ロシア音楽と“鐘”の深い関係

ピアノの響きから鐘の音が聴こえてくる

プレイリスト
2018.06.02

ロシア人の生活と切っても切り離せない「鐘」の音。それがクラシック音楽に与えた影響を名曲の数々のなかに聴いてみませんか?

川上哲朗 ONTOMO編集者
川上哲朗
川上哲朗 ONTOMO編集者
東京生まれの宇都宮育ち。高校卒業後、渡仏。リュエイル=マルメゾン音楽院にてフルートを学ぶ。帰国後はクラシックだけでは無くジャズなど即興も含めた演奏活動や講師活動を行う...

教会の鐘の音は私の知っていたロシアのあらゆる町を支配していた。ノヴゴロドしかり、キエフしかり、モスクワしかり。ロシア人の誰もがゆりかごから墓場まで、鐘の音に付き添われているのであって、この影響から逃れられる作曲家はひとりもいない……。生涯を通じて、私は、朗らかに鳴り響く鐘の音や、哀調を帯びた鐘の音の雰囲気や音楽に親しんできたのだ。そういう鐘に対する愛着は、ロシア人の誰もがもっている。

             ―― セルゲイ・ラフマニノフ

「鐘」というものに何を連想するでしょうか? 除夜の鐘、学校のチャイム、のど自慢の採点? ロシア人にとって「鐘」(ロシア語ではКолокола カラコーラ)は、我々日本人や教会文化が根付くヨーロッパより、もっともっと身近なものであるようです。その証拠に、ロシアの作曲家たちが書いた作品の中には鐘を扱ったものが無数に存在します。このプレイリストではロシアと「鐘」の関係に焦点を当てて、偉大なロシア作品を聴いてみましょう。

1. ラフマニノフ:合唱交響曲《鐘》~ 第1楽章 アレグロ マ・ノン・タント 「銀の鐘」

冒頭に引用した通り、ラフマニノフは特に鐘の音に魅了されていた作曲家でした。合唱交響曲《鐘》はイギリスの作家エドガー・アラン・ポーが、人生の四季を4つの鐘になぞらえて作った詩「鐘」をロシア語訳したものを元に作られています。青春を歌った「銀の鐘」、結婚の甘い喜び「金の鐘」、激動に警鐘を鳴らす「真鍮の鐘」、そして弔いの「鉄の鐘」と、まさに“鐘尽くし”。
ここで紹介する第1楽章では、テノールの爽やかな独唱が「そりについた鈴(The bells)の音が聴こえてくる。銀の鈴だ! 素晴らしく楽しい世界を感じさせながら リンリンリンリン鳴っている」と、青春の楽しさと未来への希望を歌います。御察しの通り、そりで青春をかけぬけると楽章が進むにつれて暗く、重たくなっていきます……。

2. チャイコフスキー:序曲「1812年」

鐘がこんなにもロシア国民に愛される最たる理由が「ロシア正教会」の存在です。鐘の音を聴くことは礼拝の一部であり、教会にある巨大な鐘のもとに集うことは、「ロシア人」として生きることそのものと直結してきました。
それを考えると、1812年ナポレオンのロシア遠征と退却、ロシアの勝利を描いたこの曲のクライマックスで鐘が使われているのは当然です。正教会の聖歌である「神よ汝の民を救い」と、ロシア帝国国歌が引用され、激しく打ち鳴らされる鐘と大砲(楽譜には本物の大砲を使うよう指示があります)…… ロシア国民はどれほど高揚したことでしょう。

3. チャイコフスキー:交響曲第6番《悲愴》~ 第1楽章

この曲には直接的に鐘の音は出てきませんが、ロシア音楽を聴くうえでの重要なヒントが隠されています。第1楽章の希望にあふれたロマンティックな部分を抜けた中ほど(音源では10:58頃)で、金管楽器がフォルテで演奏する下降する音型(シーラソファーミーと下がってきます)は、ロシア正教の弔いの鐘を意味しているのです。そのあとに続くメロディはロシア正教会の死者のためのミサで歌われる聖歌の引用です。

この曲に限らず、ロシア音楽に出現する多くの下降音型は「弔いの鐘の音型」である場合が多いのです。チャイコフスキーはこの曲の初演の9日後、亡くなっています。

編集部員がウラジオストクのアドミラーラ・フォーキナー通りで購入した”鐘の音”を集めたCD

 

