(1861年、ヒューストン美術館蔵)

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

最古のオペラにも登場する最重要人物

今回登場するのはオルフェオとエウリディーチェ。「神話と音楽」を語るにあたっての最重要人物といってもよいのが、このふたりだ。

続きを読む

オルフェオ(オルフェウス、オルペウス)とエウリディーチェ(エウリュディケー)の悲恋ほど、くりかえしオペラやバレエで描かれてきた物語はほかにない。モンテヴェルディ、グルック、オッフェンバックをはじめとして、テレマン、ハイドン、クシェネク、ストラヴィンスキー等々、多くの作曲家たちがこの物語を作品の題材に用いている。

そもそもオペラの歴史は「オルフェオとエウリディーチェ」の物語で始まった。現存する最古のオペラは、1600年にフィレンツェで初演されたヤーコポ・ペーリの《エウリディーチェ》だ。さらに、1607年マントヴァで初演されたモンテヴェルディの《オルフェオ》は、近代オペラの出発点とされている。

ヤーコポ・ペーリ《エウリディーチェ》

モンテヴェルディ《オルフェオ》

オルフェオは音楽の天才

では、なぜ「オルフェオとエウリディーチェ」なのかといえば、それはこの神話のテーマが音楽と直結しているからだろう。ギリシア神話におけるオルフェオは音楽の天才であり、竪琴の名手だった。オルフェオがひとたび竪琴を奏でて詩を歌うと、乱暴な野蛮人たちも争いを止めて美しい音色に聴き入った。その音楽の魅力ゆえに、獣や鳥たちもオルフェオに周りに集まり、草木も彼にたなびいたという。

古代ローマのモザイク画《動物たちに囲まれるオルフェオ》(パレルモ考古学博物館蔵)

オルフェオはニンフ(山や泉の精)のエウリディーチェと結婚し、妻をこのうえなく愛し、大切にしていた。ある日、エウリディーチェは毒蛇に噛まれて命を落としてしまう。悲しみに暮れるオルフェオは、妻を生き返らせようとして冥府へ向かう。

ジャン=バティスト・カミーユ・コロー《エウリュディケー》(1868/70年、シカゴ美術館蔵)

生きた人間は冥府に入れない。冥府の入り口には恐ろしい番犬ケルベロスが待ち構えている。ところがオルフェオが竪琴を奏でて歌をうたうと、ケルベロスはその美しさにすっかり魅了されてしまう。どんな魔物もオルフェオの音楽にはあらがえないのだ。

そして、オルフェオは冥府の王ハデスとその妃ペルセポネに、愛妻を地上に連れ帰りたいと懇願する。冥府の支配者たちですらオルフェオの音楽に心を動かされ、エウリディーチェを連れてゆくことを許してしまう。ただし、条件がある。オルフェオはエウリディーチェの前を歩き、決して後ろを振り返ってその姿を見てはならない。

このあまりに有名な物語の結末はだれもが知っているだろう。オルフェオは不安に駆られてつい後ろを振り返ってしまう。その瞬間、エウリディーチェとの永遠の別れが訪れる。

エドワード・ポインター《オルフェオとエウリディーチェ》
(1862年、個人蔵)

グルックのオペラでは安定のハッピーエンドに

1762年にウィーンで初演されたグルックのオペラ《オルフェオとエウリディーチェ》は、しばしばグルックが志したオペラ改革の実践例に挙げられる。オペラ改革の話は脇に置くが、「オルフェオとエウリディーチェ」と言われてまっさきに思い出すオペラはこの作品だ。

だが、このオペラには原作の神話とは決定的に違う点がある。なんと、最後がハッピーエンドなのだ。オルフェオがつい後ろを振り返ってエウリディーチェを目にするところまでは同じだ(さすがにオルフェオが一度も振り返らずに地上に帰還してめでたしめでたしとはならない)。

エウリディーチェは息絶えて(といっても、もともと死んでいるのだが)、オルフェオは自分も後を追おうと考える。そこに愛の神が現れて、愛に免じてすべてを許すとなり、エウリディーチェは生き返り、ふたりは愛の神に感謝して喜びに浸る。

「えっ、だったら、なにも冥府まで来なくても、最初から愛の神に救ってもらえばいいのでは?」

現代人ならそう思ってしまうところだが、当時はこのような「デウス・エクス・マキナ」(混乱した状況に一石を投じて解決する古代ギリシャ演劇の手法)による強制ハッピーエンドは禁じ手ではなかった(連載第3回「ネプチューン」で紹介したモーツァルトのオペラ《イドメネオ》も同様の結末を迎える)。おまけにグルックの《オルフェオとエウリディーチェ》は皇帝の聖名祝日を祝って初演された作品。祝祭行事として上演されるオペラが悲しい結末を迎えることなど考えられない。

とことん茶化すオッフェンバックのオペレッタ

グルックのオペラが《オルフェオとエウリディーチェ》の表の代表作とすれば、裏の代表作はオッフェンバックのオペレッタ《天国と地獄》だろう。本来の題は「地獄のオルフェ」。1858年パリで初演されており、劇中の通称「フレンチカンカン」と呼ばれる景気のよい音楽が有名だ。

こちらは社会風刺を盛りこんだパロディ劇で、オルフェオとエウリディーチェの物語がとことん茶化されている。ふたりの愛は最初から醒めており、お互いに不貞を働いているところから物語がスタートする。オルフェオはエウリディーチェが毒蛇に噛まれて大喜びするのだが、「世論」なる道徳を振りかざす登場人物に諫められて、しぶしぶエウリディーチェを救いに行くありさま。

オリュンポスの神々も登場する。ジュピターは得意の変身能力を使ってハエに姿を変えてエウリディーチェを誘惑する。連載第2回「ジュピター」で黄金の雨に変身してダナエを妊娠させるエピソードをご紹介したように、ジュピターは好色なのだ。

1874年に上演された際の《天国と地獄》ポスター

昨年末、ニューヨークのメトロポリタン・オペラではマシュー・オーコインの新作オペラ《エウリディーチェ》が初演された。こちらは同じ物語を妻エウリディーチェの視点から描いているという。21世紀を迎えてもなお「オルフェオとエウリディーチェ」の物語は作曲家にとって魅力的な題材であり続けている。

オペラ《エウリディーチェ》予告

ナビゲーター
飯尾洋一
ナビゲーター
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