4. スクリャービン:交響曲第4番《法悦の詩》

交響曲と言いながら20分間の1楽章で書かれた「法悦の詩」。元のタイトルはフランス語で “Le Poème de l’extase” 「法悦」は意訳であり、レクスタスはエクスタシーのことですが、これが性的なものを意味するのか宗教的なものなのか、作曲家本人は語っていません。神秘主義者のスクリャービンらしい、謎めいて、うねるように進む曲の絶頂で突然鳴り出す鐘の音。これが一体なにを意味しているのかは、聴いた皆様のご想像におまかせいたします。

5. ストラヴィンスキー:『結婚』~ 第2結婚の祝宴

ストラヴィンスキーが合唱、打楽器と4台のピアノ(!)のために書いた『結婚』。
ロシアの田舎の結婚式(というよりは儀式といった趣き)を描いており、祝宴では別の夫婦が新郎新婦のベッドをあたため、「ゴーリカ! ゴーリカ!(苦いぞ! 苦いぞ!)」「酒が苦いから、キスをして甘くしておくれ!」と掛け声がかかります(これは現在のロシアの結婚式でもよく見られる光景だそうです)。新郎新婦が寝室に消えると、静寂のなか鐘が打ち鳴らされます。サンクトペテルブルク生まれの都会っ子であるストラヴィンスキーが、田舎の結婚式を知っていた可能性は低いので、これは想像の田舎風にデフォルメされた創作と思われます。

6. プロコフィエフ:バレエ音楽「シンデレラ」~ ワルツーコーダ7.                     ~ 真夜中

プロコフィエフがよく知られた童話「シンデレラ」のためにつくったバレエ音楽でも、鐘は重要な役割を果たします。妖精のおばあさんの魔法で着飾って向かった舞踏会。そこで出会ったシンデレラと王子様が、妖しくも美しいワルツを踊っていると突然、お城の時計塔の鐘が深夜12時を告げます。魔法が解けるまえに、急いでお城を後にするシンデレラ。そこに残されたのはもちろん「ガラスの靴」です。

8. ムソルグスキー:組曲『展覧会の絵』 ~ 鶏の足の上に建つ小屋 – バーバ・ヤガー

9.                 ~ キエフの大門

組曲「展覧会の絵」の最後もキエフにそびえたつ巨大な門と、そこで打ち鳴らされる鐘の音を描写しています。スラヴ神話の魔女バーバ・ヤガーがすむ奇妙な小屋と、壮麗な大門。2つの建造物を並べて聴かせるクライマックスには、ムソルグスキーの天才が光ります。
ちなみに1240年にモンゴル人の襲撃によって破壊された、入り口約7.5m、壁の高さは9.5m以上あったといわれる「黄金の門」は、現在復元されてウクライナの首都で観光地になっているそうです。

ムソルグスキーが『展覧会の絵』を作るきっかけとなったロシア人建築家・画家のヴィクトル・ハルトマン(1834-1873)の絵。バーバ・ヤガーの小屋(上)とキエフの大門(左)。

 

10. ショスタコーヴィチ:交響曲第11第4楽章「警鐘」

ロマノフ王朝時代の1905年、労働環境の改善を願い平和的に行進していた市民に向けて政府が銃を向け、1000人以上の死者を出し、ロシア革命のきっかけになった「血の日曜日事件」を題材に作られたこの曲。4楽章は副題の名の通り、革命歌の引用とともに鐘が乱打されます。

当時ソヴィエト連邦政府は、旧体制である帝国主義を批判したこの曲を作った功績としてショスタコーヴィチにレーニン賞を与えています。ショスタコーヴィチが本当に「警鐘」を鳴らしたい相手は、いったい誰だったのでしょうか。

11. ラフマニノフ:前奏曲 嬰ハ短調 作品3-2「鐘」

ラフマニノフの音楽院卒業後のデビュー曲にして、最大の人気曲。日本でもフィギュアスケートの浅田真央選手がバンクーバーオリンピックで取り上げて、お馴染みの曲になりました。
「鐘」というタイトルは本人が付けたものではありませんが、そもそも冒頭に取り上げた言葉をしれば、鐘に影響を受けていないラフマニノフの曲など、ほとんど存在しないのです。
アメリカに亡命後、2度とロシアの地を踏むことはなかったラフマニノフ。心を閉ざし、作曲活動も停滞しがちになったといいます。彼の創作には祖国ロシアのライ麦畑や、白樺や、響き渡る鐘の音が必要だったのでしょう。

作曲のために度々訪れたロシアのタンボフ州イワノフカ村にある友人のサーチン家の別荘で。左から2番目がラフマニノフ(モスクワ・グリンカ博物館所蔵)
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